【令和の野球キャリア④】小学生から加熱する“競争社会”。人気野球スクール代表が教える、「伸びる子ども」の条件

東京大学や東京学芸大学という最高学府をはじめ、「3S1K」と呼ばれる有名公立小学校(誠之、千駄木、昭和、窪町)のある東京都文京区は“教育熱心”な地域として知られている。


2023年12月、この地に野球スクールを開業し、「予約のとれない」と評判を呼ぶのが「Be Baseball Academy」だ。


近隣の小中学生を中心に個人レッスンを行っているが、毎年春をすぎると文京区ならではの現象が起きると下広志代表は言う。


「学童野球チームを休部する小学生が増えるんです。早い子だと小学5年が始まる頃や、夏くらいで休部し始めます。その分、土日を勉強の時間にあてる。

中学受験があるので、夏までチームを続ける子は少ない気がしますね。とりあえず受験をするだけなら8〜9割という肌感覚です」


学童チームを休部する一方、野球スクールは継続する。

「Be Baseball Academy」では、それがほとんどのケースだという。受験を終えた後、中学では野球をどこかのチームで再開するためだ。


今春、下代表には驚いたことがあった。いわゆる野球小僧タイプの小学5年のスクール生が、急に学童チームを休部したのだ。


「東京ではそれくらい受験の競争が激化しています。その子は中学校まで野球を続け、甲子園やプロにも行きたいという、昭和の感じで一直線に進むと思っていましたが意外にも違った。子どもの質はあまり変わっていないと思うけれど、環境の力って強いんだなと感じました」



中学受験&野球スクールの“両立”


野球スクールは、“令和の時代”を象徴する環境と言えるかもしれない。


学童野球チームに所属すると、土日の大半が練習に割かれる場合が多い。中学受験と両立するには難しく、勉強を選ぶならチームの活動はやめざるを得なくなる。


対して野球スクールなら平日の夕方や夜に1時間程度から受講でき、専門性の高い指導者に教えてもらえる。一定の金額が必要になるものの、課金する余裕のある家庭にはタイパ、コスパがいいと言えるだろう。


いかに物事を効率よく行い、成果を出すか。そうした発想が世の中に増えるなか、スポーツの各競技で広がるのが「早期専門化」だ。下代表もその波を感じている。


「うちには『野球を始めてまだ1カ月です。体験に来ました』という小学生もいます。とりあえず少年団に入れてと、フワッとやらせる家庭は少なくなってきた印象です。

やるからには本格的に、という保護者の思考もあるのでしょうね。『勝たなきゃいけない』とか、受験競争的な感覚に寄ってきているんだろうなと感じます」



多様化する野球スクール


下代表によると、野球スクールが増え始めたのは2000年頃にさかのぼる。四半世紀後の現在は、インターネットで検索すると無数にヒットするまでに膨れ上がった。


「例えば元独立リーガーや元社会人選手など、インスタやLINEを使って個人で指導する人が増えました。10年前は、個人単位で行う人はほとんどいなかった気がします。

数人の元プロ選手が組織として回していくなど“形”があり、どこかを借りてやる。でも、今は近くの公園で待ち合わせて行うような“ゲリラ式”が増えています」(下代表)


現在はSNSで誰もが情報や動画を気軽に発信でき、「バズる」という行為が意識的、マーケティング的に行われる世の中になった。


評判が評判を呼び、ソフトバンクの菊池拓斗スキルコーチのようにユーチューバーからプロ野球団に迎え入れられるケースも生まれている。


スマホがあれば情報を簡単に得られ、その種類も多様性を増すばかりだ。外国語でも、AIが高い精度で翻訳してくれる時代が訪れた。



SNSやYouTubeに加え、野球界に登場したテクノロジーの影響も大きい。ホークアイやトラックマンというプロや社会人向けの高額な機材や、ラプソードやブラストといった中学や高校のチームでも手が出る価格帯のものに加え、スマートフォンのアプリも多くリリースされている。


それらは野球スクールにも変化を及ぼしている。下代表が説明する。


「機材の出現により、小中学生対象の野球スクールでも“本格派”の質が変わったと思います。以前は元プロや元社会人といった“人材”や、練習内容がどうかという話でしたが、ここ5年くらいの計測器やデバイスの進化で質の違う指導が入るようになってきました。

小中学生を対象とした本格派の野球スクールでも、まだそこまで行っていない人と、テクノロジーを取り入れた人に二分化しているように感じます」


社会が急激に変化し、ユーザーにとって選択肢が多様になった。玉石混交の情報のなかから何を選ぶのか。


「見る側のリテラシーを上げていくことが求められている」と、YouTubeでも積極的に発信する下代表は指摘する。



結果志向の弊害


野球界を取り巻く環境が大きく変化する今、どういうタイプの野球少年・少女が伸びていきやすいのか。


「ロジックで考える子が成長しやすい環境になったと感じます。野球では“ゴール”がわかりやすいじゃないですか。投手なら球速、打者なら打球速度と、だいたいの正解、方向性、手段がある程度確立されてきました。

それを指導、発信している人たちがいます。そこから自分で咀嚼して、淡々と努力できる子が強い。継続力やグリット力の強い子が伸びていると感じます」(下代表)


どのように努力を積み重ねていのくか。野球に限らず、社会で成功するには自分で考える力が求められる一方、それを阻害する環境もある。加熱する競争社会だ。


親が子どもに良い環境をつくろうとするあまり、それが逆効果に働くケースもあると下代表は感じている。


「子どもにのめり込みすぎ、『うちの子はこうしたほうがいい』と行きすぎている親が多いのも事実です。親としては『我が子のために勉強をやらせて、野球もうまくなって、いい思いをしてもらいたい』と頑張っているのだと思いますが、そういう人は結果志向が強いですね」


高いレッスン料を払っているのだから、結果を求めたくなるのはある意味で当然だろう。


だが目先の結果ばかり求めると、中長期的には伸びにくくなる。下代表が続ける。


「そういう子は『考えていないな』という傾向があります。いわゆる“やらされている感”──自分の意思でなく親に言われて取り組む姿勢──ですね。

一生懸命やり、話を聞いてその場での理解はすると思うけど、1週間経ってまた来たら忘れているとか、定着が弱いという感じです」


その場では親のために頑張るが、自分が求めての努力ではないから成長にはつながりにくい。それは親にとっても望むことではないだろう。


深く考えていない子はセルフコーチングができず、修正能力が磨かれない。

それでは野球選手、そして人としても成長度が低くなるので、下代表は野球コーチの立場から子どもたちがロジックを組み立てて考えられるように指導している(※詳細は「Homebase」の過去記事を参照)。


「家に帰って、『今日はスクールでこんなことをやったな』、『バットをああやって振って、すげえいい感じだったな』とか、ぼやっと考えたりするじゃないですか。

何かイメージしたり、もう少しこうしてみようと思ってみたり、それで素振りしてみたりするのが大事だと思います」


昭和から平成、令和と時代が移り、野球は遊びから習い事の様相を強めた。

今の子どもたちは学校、塾、習い事と毎日を忙しくすごしているからこそ、周囲の大人は、子ども自身で考える余地を“意識的に”残すことが求められるだろう。



(文・撮影:中島大輔)

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