【令和の野球キャリア⑰】大谷翔平人気の今がチャンス。「個人単位」&「やめやすい」初心者向け野球教室が人気のワケ


野球の競技人口減少が顕著になって久しいなか、野球の価値を広げるべく、全国各地で新たな取り組みも生まれている。


個人単位で野球ができる機会を用意する、という斬新な発想で活動を広げているのが、NPO法人北摂ベースボールアカデミーの植松剛史理事長だ。


「個人単位だと、参加者は結構集まります。子どもたちを見る人さえ確保できれば、場所はどこでも開催できますからね。『こういう形でやったらこれくらいの参加者が集まって、楽しくできます』というモデルをつくり、各地に広げていければ理想です」


少年野球に「送り出す」というスタンス


植松さんは小学校の教員をやめた後、専業主夫をしていた2019年、「初心者のための野球教室」を始めた。息子を幼稚園に送迎する際、ママ友たちと習い事についてよく話していたことがきっかけだった。


「子どもを野球チームに入れると、土日が潰れてしまう。親もそれを受け入れる覚悟がなければ、野球は始められない……」


野球を始めるハードルとして、よく指摘される話だ。共感した植松さんは、今の時代にあった野球教室をつくることにした。水泳や体操、サッカーのように、初心者でも習い事のように始められる環境を考えたのだ。


「初心者のための野球教室」の対象は5〜9歳で、開催するのは平日の放課後に週1度、90分だけ。道具もユニフォームも必要なく、参加費(※月額4400〜6600円程度、詳細は公式HP参照)だけ払えばいい。元小学校教師のコーチが初心者に合わせて教えてくれ、保護者の負担ゼロという気軽さが受けている。

現在は大阪府の豊中市、箕面市の3カ所で開催し、場所によってはキャンセル待ちも出るほどだ。


「意識しているのは、“やめやすい”ことです。うちで囲い込まないように。うちは初心者向けで、『もっとやりたければ、少年野球チームに入ってください』というスタンスです。そうすれば、チームの方にも喜ばれるじゃないですか。

初心者の子供に野球を教えるのは難しいですからね。うちは送り出すというスタンスで、加入先のチームが良かったら続けてくれると思います」


植松剛史理事長

(©北摂ベースボールアカデミー)


昔の“原っぱ”を再現したい


2020年には「野球場で遊ぼう!」という野球場の開放企画をスタートした。豊中市の公園では球技が禁止されていることもあり、北摂ベースボールアカデミーが野球をできる場所を予約して、遊びたい子どもたちが集まってくるという趣旨だ。植松理事長が説明する。


「昔の“原っぱ”のような場所をつくりたいと思いました。子どもたちが勝手に野球をやっているような場にしたかったので、特に指導はしていません。最後にみんなを集めて、チーム分けして試合をするくらいです。子どもが主体で遊んでいるという感じですね」


学年が上がって「初心者のための野球教室」の対象から外れたり、「火曜は塾で無理だけど、水曜なら行けるのに」という声を受けて始めた。毎週水曜の放課後に90分開催し、道具も用意されている。参加費は定額コースなら月額1600円、単発なら800円だ。


「去年の後半から参加者が増えています。大谷翔平選手(ドジャース)のおかげで野球がテレビのニュースでよく扱われ、『野球をやりたい』という子もいます。親が子どもに野球をさせたくて連れてきて、子ども自身はなんとなくキャッチボールくらいはしたことがあるけれど、野球がどういうものかを知らないというケースも結構多いですね」


(©北摂ベースボールアカデミー)


大人&女性向け野球教室の“最終目的”


3年目の2021年には「大人の野球イベント」と「女性のための野球スクール」を開始。前者は定員24人前後で募集し、キャンセル待ちが続出する人気企画だ。参加費は1500円で、約2時間でキャッチボールやバッティング、試合を行う。


参加者は30代から60代までと幅広い。草野球チームに入るほど定期的にはプレーできないが、有給を取得して駆けつける参加者もいるという。

「20年ぶりに野球をしました」、「大人になってから、こんなに新しい友だちができるとは思わなかった」など、新たなコミュニティとして機能している。


一方、「女性のための野球スクール」は、野球教室に子どもを連れてくる母親に声をかけて始めた。

SNSに告知を載せると、「子供が野球をやっていて、私もやってみたかった」、「プロ野球の始球式で投げてみたいので、私にもできるか試してみたい」など、植松理事長の想像以上に参加希望者がいたという。


「女性が野球をプレーしたり、教えてもらったりする機会は今までほとんどなかったと思います。やってみたら投げれるし、打てるようになるし、打ったらスカッとする。自分でやってみると、プロ野球選手がやっていることのすごさがよくわかると思います。そうすると、野球を見る目も変わってくるのではと。自分でやることで、野球に深く関われるかなと思うので、そういう機会をつくりたいと思いました」


大人や女性を対象に野球企画を始めたのは、子どもの野球教室を継続的に行なっていくという目的が大きい。事業として続けるには、運営費が必要になるからだ。


「スクール事業は会費をいただいて、コーチの人件費や場所代、用具代を払えば回せますが、それだけでは職業にする人は出てきにくいと思います。収入面ですね。


そこでもう一つ構想しているのが、隣の市と対抗するような市町村対抗のプロ野球リーグをつくること。北摂エリアのなかでいろんな方が野球に関わり、興行で楽しんでいただけるようなものをつくって収益は地域のなかで還元していく。

だから野球スクールも子どもだけを対象にするのではなく、大人や女性が楽しむ場をつくりました。それが最終的に興行につながっていくだろうと考えたからです」


(©北摂ベースボールアカデミー)


野球普及に立ちはだかる課題


植松理事長は子どもの頃、学童野球チームに入れてもらおうとしたら、はぐらかされて入れてもらえなかった経験がある。それでも野球が好きで、一人で壁当てをして楽しんだ。


今、大人になってキャッチボールをしたいと思っても、なかなか相手がいなければ、できる場所も見当たらない。家庭の行事の都合で草野球チームに入って毎週参加するのは難しいが、個人で参加できるイベントがあれば、予定の合うときに野球を楽しめる。フットサルではその場で集まった人たちで行う企画があり、植松理事長はそれを参考に個人で参加できる野球の機会をつくり始めた。


「近年野球をやる子が減っていて、やがて大相撲のようになっていくのではとイメージしています。大相撲は昔から人気があり、テレビで放送され、日本の誰もが知っている。でも最近、公園で相撲をとっている子どもを見ることはないですよね。テレビ中継を見ているのは高齢者が中心です。若い世代になるにつれ、相撲は全然わからない、興味がないという状態なのかなと。

プロ野球も今は観客が増えていますけど、次第に見るのは高齢者や“野球世代”だけとなったら、僕としては寂しいなと思っています」


野球が末長く人気スポーツであるためには、子どもの頃から好きになってもらうことが重要だ。植松理事長はそう考えて北摂ベースボールアカデミーの活動を始めた。


参加者は年々増え続ける一方、課題は前述したように、事業としてどう継続させていくのかだ。


「私のような活動をやってみたいという人を増やし、つないでいくことが大きな課題です。それと収益源。野球界で一番お金があるのは、プロの興行をしているNPBです。うちが活動のモデルをつくり、プロ野球団がお金や人を投下してくださり、各地で広がっていく流れになるのが理想です」


北摂ベースボールアカデミーがノウハウを共有し、豊中市では「BR PARK野球教室」という、幼児から小学生を対象とした初心者のための野球教室も生まれた。


野球が末長く、さまざまな意味で人気競技であり続けるために、誰が種をまくのか。植松理事長は今後も地道に活動を続けていくつもりだ。



(文/中島大輔、写真提供/北摂ベースボールアカデミー)

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