【令和の野球キャリア⑪】慶應高校・森林監督が問う、「甲子園という物差し」&高校野球に足りない「大人の責任」


高校野球に関わる選手や指導者にとって、大きな目標となるのが甲子園だ。それぞれの立場で、この舞台をどう位置づけるのか。


近年、野球界がさまざまな意味で過渡期にあり、改めて問い直される機会が増えている。


「高校野球は『甲子園』という一つの物差しでみんな考えるから、そこに行ければ幸せ、行けなければ残念、となりがちです。でも、行けたら幸せとなってもその後の80年をどうするのか」


そう問いかけるのは、2023年夏の甲子園を制した慶應義塾高校の森林貴彦監督だ。


「高校生が『僕は人生が長いから、高校野球のことばかり考えているわけではありません』なんて言う必要はありません。『この夏が勝負』とか、夏の勝ち負けで生きるか死ぬかに近い感覚を持っていても、もちろんいいと思います。


でも、指導者や保護者、学校関係者が同じ目線ではダメ。

選手と一緒に『この夏で生きるか、死ぬか』という部分と、もっと遠いところを見ながら、20年後に社会はどうなっていて、そこで活躍するには今、何を身につけてもらえばいいのか。今、野球をしながらどういう思考を身につけるべきか。そう考えていくのが大人の責任だと感じています」


個人の成長&チームの勝利


甲子園を超越し、高校野球に取り組む価値をどうすれば高められるか。107年ぶりの全国制覇を果たす前も後も、森林監督はそう考えている。


その上で意識するのが、“個人の成長”と“チームの勝利”のバランスだ。


「“個人の成長”の伸び幅が大きければ、最終的に“チームの勝利”にもつながる。だから一人ひとりの成長を促すのが、最初に考えることです」


“チームの勝利”を先に考えると、「お前はバントをしていればいい」、「お前は戦力ではないから裏方をやれ」となりかねない。

そうではなく、チームの全員が野球部員であり、野球人として成長してほしい。人としても成長してほしい。その伸び幅が大きければ、最終的にチームは勝てる——それが森林監督の考え方だ。


逆に“チームの勝利”を優先する場合、練習の取り組み方やチームづくり、個人の役割の与え方は変わってくる。


「高校野球は2年半、一つのチームで言えば1年しかない中で、チームの勝利だけを考えれば、試合に出る優先度が高い選手にたくさん練習させて、それ以外は『お手伝いをしてください。邪魔をしないようにしてください』というやり方になるでしょう。

その中でチーム内のアンバランス、不満が出ないようにマネジメントしながら、『試合に出る人はだいたいこの辺だから、彼らを伸ばせばいい。それ以外はサポートしてくれ』という方向に持っていくでしょうね。

今、うちだってそういう部分もあるわけですけど。だけどチームの勝利のみが目的となれば、練習の配分や一人ひとりにやらせてあげる練習の量はだいぶ変わってくると思います」


慶應は約100人の部員をメジャーとマイナーの2チームに分け、できるだけ全員にチャンスを与えられるようにしている。


なぜ、チームの勝利を優先しないのか。


「一人ひとりの高校生は体も心も成長途上です。最終的に一人ひとりを野球選手として伸ばすとか、人として伸ばすという意味で言ったら、高校野球は通過点なので、最終判断みたいなことはしたくない。一人ひとりの成長をできるだけ最大化することが、こちらの役割だと思っています。


もちろん『うちは一人ひとりを成長させるので、チームの勝利はあきらめています』とは、口が裂けても言うつもりはありません。チームの勝利を求めながら、個人を犠牲にせず、一人ひとりの成長を求めていく。究極のバランスを取りたいと思っています。贅沢というか、難しいチャレンジをしている自覚はありますね」



「場」をつくり、判断を委ねる


一人ひとりの成長を求める中、その努力はチームの勝利につながらなければ意味がない。なぜなら野球はチームスポーツだからだ。


とりわけ個人を重んじる風潮の強い今、ともすれば「自分が打てればいい」となりかねない。だからこそ、指導者は絶妙にバランスを取る必要があると森林監督は意識している。


「例えば自分のためにホームランを打ちにいくようなスイングをしていたとして、『それでは外野フライで終わっちゃうんじゃないの?試合に出るためには守備も走塁も大事だし、違うバッティングの仕方もあるんじゃないの?』という話はします。

最終的に、誰がチームにどう貢献するのか。『夏の大会で20人のメンバーを選ぶのは、こちらがやらせてもらうからね』という話はします。個人がどう頑張るかも大事だけど、それでチームとしてどう機能するか。そのために誰を選ぶかは、指導者の役割だと思います」


指導者の重要な仕事の一つが、環境づくりだ。個人とチームのバランスをいかに取るか——。


慶應は個人練習や自主練を大事にしているが、森林監督は“枠”をつくることを大きな役割と考えている。


「うちは大人数でやっているので、安全管理が特に重要です。『この時間はこのグループがバッティングをして、こちらでティーバッティングを行い、1時間経ったらこのグループはここでやる』と、場所と時間の大枠はつくります。


その中で『この時間は個人練習』、『このエリアは空いているのでご自由にどうぞ』、『練習は何時に終わるけど、何時まで照明をつけておいていいです』、『この時間は居残りでやりたい人はどうぞ』、『でも明日テストがあるなら、この辺で帰りなさい』と伝え、その中で個人が判断して動く。

例えば居残りでしかできない練習があるとして、そこで誰を呼ぶか。そういうこともいろいろ経験してほしい。こちらはそういう場をつくりつつ、あとは委ねるということは常に考えています」


大人に求められる「遠近両用の視点」


近年の高校野球では「自主性」を重んじるチームが増えている一方、「丸投げ」では選手が戸惑いかねない。指導者の肝になるのは、絶妙なバランスをとることだ。


そのためにも「大人は“遠近両用のメガネ”をかけてほしい」と森林監督は言う。


「高校最後の大会で結果を出させてあげたいのは当然あるけど、一方でもっと遠くを見つめる。

『この人は5年後に社会に出ていく』、『15年後は親になる』、『30年後は社会の中枢で活躍する』ために今、こういうことを考えてほしいとか、身につけてほしいとか。近いところだけでなく、遠いところにも焦点を当てるべきです。指導者だけでなく、親も含め、指導に関わる大人みんなの責任ですね。


高校野球を見ていると、どうしても甲子園に行く・行かない、戦力になる・ならない、中学生のいい選手を獲れた・獲れない、となりがち。

チームが夏の大会で勝ったか勝たないかで指導者の評価が決まるとか。そういう視点があるのはもちろんわかるけど、それだけになってほしくないですね」



どうすれば高校野球の価値をもっと高められるか。夏の甲子園が行われている今だからこそ、改めて深く考えるべきテーマだ。



(文・撮影/中島大輔)

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