
2024年のドラフト会議で「1チームから史上最多」の6人が指名された富士大学野球部には今年、66人が新たに加入した。
例年より約20人多く、その質にも変化が起きていると安田慎太郎監督は語る。
「今までは練習会に参加して入部し、1年の春から試合に出る選手はほぼいなかったです。こちらから声をかける選手と、レベルの差がすごくありました。それがこの1、2年は自分から希望してくれた選手も、声をかける選手と同じレベルが来るようになっています。レベルが上がっている感じがしますね」
2025年春の北東北リーグで新人賞を受賞した早川大惺は、安田監督が誘うと「行きます」と即決。1年生の春に本塁打王を獲得した髙橋昇聖は「プロに行けなかったら、富士大に行きたい」とやって来た。今野正就は昨年の練習会で安田監督の目に留まり、入学直後にショートのレギュラーを獲得した。
全国大会での躍進、さらにプロへの輩出で、富士大に来る選手レベルは着実に上がっている。
だが、それでも今春のリーグ戦は3位に終わると、安田監督は練習方針を大幅に見直した。
監督が毎日23投手のトレーニングメニューを作成
一つ目は、トレーニングのやり方だ。
「以前から個人でやったほうがいいと思っていたけど、だいたいチーム全体でやっていました。春のリーグ戦が全然ダメで、これを機に変えることにしました」
以前は全体練習で同じ内容を行い、課題練習でそれぞれの改善点に取り組ませた。
だが、自分の課題を把握していない選手も多かった。気づいていたとしても、どんなトレーニングをすればいいのか、わかっていないケースがほとんどだ。
そこで個別に面談を実施し、安田監督が「このトレーニングをやったほうがいい」と各自に伝えるようにした。そうして課題を把握し、毎日Aチームに在籍する23投手分のメニューを個別に組んでいる。
そこまで突き詰めるようになったのは、数年前の反省もあるという。
「投手陣の球速が全体的に上がっていき、『みんな、順調だな』と思っていました。でも連動性のうまい選手がウエイトを行い、そのデメリットが表れていないだけということもありました。
逆に不器用な選手がウエイトをやって、球速は速くなったけど連動性がなくなった結果、コントロールが悪くなった様子を見ると『あれ?』となります。A選手はうまくいったけど、B選手はうまくいかなかったのはなぜだろう、と」
同じメニューに取り組めば、誰もがうまくなるわけではない。選手たちは異なる体の特徴を持ち、それぞれの課題を抱えている。全員を底上げしていくには、個別のカスタマイズが不可欠だ。安田監督が続ける。
「『ウエイトをして球は速くなったけど、フォームの連動性が悪いから、方向性が出てないのかな』と感じて、『この選手にはこのメニューも必要かな』と個別に変えていきます。
瞬発力のない選手はプライオ(メトリクストレーニング)をいっぱいやらなきゃダメ。連動性がないならクリーンやハイプルをやる必要がある。肩甲骨の動きが悪い、ブリッジができない、可動域の狭い選手は、初動負荷のマシンを集中的にやる。そのように全員課題が違うので、だったら俺がパーソナルみたいな感じでやろうと思いました」
富士大にはトレーナーがおらず、安田監督が「確実に見る」という方針だ。独学で高度な知識を身につけ、野球のパフォーマンスアップにつなげている(※参考記事)。
富士大野球部はAとBの2チームに分かれ、全体練習は17時半に開始。Aチームのメンバーは、その前の空き時間にトレーニングを終わらせておく。
対して、Bチームは全体練習のなかにトレーニングが組まれている。2、3年生でも体づくりが基本で、そこに1年生も混ざってウエイトや可動域、瞬発力を高めるトレーニングに取り組んでいく。
「Bチームには、ウエイトが全然上がらない、可動域がない、瞬発力がないという状態の選手が多いです。
それをある程度クリアして、打球速度や球速が出るようになったらAに上がり、個別に『これに特化してやりましょう』となっていきます」
富士大学の選手たちは卒業後のプロ入りを目標に掲げている。そこから逆算し、必要なことに取り組んでいくのだ。
インカムで投球を指示
春季リーグを終えた後の二つ目の変化は、火曜から日曜まで毎日紅白戦を始めたことだ。
試合は19時前から20時頃までに5〜6イニングを実施。
打者は必ずしも9人ではなく、5人で回す場合もある。投手には一定のイニング数、打者には打席数を与え、実戦を通じて個人の力を高めることが目的だ。
以前はラプソードで球質を計測していたが、今年からスマートスカウトというアプリを導入した。MLBの「ベースボールサバント」に掲載されているように各球種の変化量が即座にグラフ化されるので、「使いやすい」と安田監督は言う。
「分析グラフを見ると、選手はイメージを湧かせやすいです。『今日のピッチングはこうだ』と伝えるには、すぐにグラフを見せられたほうがいい。それを見ると、『確かにこの球種は試合で使えない』とわかります」
Baseballsavantの大谷翔平の投球データ
紅白戦ではインカムをつけ、安田監督が捕手に配球を指示していく。
例えば、ストレートが50cm程度シュートするスリークオーターの右投手がいるとする。ストレートのホップ量は約30cmで、少し落ちながらシンカーのような軌道を描く。
この球を活かすにはどこに投げるべきか。
安田監督はインカムを通じ、右打者の内角、左打者の外角に投げるように指示する。このコースにうまく投げられれば、シンカーのようなストレートは威力を発揮するからだ。
「発想」を伝え、「信憑性」を持たせる
一方、球速の遅いスライダーを持っているが、どうすれば左打者に対して効果的に使えるか。
「外巻きのスライダーはあまり打たれないから、そこをまず押そう」
内角にスライダーを投げても、球速が遅いから対応される。だが外角のボールゾーンから変化させれば、バットを出させずにストライクを取りやすい。
以上のような配球を実戦のなかで身につけさせ、自分の持ち味を理解させていくのだ。
安田監督が続ける。
「そういう発想を知らない選手も結構多いです。言われると、『確かに』となりますね。『困ったら外巻きのカーブ、スライダー』と言うと、確かに今日投げたボールは打たれていないとなれば、信憑性があるじゃないですか。『言われてみたら、打たれてないですね』『あの球、もっと使えよ』と伝えられる。『あの球、なんでもっと使わないんだ? 配球の優先順位が間違っているぞ』というのも全部話してあげます」
ラプソードが浸透し、変化球の習得や球質の向上に活用する方法はだいぶ広まってきた。
次に知るべきは、実戦での活用法だ。自分の持ち球をどのコースに、どんな軌道で投げれば相手打者を打ち取れるのか。そう理解することで、投球の幅はグンと広がると安田監督は語る。
「みんな、ボールの質を上げることはやっていると思います。でもピッチデザインや、今あるボールでどう勝負するかはあまりわかっていません。いくら変化球の質を良くしても、真っすぐと全然軌道が違うとか、球速帯も合っていなければ、その変化球で勝負するのはきついですよね。そういうことまで教えてあげれば、『じゃあ、こうやろう』という発想が出てきます。
考え方として『抑えるためには球速が足りない→じゃあ球速を上げよう→球速は速くなった→他の変化球がない』となるより、どうすればプロに行けるかというところから逆算したほうが、順番的にはいいと思います」
令和の今、世の中には多様な方法論があふれている。それをどう組み合わせれば、目的地にたどり着けるか。重要なのは、ゴールからの逆算だ。
そうして富士大の投手たちがレベルアップすればするほど、紅白戦で対戦を繰り返す打者にも大きなメリットがある。
(文・撮影:中島大輔)
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