
2024年のドラフト会議で麦谷祐介(オリックス1位)、佐藤柳之介(広島2位)ら6選手が入札され、「同一チームから史上最多の指名数」と話題を呼んだのが富士大学硬式野球部だ。
岩手県花巻市にある富士大は2009年の全日本大学選手権で準優勝して名を轟かせると、山川穂高(ソフトバンク)や外崎修汰(西武)、金村尚真(日本ハム)らをプロ野球に輩出。2023年には春秋の全国大会でいずれもベスト4に入り、選手を大きく羽ばたかせる育成法が注目を集めている。
「トレーニングが文化」になる環境づくり
東北の豪雪地帯にある富士大にとって、運動部の強化に欠かせないのが室内練習場「スポーツセンター」だ。屋内300mトラックと多目的運動場などが一体となり、全国の大学でも有数の広さを誇るという。
野球部のグラウンドに隣接するスポーツセンターの扉を開けると、真っ先に目に飛び込んでくるのがウエイトトレーニング用のスペースだ。マシンやメディシンボール、プライオボックスなどの器具が所狭しと置かれている。
「以前は荷物とボールしか置いてなかったけど、器具は少しずつ集めていきました」
そう語るのは、2020年7月にコーチから昇格した安田慎太郎監督だ。
別の場所に大学のウエイト場もあるが、他の部と共用で、「僕のやりたい器具がそろっていない」と安田監督はスポーツセンター内に野球部専用のウエイトスペースを設けた。
「中に入ったら、最初に見るのがウエイトの器具です。人は目に触れたものが情報になるので、『練習=ウエイト』と脳がなるじゃないですか。『トレーニングをしなければいけない』ではなく、『トレーニングが文化』になるようにしました」
今や高校や大学でもウエイトトレーニングは広く行われるが、“実技練習の合間に取り組むもの”という考え方が一般的だろう。
だが、安田監督の位置づけは異なる。
「トレーニングをミスしたら、プロを目指すのはもう終わりだと思います。うちでは技術も教えますけど、『自分でYouTubeを見ればいい』という考え方もあるじゃないですか。技術論は合う、合わないもあり、『これが正解』という話ではありません。
でも、除脂肪体重が増えれば打球速度や球速が上がることはデータで出ているので、全員共通です。あとは可動域が減らないとか、連動性がどうかだけ。そこさえクリアすれば、確率的には全員やったほうがいい。ということは、トレーニングをミスすると終わりだと思います」
“正しいトレーニング”の成果
安田監督が上記の発想に至ったのは、自身の経験によるところが大きい。現役選手だった24歳の冬、ウエイトトレーニングを見つめ直して成果を得たからだ。
「(MLB傘下の3Aまで昇格した)根鈴雄次さんに教えてもらっている同級生がいて、横浜までウエイトのやり方を聞きに行ったときにいたのがG.G.佐藤さん(元西武、ロッテ)。腕がすごく太くて、『やべえ』って感じました。いくら技術論をやっても、動物的にはこんなにデカい人に勝てるわけがない。やっぱりデカくしなきゃダメだ、と思いました」
当時24歳の安田監督は身長171cmで、体重70kg程度。ベンチプレスを3年ほど懸命に行っても、重量は増えなかった。
横浜から戻った後、ゴールドジムと契約して取り組むと、「プロテインを1日4、5回飲むように」とアドバイスされた。1週間後、ベンチプレスが一気に挙がるようになった。
「明らかに栄養が足りていませんでした。ベンチプレスのボリューム的には以前のほうがやっていたけど、一気に挙がるようになりましたね。ウエイトのやり方と栄養、休養を全部教えてもらって、2年くらいで体がデカくなりました」
やみくもに頑張るのではなく、いかに正しい方向性で努力するか。安田監督はNPBを目指した現役時代、自ら実感したことが現在の礎になっている。
ワンタップのコメントで“変化”を確認
富士大の選手たちが肉体づくりやコンディショニングを行う上で、活用しているのが「One Tap Sports(ワンタップスポーツ)」のアプリだ。安田監督が知人に紹介され、2023年6月に使い始めた。
「選手の状態を常に把握しておいたほうがいいかな、というのが最初の動機ですね」
対象に選んだのは、安田監督が大学3年夏時点でプロに行けそうと感じた麦谷、佐藤、坂本達也(巨人育成1位)。
安徳駿(ソフトバンク3位)は性格的に合わなそうと考えて勧めず、渡邉悠斗(広島4位)、長島幸佑(ロッテ育成3位)はその時点ではプロ志望ではなかった。
「まず計画性のある3人でやってみました。見るのは体重が落ちていないか、トレーニングや食事はどうか。一番いいのはコメントを見られるので、コミュニケーションツールになるところです」
選手自身が毎日の体重や疲労度などをアプリに入力し、コンディションの変化を可視化していく。
同時に「肩が少し張っている」「練習がきつい」など、感覚を知れるのも特徴だ。対面では指導者に口にしにくい内容も、アプリだと言いやすくなるのがメリットだと安田監督は言う。
「コメントの内容を見てオフを増やしたり、逆に強度を高くしたりしています。体重がなかなか増えない選手もいるけど、『すみません、体重が増えません』とは言ってこないですよね。選手たちには『何か変化があったらコメントしなさい』と伝えていて、入力があれば僕にメールが送られてくるようにしています。それをスルーすることもあれば、変化に対して聞くこともありますね。『じゃあ消化酵素を飲みましょう』とか、いろいろ提案がしやすいツールです」
トレーナーに頼まず、監督が「確実に見る」
ウエイトトレーニングで重要になるのが、やり方、栄養、休養だ。安田監督は指導者になってから独学で知識を増やし、栄養については管理栄養士に相談に乗ってもらいながら選手たちにアドバイスを送っている。
「ワンタップを見ると体重が増えていなくて、『栄養どうなっているんだ?』と聞くと、だいたい足りていません。例えば90kgの選手は1日180gのタンパク質が必要ですが、朝昼晩の食事で90gくらいとれるので、残り90gをどうするか。プロテインを1日3回飲んでいるとして、1回20〜30gなので少なく見積もって60g。『あと30gはどうなっているんだ?』という会話を結構します。体重が増えていればいいけど、増えていなかったとき、何か原因があるので」
うまくいかない要因を見つけて改善し、努力は初めて報われる。安田監督が続ける。
「エネルギーが消費しやすくて、糖新生という筋肉からエネルギーをとっている状態であれば、粉飴をもっと飲まないとダメ。授業間の間食はどうなっているのか。『管理栄養士に相談しなさい』とかも含め、チェックはだいたい僕が行っています」
休養は睡眠で回復することに加え、ウエイトトレーニングの頻度をしっかり見ていく。こちらも安田監督の管理だ。
「やりすぎている選手もいれば、『同じ部位を何回やっているんだ?』という場合もあります。『それでは回復していないから、筋肉にならないよ』と。扱っている重量でも変わりますね。初心者はガンガン上がっていくので、成長が止まるまでは週2回か、3回。止まってきたら、回数を減らすとか。あとはボリューム(重量×回数×セット数)をどうするか。トレーニングの頻度をちゃんと確認し、オーバーワークにならないようにしています」
富士大の野球部にトレーナーはおらず、安田監督がすべて担当している。人任せにせず、自分で「確実に見る」ためだ。
逆に言えば、それくらい専門的な知識量を備え、個別のカスタマイズも含めて方法論を有している。それこそ、現在の富士大学が誇る強みと言える。
「目指すのは野球のパフォーマンスアップで、そのためにトレーニングがあります。全員課題は違うので、だったら僕が個別指導のような形でやろうと思い、取り組んでいるところです」
富士大に入部してくる部員は、高校時代は必ずしも有名だったわけではない。それでも安田監督が何か光るものを感じ、プロや社会人で野球を続けたいと希望する選手たちが門をたたいてくる。
そこに正しい努力を重ね合わせた結果、昨年、史上最多のドラフト6人という結果に結びついた。
(文・撮影:中島大輔)
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