2022年度野球指導者講習会(BCC)講義紹介 第3回
第3回のテーマは『予防・コンディショニング』講師:河野 徳良 (全日本野球協会 選手強化委員会 医科学部会 副部会長/日本体育大学 保健医療学部 整復医療学科 准教授)についてリポートする。
河野氏は学生スポーツのトレーナー経験が豊富であり、野球においても侍ジャパンのチームトレーナー経験を持つ。今回のBCCでは、指導者の方が普段から気にかけるべきポイントや選手を預かる立場として知っておくべきことについて講義を行った。
▼目次
Ⅱスポーツ外傷を防ぐために(後編)
・コンディショニングとは
・成長期の考え方について
・女性プレーヤーの特徴
スポーツ外傷と障害
ケガの種類には外傷と障害の2種類がある。この講義ではそれぞれの名前を覚えるのではなく、それぞれの特徴を理解していただきたい。
外傷というのは完全に防ぐのが難しい。野球の現場でもデッドボールを受け、腕を骨折するといった気をつけていても防ぐことが難しいものも多い。
しかし、障害はその症例のほとんどにおいて防ぐことが可能である。障害の特徴でもある“同じ部位に繰り返し”ストレスがかかるような動きや練習を行っているというのが原因である。指導者としてはスポーツ動作の適切な指導や、それに基づく練習をすることが大切になってくる。
▼ケガの発生要因
ケガの特徴を理解した上で、次に大事となるのはケガを防ぐ、つまり、ケガを予防することである。ケガの発生要因を特定し、その要因を取り除いていくことが求められる。
①個体要因②環境要因③トレーニング要因
それぞれの要因の具体例として下記図をご覧いただきたい。
アライメント
これまでに何回か出てきている「アライメント」という言葉について改めて説明をする。アライメントは骨の配列という意味であり、基本的な肢位を決めて観察するものを静的アライメント、運動時における骨の配列の変化を観察するものを動的アライメントという。
また、身体的構造上、足部が床面に接しているため下肢アライメントが身体全体に影響を及ぼすことになる。静的アライメントの例として取り上げられるO脚・X脚という症状の場合は、膝を中心としてその外側内側にストレスがかかってしまう。それぞれの症状に応じて、下肢の内側/外側のどちらをトレーニングorストレッチングしていくべきなのかが変わってくる。
動的アライメントでは「knee-in toe-out」「knee-out toe-in」という状態があり、いずれも望ましいアライメントではない。走っている時にこの二つのどちらかの状態に近くなっていないか注意して見る必要がある。特にバスケットボールなどのスポーツに多いが、側方からの接触や、側方への移動や切り返しなどの動きをする際に膝へのストレスがかかってくる。野球の指導者としても選手がどちらかのタイプになっていないか、スプリットジャンプや両足ジャンプのようなメニューの着地姿勢を見る中で動的アライメントの状態を見極めていくと良いだろう。
▼姿勢
良い姿勢とは力学的、生理学的、作業効率的に安定・効率が良く美学的にも優れている状態を指す。良い姿勢を取るには、心理的安定も必要となってくる。一つの事例として河野氏は『肩の力を抜くというシーンです。緊張したシーンで肩に力が入ってしまい、肩が上がってくる。そうすると肩甲骨の可動域が狭くなってくる』と話した。
姿勢が悪い一例として猫背が挙げられる。猫背は円背(えんぱい)といい、プレーにも悪影響を及ぼす。肩関節屈曲や肩関節外旋といった主に投球動作に関わる部分でパフォーマンスの低下を招く。
また、骨盤は筋肉の状態によって、前傾したり後傾したりと姿勢に大きく影響を及ぼす。腰や背中、太ももの前の筋肉が張っている場合は骨盤が前傾する姿勢になりやすい。逆に腹筋やお尻から太ももの後ろにかけて張りが強い場合は骨盤が後傾しやすくなる。骨盤の傾斜によって先ほど述べたような猫背や反り腰といった姿勢への悪影響を与えることになる。
▼スポーツ動作の観察の重要性
指導者が選手のスポーツ動作を観察することで以下4つのことへの理解に繋がる。
①スポーツ外傷・障害の発生予防
②外傷・障害発生時のメカニズムの解釈
③治療・アスレティックリハビリテーションへの活用
④ウィークポイントの明確化と対策
『観察する上で大事なのは常に「重力」を考えること』と河野氏は話す。地球上で生活する以上、身体には重力がかかっている。身体は重力の影響を受けながら自然な動きを取っているのだ。足を上げる、腕を振るといった動きをすると身体全体は倒れないようにバランスを取ろうとする。
指導者が選手のスポーツ動作を観察する際は、「主動部分」と「固定部分」と分けて見ていくのが良い。主動部分はいわゆる“動かしやすい”部位で四肢などを指す。また、固定部分は胸・腹・腰といった“動いてはいけない/動かしにくい”部位のことを指す。
イチロー選手は『上半身の力みをとるには、膝から下の力みをとればいいことがわかったんです』と話したという。イチロー選手のこの考え方はスポーツ動作をスムーズに行う上で大事な点になる。“この部位”を動かそうと思っても思い通りに動かないのがスポーツ動作であり、無意識のうちに動かせるようになって、結果としてスポーツ動作としても良いものになってくるという。
観察するポイントを整理すると、下記の通りとなる。
①スポーツ動作を「キネティックチェーン(運動連鎖)」として全体を見る
②負荷がより多くかかっていると考えられる動作を見る
③左右・前後・上下・対角線で動作を見る
④代償運動の有無を確認
⑤全体→局所→全体
①のキネティックチェーンを見る上でこれまで述べてきたようなアライメント(スタティック・ダイナミック)の観察が重要となる。特に、足部が床面に接している下肢のアライメントは身体全体に影響を及ぼすため注視する必要がある。このことを専門用語では「上行性運動連鎖」と呼んでいる。投球動作を運動連鎖の視点で見ていくと、上肢だけに頼った動作には“上肢優位性”があり、体幹と上肢が同時に単体として動く動作は“単体運動”となる。一番理想的な動きが、下肢・骨盤・体幹・上肢の順に各部位が個々に動くものであり、これを“開放パターン”と呼んでいる。
▼投球動作の観察
一般的に、投球時のスポーツ動作には4つの位相区分があると言われている。
アクセレーションフェーズである第3相では、文字通り加速させるように腕の振りのスピードが最大となるタイミングである。その後のフォロースルーフェーズでは特に意識をせずとも自然に腕の振りが付いてくるというのが、河野氏がこれまでの代表チームへの帯同をした中でのヒアリング結果だという。
また、河野氏がある大学の野球部の投手陣を対象にした研究結果では、150キロ以上を投げる球速が高い集団においてはフォロースルーのタイミングでは意識することがほとんどないと回答をしたという。それに対して、130キロ台の集団は4つの位相区分の中で、フォロースルーのタイミングで一番意識することが多いと回答をした。このことから、下肢からの運動連鎖を上手にできるからこそ、スピードボールを投げることができるのではないかという仮説立てができる。
改めて、河野氏は指導者がスポーツ動作を見ることの重要性を以下の通り話した。
「不適切なフォームというのは、特定の部位にストレスがかかり、障害を引き起こす可能性が高くなります。そのため、選手を預かる指導者としては正しい動きを理解・観察・指導できる能力が必要となってきます。選手が正しい動きができていない場合はいくつかの理由が考えられますが、ほとんどは①正しい動きを習っていない ②体力不足 ③痛みなどで他の部位をかばっている、これら3つに集約されます。どれに該当するのかを見極めるかが大事になってきます。」
▼一般的体力と専門的体力および技術との関係
下図をご覧いただいて分かるように、一般的体力という土台があり、その上に専門的体力、そして技術が乗ってくると言われている。
トレーニングの基本的な考え方
トレーニングをする上で、個別の筋肉を鍛えるというのは、これまでに述べてきた“運動連鎖”を阻害するという点であまり望ましくない、と河野氏は話す。指導者においては、“野球の動作”で鍛えるという考え方を持っていただきたい。そうすることで、結果的に野球に必要な筋肉が鍛えられ、最終的にはトレーニングの目的でもあるパフォーマンスの向上につながっていく。
筋力トレーニングをやる=野球が上手くなるという等式が全て成り立つ訳ではないということを指導者が理解をし、それを選手にも理解してもらうということが大事である。筋力トレーニングに効果がないという訳ではない。特に、若い年代においては、野球選手として本来必要である、股関節の動きや体幹の安定性、肩甲胸郭関節(肩甲骨)などの部位をしっかりと動かせるようになってから、重い物を持ち上げるといった筋力トレーニングのステップに進むべきである、と河野氏は話す。
野球選手として重要な要素
講義の最後に河野氏は、野球選手として重要な要素として以下の3つを挙げた。
①股関節(可動性)
②体幹(安定性)
③肩甲胸郭関節(可動性)
これら3つの重要な項目が備わった選手となり、初めて野球選手として望ましい体の動きが可能となる。その後、怪我のリスクも考えた上で、ウエイトトレーニングを実施するのが良いと話した河野氏は話した。
指導者が選手の身体のことをより理解し、適切な指導ができることで選手の体力や技術向上に繋げていただきたい。
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