【注目施設探訪 第9弾】都心の一等地で24時間営業、投球&打撃のAI解析アプリ開発。“野球の外”から来た創業者が描く、「野球界が変わるきっかけ」


神宮球場の最寄駅・外苑前駅から徒歩30秒。2021年12月、抜群の立地にオープンしたのが「外苑前野球ジム」だ。


完全会員制で24時間営業、ピッチング4レーン&バッティング2レーンにはラプソードが設置、さらにマーカーレスモーションキャプチャーで動作解析を受けられるなど、最先端の設備を誇ることでも話題を呼んできた。


都心の一等地に前例のなかった野球ジムをオープンさせたのは、運営会社「Knowhere(ノーウェア)」を創業した伊藤久史代表取締役のキャリアとも関係がある。

伊藤さんは新卒でDeNAに就職、その後はAI事業を手掛けるHEROZでキャリアを重ね、2020年にKnowhereを創業。同社では野球に特化したスポーツAI事業を主に手掛け、「外苑前野球ジム」もその一環にあるのだ。


「僕らは野球のソフトウェアを開発する会社です。お客さんと接点を持つ場所をつくりたいと考えてジムをつくりました。ジムではピッチングやバッティングのデータもとれるので、R&Dの拠点としてあるとうれしいなというのがジムをつくった理由です」


ではなぜ、都会のど真ん中に野球ジムをオープンさせたのか。


「4年前、こういう立地に野球ジムを開こうという発想は誰にもまったくなかったと思います。ある意味、僕みたいな“野球の外”から来る人間じゃないと、そういうことをしようと思わないでしょうね。新しいチャレンジとして、立地のいい場所でも野球ジムの運営をちゃんとできると見せられれば面白いなと思いました」



小中学生が「野球をやれる場所」に


東京の一等地にあることもあり、入会金は3万3000円、月額料金は一般が2万7500円、ジュニア(高校生未満)が2万5000円(いずれも税込)と一定のコストがかかる。


だが開業前の想定と異なり、ユーザーの半分は小中学生だという。伊藤さんが説明する。


「うちのジムは駅から近いので、お子さんが一人で来て、しっかり練習して帰るパターンも結構あります。都内で硬式チームに所属している子が平日に野球をしたくても、やれる場所が意外とないんだなと思いますね。学校に行く前、出勤前のお父さんと一緒に来て朝練をしている姿も目にします」


子どもだけでなく、大人からも「空いている時間に野球をしたい」という要望は多くある。10月後半から1月に増えるのがNPBや独立リーグの選手たちだ。フィットネスジムに通う“隙間時間”を活用し、ボールを投げにくるプロ野球選手もいるという。


裏を返せば、粘土質のマウンドを備えるなど、上級者でも満足のいく環境が整っているということだ。


普段は草野球愛好家の利用も多い。好評なのが、一人でやって来てもジムのスタッフがキャッチボールの相手になったり、打撃投手を務めてくれたりすることだ。


「ジムにはドライブラインの資格を持ったトレーナーもいます。仲良くなった会員さんには、一緒に練習しながらいろんなアドバイスを送っています。スタッフが“セミパーソナル”でついているような感じですね」(伊藤さん)



ロッテとレンジャーズも採用したアプリ


このジムを拠点に開発を進め、今年2月、千葉ロッテマリーンズへの導入が発表されたのがAI解析ツール「SmartScout(スマートスカウト)」だ。同4月にはMLBのテキサス・レンジャーズへの導入も発表された。


スマートスカウトが画期的なのは、スマートフォンだけで高精度の測定ができることだ。伊藤さんが語る。


「ロッテやレンジャーズが導入してくれたのは、トラックマンとの比較でも精度がいいと証明されているからです。プロは特にそこを大事にしますからね。簡単に測定でき、精度もいいのが強みです」 


野球界ではトラックマンやラプソードという弾道測定器がすでに浸透しているが、スマートスカウトはスマホ1台で簡単に計測できる点が特徴だ。日本のアマチュアにも広がり、富士大学や一橋大学などで使用されている。


計測結果の確認画面。データと共に動画も閲覧可能 (提供:Knowhere)



個人ユースへのリリースも準備を進めており、リーズナブルな値段設定で使えるようにしていきたいと伊藤さんは考えている。


「スマートスカウトの特徴の一つは、初期コストがほとんどかからないことです。これが圧倒的に大きいですね。何球計測したい人はいくらと従量課金になる予定ですが、アマチュアの選手にどんどん使ってもらいたいと思っています」


近年、プロ野球を中心に計測の重要性は広がりつつあるが、アマチュア球界では十分に浸透しているとは言えない。その一因が、デバイスの費用面だ。アマチュアや個人では簡単に手が出る金額ではない。


スマートスカウトは費用面のハードルを乗り越えることで、計測の重要性をもっと定着させたいと伊藤さんは考えている。


「僕らが一番考えているのは、計測機器をコモディティ化させることです。そのために設けた機能が、スマートスカウトで解析した映像とデータをそのままSNSに投稿できるようにしていることです。

例えば高校生が自分で計測し、SNSに投稿することもできます。これまではスカウトの目にとまったり、甲子園に行かないと評価されなかったような選手も、SNSで知られてきちんと評価されるようになるはずです。

アメリカでは、選手が自分でアピールするのが当たり前ですからね。日本でも計測機器がコモディディ化することで、野球界が変わるきっかけになれば面白いと思います」


解析した映像とデータをそのままSNSに投稿できる (提供:Knowhere) 



誰もが気軽に計測し、データを見ながらパフォーマンスを改善していくのが当たり前の未来へ。そうした世界観が定着すれば、野球の進化は飛躍的に早まるだろう。


都心のど真ん中に誕生して多くの会員に支えられる「外苑前野球ジム」には、そうした願いが込められている。



(文・撮影/中島大輔)

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