
高卒でNPB球団のドラフトに指名される選手の割合を見ると、投打で顕著な違いがあると本連載「令和の野球キャリア」第3回で紹介した。
2024年のドラフトで、支配下で指名された高校生投手(全部で33人)のうち甲子園出場者は11人(33.3%)。
一方、支配下で指名された高校生野手(全部で9人)のうち、甲子園出場者は6人だった(66.7%)。
なぜ、野手には甲子園経験者が多いのか。西武の広池浩司球団本部長は見解をこう示している。
「野手は打つのも守るのも走塁も全部“反応”です。
早くから高いレベルでの経験、反応を繰り返し、センスが磨かれていくと思います。強豪校に行けば相手のレベルも高く、試合もたくさんできる。そこで切磋琢磨していくのが、今も必要だと思っています」
週6日、高水準の投手陣と紅白戦
では、高校以降に選手を伸ばすにはどうすればいいのか。大卒後のプロ入りを目指して取り組んでいるのが、岩手県の富士大学野球部だ。
今春の北東北リーグで3位に終わった3日後から、火曜から日曜まで毎日紅白戦を実施。前回の連載では投手育成の目的について紹介したが、もちろん打者にも大きなメリットがある。安田慎太郎監督が説明する。
「うちのピッチャーは結構いいんですよ。人数もいますしね。毎日紅白戦をして打席にめちゃくちゃ立たせれば、ある程度のレベルに行けるのではと思っています」
富士大に来る選手のほとんどは、決して高校時代に名を馳せたわけではない。イメージとしてNPBの育成枠に近く、安田慎太郎監督の目に何か光るものがあるとスカウトされる。
そこから大きく羽ばたいた一人が、昨年のドラフト会議でオリックスに1位指名された麦谷祐介だ。高校時代は「育成ならドラフトにかかる」と評されたが、富士大で大きく評価を上げた。
また、同年のドラフトではともに捕手の渡邉悠斗が広島に4位、坂本達也が巨人に育成1位で指名された。
打撃向上に不可欠な「投球記憶」の蓄積
選手たちを伸ばすトレーニングやメカニクスの指導は以前の記事で紹介したが、春季リーグ後に始めた紅白戦も富士大の強みを活かしたアプローチと言える。
個人のパフォーマンスアップを目指し、週に6試合の紅白戦を実施。秋のリーグ戦を迎える頃までに、各打者は250打席を目安に実戦機会を積んでいく。
通常、大学のリーグ戦は週末に2試合行われる。1日4打席として合計8打席。1カ月で32打席だ。公式戦に加え、練習試合も含めて6カ月分行うとして、多く見積もって200打席程度だ。
さらに実戦経験を増やすため、富士大学では今春のリーグ戦後、紅白戦を始めた。打つのは5人のみという場合もあり、多いときは1日8打席くらい回ってくるという。うまく行けば、年間600打席に到達できると安田監督は見積もっている。
さらに言えば、紅白戦で対戦するのは自チームのレベルの高い投手たちだ。この点もプラスに働くと安田監督は見ている。
「年間400打席以上立てば、実戦不足を解消できると思って取り組んでいます。バッティングは投球軌道を予測して振るので、見たことのあるボールじゃないと打てないじゃないですか。要は、投球記憶を増やすために打席数が必要ということです。
うちには速いピッチャーがたくさんいるので、紅白戦で200〜300打席立ったときにどう仕上がっていくのか。紅白戦を毎日やると、やっぱり反応が変わってきます。
経験がモノを言うのであれば、実戦経験を詰め込んだときにどう変化するかを今、検証しているところです」
このやり方がうまくいけば、練習のやり方を大きく見直す可能性もあると安田監督は言う。
例えば1日の練習を紅白戦組とトレーニング組に分けて、前者は1日8打席くらい経験させる。そうして上達したら、「練習はみんなでやる必要はない」となるかもしれない。
「そうなれば個別でノックとバッティングをして、試合はみんなでやる。そしてトレーニングだけはしっかりやる、という形になるかもしれません。どうするかは検証結果次第です」
監督が仮説を立てて検証し、より良いアプローチを求めていく。富士大の躍進の裏には、安田監督の貪欲さも関わっている。
なぜチームは存在するのか
では、個人のパフォーマンスアップを重視する富士大にとって、チームの存在する意味はどこにあるのだろうか。
富士大では個人で取り組むメニューが多いなか、例えば300mダッシュは全員で行う。その意図を安田監督が説明する。
「チームビルディング的な意味合いです。300mダッシュはきついじゃないですか。きついメニューをみんなでやるのは、結構重要だと思うんですよ。
春季リーグが終わって今、選手たちは個人で取り組んでいますが、それだけだとまとまりの出ないパターンが結構あります。効率が良すぎて、個々がうまくなるけれど、チームとして強くならない」
野球の勝敗は、個人のパフォーマンスに委ねられる部分が多い。富士大のようにプロを強く目指すなら、個人の力をアップさせるのは最優先事項だ。
一方、試合はチーム全員で行い、勝利を目指す。そのためには、チームの輪を形成しておくことも必要になる。
「ピッチャーが四球を出したら、野手はエラーをしたらダメ。野手がエラーしたら、ピッチャーがカバーしないといけない。前の打者が打てなかったら、次の打者が打たないといけない。
そういう人と人のつながりが、個人で全部をやるとなくなってしまいます。『別に俺が打てればいい』とか、『俺が抑えられればいい』だけになっちゃうと、チームとして脆くなるように感じます」
200人を背負う覚悟
チームの勝利が必要になるのは、「プロ入り」という個々の目標にも通じている。安田監督が説明する。
「北東北(リーグ)では評価されづらいんですよ。『相手が強くないから』と言われちゃう。うちだけの考え方でいうと、全国に行かないと評価が上がらない。
ということは、プロ野球にも行けない。全部つながってきます。自分たちが評価されて社会人かプロに行きたいなら、絶対全国大会に出て勝たないといけない」
力のある相手に活躍すると、選手の評価は上がりやすい。スカウトにとって、プロで活躍するための“物差し”になりやすいからだ。
「麦谷は大学3年の頃、(青山学院大学の)下村海翔(現阪神)や常廣羽也斗(現広島)から逆方向に本塁打を打ったことが指名の決め手になっています。その時期に急にバッティングが良くなったわけではないし、あのホームランを打っても打たなくても、持っている技術は変わらないじゃないですか。でも、評価が違うんですよ。
佐藤柳之介(現広島)も(2023年)春に創価大を抑えて、秋は上武大を完封しました。いきなり良くなったわけではないけど、ああいうのがあると評価されやすいんですよね」
チームの勝利を目指すと言っても、送りバントや進塁打のように“自己犠牲”を求めるわけではない。チームとして一つになり、協力し合い、相手を上回ろうということだ。
仲間やチームのために戦うことは、自身の成長にもつながる。安田監督が続ける。
「200人くらいの部員がいて、彼らのことも背負って1打席に入るか。あるいは、自分が打つか・打たないかだけで入るか。成績の出方がやっぱり違うんですよ。
200人を背負って『結果が出ないのは許されない』という状況で練習するのと、『打って、プロに行けたらいいね』という選手では、覚悟が違います。後者は楽な場面では打つけれど、ギリギリの試合ではやっぱり覚悟を持ち、200人を背負っているヤツのほうが結果を出しますね。
『結果が出ればプロに近づく』と考えるのではなく、『チームで勝つために結果を出さないといけない』と思って練習や試合に臨む選手のほうが、プロに行きやすいと思います」
近年、なぜ富士大は躍進しているのか。プロに行くための方法を徹底的に逆算しているからこそ、多くの選手が目標の場所にたどり着いている。
(文・撮影:中島大輔)
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