
トラックマンやラプソード、ブラストなどテクノロジーの活用が当たり前のようになった昨今、プロ野球選手を取材していると、個人のパフォーマンスアップにつなげるための取り組みの高度化・専門化がここまで進んでいるのかと驚かされる。
4年前の2021年、元プロ野球投手で読書家の斎藤隆氏(元DeNA、ドジャースなど)にオススメの本を聞くと、こんな話をしていた。
「最近面白かったのは『すばらしい人体』。すごくオススメです。トレーニングを追求していくと、最後は脳にたどり着きますね」
プロ野球選手が身体について突き詰めるのは、ある意味で当然と言えるだろう。さらに先を求めると、脳にたどり着くというのは斎藤氏に限ったことではない。
ある球団の幹部も、こう語っていた。
「うちにもアマチュアのときから解剖学を学んでいたピッチャーが何人かいる。自分がどうやったらうまくなるかと考えると、自分の体の構造を知りたいに決まっているよね。そう思うと、野球はいかに個人競技かということがわかるよ」
「個人の成長」が高校生の人気に
投手VS打者の対戦が繰り返される野球は、極めて個人戦の要素が強い団体競技と言える。
試合で勝利を目指すにはチームプレーの習熟が求められる一方、個人のパフォーマンスアップも不可欠だ。
では、どちらに重点を置くのか。特に学生野球の場合、目指す先をどこに置くのかでも変わってくるだろう。
甲子園の常連には小技やチーム力を突き詰めて勝利を目指すチームが少なくない一方、近年は個人の成長に重きを置く高校も増えてきた。その背景には時代の要請もあると、前述の球団幹部が語る。
「武田高校のように、『個人が成長することを前提にします』と宣言したほうが、じつは選手が集まるということが起こっている。今、選手の需要はそうなっているわけです」
広島県の武田高校は文武両道を掲げ、平日は50分の練習時間に限られるなか、独立リーガー出身の岡嵜雄介監督は「ドラフト1位が9人いれば甲子園に行ける」と個人の成長に主眼を置く。
トレーニングを重視して個々を伸ばすアプローチが知られるようになり、さらに谷岡楓太(2019年オリックス育成2位、現・火の国サラマンダーズ)や内野海斗(2022年ソフトバンク育成4位)をNPBに送り出した実績もでき、遠方から入学する高校生も増えているという。
志望動機は「全国出場→プロに行ける」
大学に目を移すと、「プロを目指すなら」と人気を高めているのが岩手県の富士大学だ。
2009年に青木久典監督(現六花亭監督)が就任して同年春に全日本学生選手権で準優勝、山川穂高(ソフトバンク)や外崎修汰(西武)などをプロに輩出して名前が知れ渡った。
後任の豊田圭史監督(現武相高校)の下で2014年春から10季連続優勝を果たすなど地盤を固めた後、その下でコーチを務めていた安田慎太郎監督が2020年7月に就任すると、方針を大きく変えた。ウエイトトレーニングを重視するようになったのだ。
(※詳細はHomebaseの過去記事を参照)
トレーニングをはじめ、個々の成長に大きな力を入れるのは富士大にやって来る選手たちの目的意識にも関係がある。安田監督が説明する。
「9割以上の部員がプロや社会人を目指して来ます。『僕は大学野球をしっかりやって、4年後は一般就職で』という話を聞いたことがないですね。もしかしたら、それが他の大学とは違うところです」
数年前までは、「全日本に出られる」という入部者が多かったという。
その流れが変わったのは2023年に春秋続けて全国ベスト4に進出、そして2024年秋に向けて「7選手がドラフト候補」と注目を集めたことだった。安田監督が続ける。
「入ってくる選手の志望動機として、『富士大学に来る意味って、プロに近いからでしょ?』みたいな雰囲気を感じます。高校の指導者と話しても『プロに行くんだったら、富士大じゃない?』と変わってきました」
少し前から、評判は口コミで広がっていたという。
「お前、デカくなってない?」
富士大に進んだ部員が出身高校に里帰りすると、スケールアップした身体が指導者に驚かれた。
「大学に行ってから球速、めちゃくちゃ上がったよ」
選手自身も後輩にそう伝え、最先端の取り組みが徐々に知られるようになった。
そして2024年のドラフト会議では、麦谷祐介(オリックス1位)、佐藤柳之介(広島2位)をはじめ、「同一チームから史上最多の指名数」となる6人が入札。そのインパクトは極めて大きく、取材が殺到、富士大学の取り組みはさらに注目を集めることになった。
プロを狙うための「スカウト&育成」戦略
「大学は最終学歴になるので、高校で高く評価される選手はまず東都、東京六大学に行きますよね」
安田監督は率直に語る。昨年のドラフトで指名された6選手についても、安田監督は「あれくらいの選手だったら、東都、六大から誘いが来るわけでもなかった」と話した。
高校当時、麦谷は「育成ならドラフトにかかる」と言われ、佐藤は「微妙」という評価だったという。そこから富士大経由でプロ入りを目指し、麦谷は9000万円、佐藤は7000万円(いずれも推定、以下同)の契約金を手にした。育成契約の選手が得る支度金は標準300万円なので、大学時代に自身の価値を大きく高めた格好だ。
では、どのように選手たちを4年間で飛躍させるのか。
まずは、安田監督による素材の見極めだ。自ら視察に赴くだけでなく、XやYouTube、『野球太郎』などから情報を集める。
今春卒業した選手たちの高校3年時は、新型コロナウイルスの感染拡大で新幹線の乗り換えを要する出張が大学側から認められず、安徳駿(ソフトバンク3位)と長島幸佑(ロッテ育成3位)はYouTubeで見つけた。
安徳は高校3年時に練習会に参加すると、ストレートの球速は132、3km/hだったという。そこから最速152km/hまで成長し、6000万円の契約金を手にした。
安田監督の目利きは、いわゆるプロのスカウトに近い。後天的に伸ばしにくい能力を見抜き、成長の可能性を探っていくのだ。
「指先の感覚を伸ばすのはなかなか難しいですね。キャッチボールの発射角度が、ちょっと上に行く選手がいるんですよ。見ていると、それは治らないですね。
発射時に、上に“ぼやけない”で行く選手。佐藤柳之介も安徳もそうです。キャッチボールを見れば大体わかりますね。それで想像がつくので、ピッチングを見なくてもいいパターンもあります」
富士大の特徴として、学校から勝利をそれほど求められないため、「育成がやりやすい」と安田監督は言う。
「リーグ戦を勝てと言われれば、獲る選手が変わります。コントロールのいい投手をを獲ったほうがいいですよ。打者ならちゃんと当てられて足が速かったら、“フリーパス”なので。勝ち方はあるんですよ。
でも、全国で勝とうとかプロに行きたいとなったら、スケール感のある選手を獲らないと、東都、六大には勝てない。だから、スカウトのやり方は変わります」
今春の北東北リーグは3位に終わったが、そうした影響もあったという。
「スケールの大きい選手を獲って育てようとしたら、その過程でミスして負けることは増えます。春のリーグ戦では4回くらいそう負けているのかな。
プロに行かせたいから、行けるようなピッチャーを獲ると、大体荒いじゃないですか。プロに行ける素材があって、ちゃんとしていたらもうプロになっているので。荒いから、ドラフトにかからないわけで。それをこっちでなんとかできればという選手を獲るので、正直ゲームにならないときもあります」
選手たちをプロに行かせることを求めると同時に、富士大も試合では勝利を目指している。
だが、いつもうまく行くとは限らない。望む成果を得られなかったら、次に行うのは改良だ。
2025年春のリーグ戦で3位に終わり、富士大学はさらに個人への特化を進めた。
(文・撮影:中島大輔)
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