「投手の継投タイミング」を分析する業界初?の試み 明らかとなった僅かな違い

野球界初?異常検知による分析と提言

 第1回野球データ分析競技会に参加した全7チームのプレゼン内容を振り返る短期連載。6回目は、同志社大学Aチームの「I Just Want to Relieve」のプレゼンテーション内容を紹介していく。

「1日に満たない時間のなかでの分析を求められたこともあり、アイデア力であったり、分析力だったりが問われていたと思います。そういう条件の中で、野球の貴重なデータを分析する機会を得られたことでとてもいい経験になりました」

 こう話すのは同志社大学Aチームの代表を務めた東海林岳寛さん。プレー経験はないがファンとして野球を楽しむことが多いという。そんな彼が大学の教授からの勧めもあり、今回の競技会の応募。参加メンバーも自分で探し、野球経験者とメジャーリーグ通という仲間を得た。そのチームで発表したのが、「投手の継投タイミング」をテーマにしたもの。

「投手交代のタイミングというテーマについては、事前にやりたいという話はしていました。一方でいざ、異常検知と投手の変化をつなげるという作業にとりかかってからは、苦労が多かったと思います」と東海林さん。野球のさまざまなシチュエーションの中で、最も難しいと言われるものに挑んだわけだ。投手が連打や失点をする時に傾向があるのではないかという仮説を立て、連打や失点を「異常」という言葉に置き換え、統計手法で発見することはできないかという異常を統計手法で発見していく方法を考えたという。これが今回の分析で使われた野球×異常検知(Change Finder)であり、今回提供された社会人野球のトラックマンデータを使用することで、投手継投のタイミングを探れるのではないかと説明した。

 提供されたトラックマンデータは、スコアブックなど従来からのデータと違い、リアルタイムで選手のデータを記録することができ、試合中に分析も可能という長所がある。だからこそ、投手継投のようにリアルタイムで判断しなければいけないものには適しているのではという考えを示した。そして、野球のデータ分析ではあまり使用されないという異常検知を用いた理由についても説明。他の大多数のデータとは振る舞いが異なるデータを検出する技術で、クレジットカードの不正利用、システムの故障などを検知するときに用いられる。また、地震の際の人の動きなどを察知するときにも使われているという。異常検知はリアルタイムで異常箇所の発見が可能であるため、投手の異常をリアルタイムで発見できる可能性を秘めていると考えたと話す。

 また、野球における継投のタイミングが試合の勝敗に大きく作用するという実例を紹介。2021年の日本シリーズ第2戦で東京ヤクルトスワローズの高橋奎二投手が完封したこと、第3戦で、オリックス・バファローズの田嶋大樹投手が5回途中で交代し、その後逆転を許して敗れたことなどを例として挙げた。

交代の目安として活用できる“ストレートの質の低下”

 継投のタイミングが勝負にもたらす重要性を改めて説明した上で、第46回社会人野球日本選手権決勝の三菱重工Eastと大阪ガスの試合の分析を解説していった。この試合は、2対2の同点で迎えた5回表に大阪ガスが2点を奪い、そのリードを最後まで守り抜き勝利した。そこで同志社大学Aチームが注目したのが5回表の三菱重工Eastの先発・大野亨輔投手のストレートの質だ。この回の大野投手のストレートは、1分あたりの回転数には異常は見られなかった。しかし、垂直方向の変化でみていくと4度、異常が発見されたという。

 下図を見てもらうとわかるが、赤線が上昇している箇所が2つあることがわかる。これは大野投手がギアを上げてピッチングを行った可能性が高いことを示している。一方、赤線が下降している箇所も2つあった。これは大野投手のストレートの質の低下を示したもの。ボールの質が一度下がったあと一度上がってはいるが、得点を失っていることがわかった。つまり、ストレートの質が下がったことが、ベンチで把握できていれば、投手を交代させ、試合を決めた2点を奪われなかった可能性があるのではないかというのだ。結果論という捉え方もできるが、データで可視化されることで、交代する投手にも説明ができ、選手の納得度合いも違ってくるという点においては、うなずける結果になったと思える。また、上記の大野投手だけでなく、新日本製薬の西川大地投手のデータを分析しても、ストレートの質が下がった異常検知が発見されたあとに失点をしていた。

膨大な過去データを活用すれば実用化への道も

 ストレートの異常だけでもこれだけの結果が出たことは、指導者にとっても大きな興味につながったといえるのではないだろうか。また、今回ストレートのみの分析になってしまった背景には、トーナメント形式のデータのため、投手一人あたりのデータが少ないということが挙げられた。異常検知の手法では、データ量が少ないと、「異常」、「正常」の判断が難しくなるという。そのため、この手法を実用化するためには、いかに多くのデータ量を集められるかもポイントになるだろう。

 今回の手法はあくまでも判断材料のひとつとして考えてほしいという。変化点の個数の選択基準、打者にも同様に適用することで好不調を捉えられる可能性など、課題もあることも示してくれた。

 プレゼン後の質疑応答の場面では、面白いやりとりが見られた。発表の中で取り上げた三菱重工Eastの関係者が、「ストレートの質というのは具体的にはどういう点だったのか」という質問をしたのだ。そこで東海林さんは、「ボールが下に落ちていっている傾向が見られた」と説明。これにはチーム関係者も納得の表情をみせて、チームに共有すると話してくれた。このやりとりについて東海林さんは、「チームのアナリストの方が知らないデータを提示できたことは、今回の良かった点として挙げられるかなと思います」と感想を述べた。

 大会後、東海林さんに改めて感想を聞くと「野球に使われることがない異常検知で分析したことで、面白い結果を出せたと思っています。ただ、今回は2年分のデータというので、あまり多くのパターンを試すことはできませんでした。もっとレベルアップした研究を出すのであれば、もっと多くのデータが必要になったと感じています」とコメント。他チームの発表を聞いても勉強になることが多く、「賞をとることはできませんでしたが、今回の発表ならびにアイデアは決して悪いものではなかったと思っています。そんななかでも賞を逃した要因を考えると、いかに現場で役に立つ知見なのか、データから面白い知見が得られているかという点が評価されていると感じました。だからこそ、今後は場所に応じて、データ分析をするスタイルを変える必要があると考えるようになりました」と、競技会に参加しての経験値アップを確信したという。

 今は大学院に進み、データ分析の研究に力を注いでいる東海林さん。次回、競技会があれば、新たなチームでの参加も目指していると話す。次回の大会ではファイナリストに残ることはもちろん、今回逃した賞の獲得にも意欲を燃やしている。

 データ分析をこよなく愛する東海林さんが、どのような成長を遂げて戻ってくるか。第二回大会が開催され、その姿を見ることが待ち遠しい。

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