2022年度野球指導者講習会(BCC)講義紹介 第2回(第1回はコチラ)
テーマは講座名 「よりよい指導」を考える〜暴力・ハラスメントの根絶とリスクマネジメントを題材に〜 講師:多賀 啓 パークス法律事務所/ (公財)スポーツ仲裁機構/(一社)日本スポーツ法支援・研究センター事務局長 についてリポートする。前編は、「リスクマネジメントについて」
多賀氏は、スポーツ法務を専門としており、普段からアスリートの代理人としての活動やスポーツ競技団体のガバナンス支援、アンチドーピング問題や不祥事対応など、業務を行う中で暴力・ハラスメントの根絶やスポーツ事故の防止にも取り組まれている。今回は、過去にあった事故の事例を交えながら、スポーツ指導を行う上でのリスクマネジメントと暴力ハラスメントの根絶をテーマにスポーツ指導のあり方について考えた。
▼目次
I. リスクマネジメントのあり方(前編)II.暴力・ハラスメントの根絶(後編)
• 暴力の根絶
• ハラスメントの根絶(パワーハラスメント)
• ハラスメントの根絶(セクシャルハラスメント)
• 暴力・ハラスメントが招く結果
• 暴力を振るってしまう指導者 4つのタイプ
• 最後に
※後編は、後日公開予定
I.リスクマネジメントのあり方
▼指導者が注意すべき義務の例と配慮すべき視点
前半は主にスポーツ事故に関するリスクマネジメントについて言及。一般的なスポーツ事故防止において指導者が注意すべき義務を段階別に説明。練習試合前の段階 / 練習試合中の段階 / 事故が発生した後の段階とに分け、下記の通り義務を例示した。
上記の義務を意識する上で、指導者は「スポーツ事故を0に」という考え方は適切でないことを理解する必要がある。スポーツは体を動かすという本質があり、ケガや事故を0にするということは難しい。デッドボールや衝突などのプレー中の事故もあるため、リスクを0にすることはできないのだ。スポーツ活動中の事故に対する配慮を行うことで少しでもリスクを低くすることを目指していくべきであるとして配慮について説明を加えた。(下図)
事故に対する配慮は大きく3つに分かれており、1つ目が事故を生じさせない配慮だ。事故が起きないようにするためにはいくつかのポイントがあるが、特に指導者が気をつけたいのは、施設用具と指導についての配慮である。スポーツで使用する施設用具の不備がないかを確認し、また不備がある危険なものを放置しないということ、施設や用具を正しく使用すること。また指導では、正しい指導を行うこと、選手の健康状態を把握することが大切だ。この2つは、指導者の意識次第で大きく変わるポイントである。
そして、事故を生じさせない配慮には指導者だけでなく、プレーヤーや競技団体の協力も必要だ。各競技にはルールがあり、ルールはスポーツが円滑かつ安全に進むために定められているものであり、プレーヤーはルールや競技規則を守ること、競技団体はルールや競技規則を整備することが予期せぬ事故を起こさないことに繋がるとした。
2つ目は、事故が発生すること自体はやむを得ないとして、事故による結果を重大化させないようにするための配慮である。例えば、内野守備練習でイレギュラーバウンドが生じて顔に当たり歯が抜けた場合に、抜けた歯を救急保存液に入れて歯科医に行くことで再生治療が受けられるという知識を持っておけば、歯がなくなるという後遺障害が避けられる。
3つ目は、避けられない事故を紛争にしないという配慮である。スポーツにおいては避けられない事故もあるということを選手だけでなく、保護者にも理解してもらうことや、けがをした人と家族に対する思いやりのある対応も必要となる。
▼スポーツ事故と民事責任・刑事責任
多賀氏は指導者が普段から注意すべき義務と配慮について整理をしたところで、スポーツ事故が発生した場合に生じる法的責任にも言及。損害賠償義務が発生する民事責任と犯罪の加害者として処理される刑事責任があるとし、それぞれの責任を課された裁判例と判決の焦点を解説した。
【スポーツ事故事例①(民事責任)】
課外クラブ活動のサッカー大会で落雷があり、参加していた高校生が落雷に遭い、両下肢機能全廃などの重大な後遺障害が残った事件。これについて裁判所は…
①毎年落雷事故が5件は発生し、3人は死亡していたこと
②事故当時(平成8年)の文献には、運動場にいて雷鳴が聞こえるときには遠くても直ちに屋内に避難すべきであるとの趣旨の記載が多く存在していること
③試合直前頃には黒く固まった暗雲が立ち込め、雷鳴が聞こえ、雲の間で放電が起きるのが目撃されていたこと
上記のような事情を考慮すれば教諭が落雷事故の危険が迫っていることを具体的に予見することが可能であると判断でき、注意義務を怠ったと結論づけた。
【スポーツ事故事例②(民事責任)】
熱中症の事例として、テニス部に所属していた県立高校2年生の女子生徒が平成19年5月の練習中に突然倒れて心肺停止に陥り、低酸素脳症を発症して重度の後遺症が残った事故
当日の練習時間が通常よりも長く、顧問教諭が最初の30分のみしか立ち合いができないという状況下で起きた事故であり、監督や指導ができない場合は、部員らの健康状態に配慮し、練習を通常よりも軽度の練習にとどめたり、休憩時間を設けて十分な水分補給をする余裕を与えたりするなど、熱中症に陥らないよう、あらかじめ指示・指導すべき義務があったとし、注意義務違反を認め、損害賠償を命じた。
【スポーツ事故事例③(刑事責任)】
続いて、刑事責任についてスポーツの現場で成立する可能性のある犯罪として上図を挙げ、その中の一つである過失障害罪が適用された事例としてプールにおける飛び込み事故が紹介された。プールのスタート時の飛び込みの際にプールの底に頭部を衝突する事故の原因は、不適切な指導や危険な方法による飛び込みなどの人的な要因と、水深が浅いプールでの飛び込みを行う構造上/物的な要因がある。近年の事例としては、顧問教諭が長年に渡って保健体育科の教員としての経験を有し、水泳における飛び込みスタートの危険性を十分に認識していたにもかかわらず、本番直前に思いついた指導方法を十分な検討や専門的知見を踏まえることなく生徒に実践させたことや、生徒からプールの底にぶつかる危険がある旨を指摘されていたにもかかわらず、中断しなかったことを挙げ、生徒の身体の安全を守るべき立場の教諭として過失は相当に重いと判断され、業務上過失傷害罪が成立すると結論づけられ、有罪判決が下されました。
▼リスクマネジメントのあり方
さらに講義では、冒頭で説明したスポーツ現場で避けられる事故と避けられない事故の区別についても言及。すっぽ抜けによるデッドボールの事故など避けられない事故までリスクを無くそうとすると競技が成立しなくなるとして、避けられる事故を防ぐことが大事だと説明した。避けられる事故として、例えば紅白戦の球審がマスクをしておらず目に当たって負傷した事故は、マスクをしていれば事故を避けることが可能であり、防球ネットを通過してしまった球による事故も、防球ネットの損傷を定期的に点検すること/補修することで事故の発生を防止できる可能性が上がる。このように指導者はさまざまなケースに合わせて注意義務が発生する。
ここまで、事故事例と課される責任について説明してきたが、スポーツ事故のリスクマネジメントにおいて重要なポイントは大きく下記の3つである。
1)知ること
どのような事故が発生しているかを把握し、競技の特性に応じたスポーツ事故の特徴を理解すること
2)事故発生前の対策を整理すること
どのように事故発生自体を回避するのか整理して対策を行うこと
3)事故発生後の対策を整える
事故の状況や程度を的確に把握し、迅速で適切な判断処置を行うほか、事故に遭ってしまった選手と保護者に対し、迅速かつ誠意ある対応を行うこと
これらのポイントで、特に大事なことは知ることである。事故発生前/発生後の対策を整えるためには、実体験の蓄積と過去の事故について把握する必要がある。重大な事故の裏にはヒヤリハットと呼ばれる小さな事故未遂が300件あると言われており、指導を行っていると必ずその場面に遭遇する。また過去の事例については、独立行政法人日本スポーツ振興センターホームページの学校等事故事例検索データベースで学ぶことが可能だ。
それぞれの事故には発生原因があり、それに対する予防策が考えられている。このため、正しい知識や技術、道具の使用、声掛け指示により、これらの事故に対する予防が可能となる。知識を増やすことは万が一の時に自らと選手たちを守る手助けとなるだろう。
指導者は世代による留意点も把握しておく必要がある。ジュニア世代(小学生)は、危険認識能力・危険回避能力が未成熟であること、身体成長過程による障害、技術体力ともにまだ未成熟であることから危険が高まる。中学生世代は小学生に比べ、上記の危険は低くなるものの、地域のクラブチームに加え、学校の部活動も加わるため、野球をする機会や場所が増え、練習時間も増えることにより、危険性が増していく。特にU-15世代で多いのが、自打球による事故や熱中症に関する事故、衝突事故などである。
ここまでを踏まえ、活動開始前から活動終了後まで、そして事故発生時と様々なチェックポイントがあることを改めて認識してもらいたい。
万が一事故が発生してしまった場合は、損害の拡大を防止することと紛争が大きくなることを防ぐことが重要である。事故が発生した場合には、適切な救急措置をとることで事故によって生じてしまった損害の拡大を防止することにつながる。さらに、その後の対応として事故が発生した原因を究明し、関係者に対して必要な説明を行った上で、再発防止策の策定をしていく必要がある。再発防止策の策定は、自分を守るだけでなく、将来のリスクマネジメントにもつながるのだ。
ここで最もやってはいけないことが隠蔽である。隠蔽によって関係者の不信を生み、または不信感を強め、紛争の長期化を招く可能性や、そもそもの事故の発生原因の究明を妨げる要因となるため、隠蔽によって再発防止策も立てられないという事態に至るなど良いことはひとつもないだろう。
ここまでリスクマネジメントについて、事例を通して説明してきたが、指導者は「事故事例やヒヤリハット事例を自身で積み重ね、防げる事故についてはまず対応や工夫をし、発生してしまった事故については、いかに被害の拡大を防止し、最小限度にとどめ、事故を収束させていくか」という考えを持つことが大事だと分かる。
ごく当たり前のことであるが、日常的に現場にいると疎かになってしまうこともあるだろう。指導者の姿勢として期間を定め、指導方法・用具設備等やその競技におけるリスクを洗い出して対策を考えることや、日ごろヒヤリとしたことがあれば、都度見直していく姿勢が大事で、強く意識してもらいたいポイントである。
※暴力・ハラスメントの根絶は後編に続く。
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