入り口は「公園野球」から ~まずは子どもたちが体を動かせる機会の提供~

 球界全体の課題である「野球離れ」の現状を打開すべく、全日本野球協会(BFJ)がまとめ役となって、垣根を越えた連携、協議を図るための「団体間連携推進部会」が設置されたことは前回、お伝えした通りです。今回からは、実際に市区町村単位で起きている課題に対し、その地域に適したユニークな方法で連携に着手している具体的な事例を取り上げていきます。

 まず第1回は、神奈川県横浜市都筑区の取り組みをご紹介します。1994年(平成6年)、港北区・緑区の分割により新しい区として誕生した都筑区には、5つの高校、8つの中学校、16の学童野球チームがあり、これらの高校野球部、中学野球部、学童チームが連携する事業として「都筑インディペンデントリーグ」が立ち上げられました。この活動の中心的役割を担うのが、神奈川県立川和高等学校野球部の伊豆原真人監督です。2021年7月29日には、同区内の小中高の選手、指導者の垣根を取り払い、野球界の底辺拡大を促すことを目的とした同リーグ初の合同練習交流会を実施しました。



 横浜市都筑区は、かつて農業を営む人の多い土地でしたが、1965年(昭和40年)から港北ニュータウンの開発が進み、人口も区誕生から約10万人増えて現在では21万人超。子育て世代のファミリー層に人気の高い街として知られています。そのため、住宅用に計画的に整備された公園や緑道、保存緑地は多いものの、子どもたちがボールなどを使って自由に遊べる広いスペースが、人口の割に少ないことが課題となっています。


「きれいに整備された新しい公園が多いのでボール遊びはほとんど禁止。スポーツを手軽に始めるのは難しい場所ではありますね。新しく入ってくる方が多いのでどうしてもルールも厳しくなります」と伊豆原監督が頭を悩ませるのは、ハード面での環境を整えることですが、コロナ禍で公共施設が使用しづらい現状もあり、場所の確保は簡単ではありません。そのため、まずはどんな形であれ、世代や団体の枠を越えて交流の機会を持つことに重点を置いているといいます。

「まずは高校野球、中学野球、学童野球、硬式や軟式などに区別せずに交流を持つことが大切だと思います。場所よりも、どんな形でもいいので交流の機会を持つこと。野球の練習という意味合いの交流ではなく、野球というツールを通して交流を深めることを目標に試行錯誤しているところです」(伊豆原監督、以下コメント同)

 目指すのは『ドラえもん』に出てくるような、誰でも気軽に参加できる「公園野球」。

「自分たちが小学生の頃は、公園に集まった瞬間にいろんな遊びが始まりました。いろんなパターンがあっていい。バットで打つのって楽しいな、ボールを投げるのって楽しいなと、子どもたちから自然発生的に興味が出てきてくれたら」

 だからこそ、スタートの部分では野球だけにとらわれず、スポーツそのものに興味を向けられるようなトータルスポーツを重視しています。

「野球振興ももちろん大切ですが、一番着目したのは、体を動かすことに対してもっとアプローチをしていくことです。サッカーをやっている子にも触れてほしい。運動することへのツールとしてまずバットとボールに触れる機会をいかに作るかが、大切だと思います」

 今は、体をよじったり重心を傾けることができない子どもたちも多いそうです。サッカーがリズミックトレーニングを導入しているように、スポーツを始めるツールとしてバットとボールを使うという発想は新しいといえるでしょう。

 入り口の部分で子どもが野球に興味を持ったとしても、始めさせる親にとっては、お当番や送迎、用具の準備など学童野球にはハードルが高い面もあります。そこでまず、学童野球につながる公園野球に触れてほしいというコンセプトで行っているのが「キッズベースボール体験会」。

「野球教室」には、すでに野球に興味のある子どもたちが技術的な向上を目指して集まってきます。野球の底辺拡大というより、野球の継続率を上げる意味合いが強い。伊豆原監督の着眼点は、新規の子どもたちにいかにアプローチできるか、野球のすそ野をいかに広げていけるか。そこから学童野球につなげるようにどう仕向けていくか、なのです。


 現在は民営幼稚園の厚意により屋上を無料で借りて体験会を行っていますが、活動を継続していくためには、自治体や公共施設など組織的な協力が必要不可欠です。

「自治体の力をお借りしたいということが一番です。民間の場所は資金も必要ですし、わたしは高野連所属ですから、お金が動く活動には関われません。そのためには公共施設がキーになってきます」

 今は部活動の時間制限により、土日の小中学校のグラウンドは意外と空いているそうです。体育館などの広いスペースがあれば練習はどこでも可能。「ユニフォームがなければいけない、グラウンドがなければいけないという概念を取っ払うことは、特に活動場所の限られる都会では必要かもしれません。また、地元の企業などいろんな方々に入っていただき、肩書きを外して地域全体で子どもたちを導いていかないと、野球が取り残されていく可能性は高いと思います」と危機感を募らせます。今は学校間でのつながりの中でしか連携団体を作れない状況ですが、賛同してくれる人が増えれば可能性は広がります。

 現行の野球界のルール上、避けては通れない問題もあります。高野連の規則で高校の指導者が許可なく中学生には接触できず、またボランティアですら関われないという決まりがあります。また公立高校教員は、民間の企業とも関わることはできません。

 教員の働き方改革、指導者不足などの問題で、中学の部活動の在り方も見直されてきています。スポーツ庁では昨年10月より「運動部活動の地域移行に関する検討会議」開催。中学の部活全体が大きく変化する方向です。部活動の地域クラブチーム化の流れが避けられない今、野球だけは別というわけにはいかない時期に来ているのです。教員が地域の人々や企業と連携し、部活の良さを残すための学校側のアプローチ、競技性の追求の両面を模索していく時代が早晩やってくることは避けられません。そうなれば、指導者の力量が問われることにもなり、指導者養成の面でも急ピッチな対応が必要になってきます。

 ハード面の環境整備と同時に、ソフト面の人材育成を進めることも野球界の抱える大きな課題になっています。


(取材・文/斎藤 聖己)



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