予防とコンディショニング(前編):2022年度 野球指導者講習会/BASEBALL COACHING CLINIC 要約

 2022年度野球指導者講習会(BCC)講義紹介 第3回

(第1回はこちら、第2回前編はこちら、後編はこちら

 第3回のテーマは『予防・コンディショニング』講師:河野 徳良 (全日本野球協会 選手強化委員会 医科学部会 副部会長/日本体育大学 保健医療学部 整復医療学科 准教授)についてリポートする。

 河野氏は学生スポーツのトレーナー経験が豊富であり、野球においても侍ジャパンのチームトレーナー経験を持つ。今回のBCCでは、指導者が普段から気にかけるべきポイントや選手を預かる立場として知っておくべきことについて講義を行った。

▼目次

Ⅰ身体のことを知る(前編)

  • コンディショニングとは
  • 成長期の考え方について
  • 女性プレーヤーの特徴

  • Ⅱスポーツ外傷を防ぐために(後編)


    • スポーツ外傷と障害
    • アライメント
    • トレーニングの基本的な考え方
    • 野球として重要な要素


    コンディショニングとは

     “コンディション”と“コンディショニング”、この二つの言葉は指導現場でもよく耳にする言葉であり、指導者の方も選手に対してよく使っている言葉ではないだろうか。講座の冒頭、河野氏は「この二つの言葉の意味をしっかりと理解して使っていますか?」と投げかけた。選手あるいはコーチなどのチームスタッフと会話する際に大事なのは共通認識を持つことだと説いた。




     “コンディション”という言葉は文脈によってその意味も大きく変わる。野球でも様々な場面で用いられ、グラウンド“コンディション”のことを指す場合もあれば、肩肘の“コンディション” のことを指す場合もある。

     一方、コンディショニングはコンディションを整えることを指している。コンディショニングは大きく分けると3つの要素があると説明を加えた。

    ①身体的要素②環境的要素③心因的要素

     選手が結果を出すことができなかった時、思うようなプレーが出来なかった時、これらコンディショニングの3つの要素のうちのどれか、あるいは全てがうまくいかなかったというケースがほとんどであると話す河野氏。

     「果たして、これらのコンディショニングがうまくいかなかったのは誰のせいでしょうか、選手のせいでしょうか。」

     育成年代において、練習時間や練習メニューを考えるのは指導者であるケースが多い。また、環境や人間関係は、選手自身が変えることは難しく、指導者が関与してコンディショニングを整えることが必要な部分でもある。

     コンディショニングを失敗した事例として、陸上の駅伝ランナーの例を一つ紹介した。箱根駅伝のメンバー入りを目指す選手で練習では調子が良いが、本番ではいつも調子を発揮できない選手がいた。箱根駅伝のメンバー選考で大事となる本番コースの試走の際に、乳酸値を測定したところ、その選手だけアップ前後での乳酸値の上昇が異常に大きいことがわかった。

    その選手に話を聞いたところ、大会当日や大事なレース前には短距離ダッシュを繰り返しているという。

     このケースで問題なのは、普段の練習ではやっていない且つウォーミングアップとして不適切なことを本番(試合や記録会)の際に実施していた点にあり、結果を出すためのコンディショニングの方法(短距離ダッシュ)が間違っていたのだ。

     特に学生野球などでは、大会前に気合を入れて自主練習に取り組む選手なども多い。そういった選手が大会当日に限って身体が重いというコンディショニングの失敗が発生することが考えられる。指導者としては、大会前だからといって負荷をかけるのではなく試合でのパフォーマンス発揮を考えた上で練習量をコントロールするといったことも必要になってくる。

     コンディションを崩す要因として“トレーニング”と“ストレス”の二つが挙げられる。

     トレーニングと聞いて、驚いた指導者の方も多いのではないだろうか。練習をすること自体が悪ではなく、練習の内容が悪いとコンディションの悪化につながることがあるという。そもそも論にはなってしまうが、強度の高い練習を毎日こなしていくと、疲労が溜まっていきコンディションは崩れていく。しかし、ここで大事になってくるのが練習量を落とすことが正解なのかという議論ではなく、休養や栄養補給も含めて練習全体を考えることが必要だ。

     二つ目のストレスについては、主に対人関係などが考えられる。

     指導者としては、これら二つのコンディションを崩す要因をどれだけ取り除くことができるかどうかが、コンディショニングの成功につながっていくことを理解していただきたい。


    成長期の考え方について

     


     上記グラフは何歳の時にどの能力を発達させると効果的かを示している。グラフを見て分かるようにそれぞれの年間発達量の山の高さ(年齢別)は同一ではない。体操競技のような身体動作の習得(調整力)が必要とされるスポーツでは比較的若い段階から取り組むのがより効果的だといわれている。10代中盤の中学生の頃に体操競技を始めるのが悪い訳ではないが競技者としての動作習得がなかなかうまく行かず非効率的になってしまう。

     これを野球に置き換えて考えると、グラブ捌きや守備の際の足の動かし方、スイングの基本的な動きといったものを8~9歳頃までに習得できると、競技者としてより高いレベルを目指していく上で効果的であると考えられる。野球では、長距離を走るといった持久力はあまり必要とされない。しかし、走攻守のベースとなる練習を耐え抜くための持久力は最低限必要である。中学年代に達すると心肺機能が発達をして自然と長い距離が走れるようになってくる。また、筋力は高校年代 が効率的な発達ができる時期となってくる。

     グラフが表している通り、小学生の頃に筋力を集中して鍛えるというのは効率的ではないことが分かる。むしろ骨が柔らかい時期においては痛める可能性が高まり怪我のリスクにも繋がると河野氏は話した。


    ▼成長期の選手を指導する上での留意点

     大前提として、指導者である大人と違って、選手である子供はまだ成長期であり、骨は発育途中である。この状態の選手を指導する上で気をつけることは「骨端線部の障害」であると河野氏は話す。

    成長期の特徴として4つの項目が挙げられる。

    ①骨が柔らかい②治癒力が高い③骨端線(成長線)が存在する④柔軟性が低下する

     

     1つ目の骨がやわらかいという特徴をイメージするには、“若木骨折”を想像していただけると分かりやすい。古い木であれば水分が少なく、乾燥しているためポキっと折れることが多い。しかし、若木であれば簡単には折れずぐにゃりと曲がってしまうケースがある。これが成長期の子供たちの骨に起こるというイメージである。

     2つ目の治癒力が高いという特徴は選手にとっては素晴らしい。指導者が気をつけるべきは誤った処置をしないということである。骨折と診断されるような怪我であるにも関わらず、指導者が突き指と判断をして適切な処置を取らず折れた指が適切に癒合されずに完治してしまうというケースもあり得る。


    女性プレーヤーの特徴

     思春期以降に、性ホルモンの関係で身体的特徴に男女差が出てくると言われている。男性の場合は筋量が増加し、筋パワーが高まる。その一方で、女性は体脂肪量、体脂肪率の増加で体重移動を伴う運動においてパフォーマンスの低下を引き起こすことが想定される。

    女性の運動器(骨・関節・筋肉)における特徴として4つの項目が挙げられる

    ①骨盤が男性と比較し幅が広い

    ②下肢アライメントではX脚が多い

    ③関節弛緩性を有する割合が男性と比較し高い

    ④筋力は男性の60〜70%程度

     関節弛緩性とは、関節のやわらかさのことを指し、男性の一般的な関節の可動域よりも更に広い範囲で動くというのが女性の特徴である。また、精神面での特徴としては、男性よりも競技不安、コーチ受容性が高く、指導者や親、仲間など他者から励まされたり認められたりしたときにやる気の高まりがあるという報告もされている。


    ▼FAT(Female Athlete Triad)とは

     FATという言葉を聞いたことがあるだろうか。これは日本語訳をすると『女性アスリートの三主徴』という意味になる。パフォーマンスを発揮させるため、女性プレーヤーに対して極端な運動を指導することでFATの問題が起こる可能性が高まる。

    ①低エナジー・アベイラビリティー②機能性視床下部性無月経③骨粗しょう症

     専門的な用語のため簡単に説明をすると、一つ目の低エナジー・アベイラビリティーは食事量よりも運動量が多くなるとエネルギー消費量のバランスが取れなくなりホルモン機能に異常をきたすという現象である。女性の場合はホルモンバランスの関係もあり、無月経になった場合に身体に異常をきたす可能性が高まる。


    ▼Q-Angleとは




     こちらのイメージ画像をご覧いただくと女性の骨盤の方が横に広くなっていることが分かる。上前腸骨棘(じょうぜんちょうこつきょく)と呼ばれる骨盤の端の部分と膝蓋骨(しつがいこつ)と呼ばれる膝のお皿の真ん中を結んだ線と垂直に引いた線の角度のことをQ-Angleと呼ぶ。左右の男女のQ-Angleを見ていただくと女性のQ-Angleがより大きくなっていることが分かる。すなわち、女性の方が膝に負担がかかりやすいということになる。


    ▼関節弛緩性と性差

     先ほど説明をした通り、女性は男性と比較して関節弛緩性を有する場合が多い。関節弛緩性を有することは、スポーツプレーヤーにおいては、スポーツ外傷発生リスクが高いことを意味する。そのリスクの内容は部位ごとに異なる。下記表をご覧いただきたい。




     このような性差によるリスクから、河野氏は『女性プレーヤーはリスクマネージメントの観点から*全身関節弛緩性テストを実施するのが望ましい』と話す。

    *全身関節弛緩性テスト

    6大関節+脊柱の全7項目(手関節、肘、肩、膝、足関節、脊柱、股関節)

     テストを受けることで全身の関節の弛緩性が高いあるいは特定の部位に弛緩性があるといった結果が出る。この結果を指導者や選手自身が受け止めることで今後のトレーニングやストレッチの意識づけの材料としていくことが大切である。

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