
京阪電車の石清水八幡宮駅から車で約10分、徒歩では約40分の距離に今、口コミで評判を高めている野球施設がある。
古びた倉庫のドアに「GVO(Good Vibes Only)」と看板がひっそり出ているだけなので、事前に知らなければ、ここがドラフト候補たちの通う“虎の穴”と気づく者はほぼいないだろう。
「口コミや紹介で、やる気のある選手たちが通ってくれています。彼らを良くしていくのが面白いですね」
そう語るのは、2024年10月に「GVOathletics(ジーヴォアスレティクス)」をオープンさせた赤沼淳平代表だ。
まだ公式HPもないが、同代表のSNSを見れば、アマチュアの有望株が多く訪れてきていることが想像できるだろう。
「新幹線で来てくれる選手もいます。選手たちからは『とりあえず良くなった』という声が多いですね(笑)。最初に大学生のピッチャーが来て、投げている球がエグくなり『なんか違うぞ』、『何をやってるんだ?』と周りの選手も来てくれるようになりました」
現役時代に必要だった“僕みたいなヤツ”
今年30歳になる赤沼代表は、2年前の2023年までメジャーリーグを目指す右腕投手だった。立命館高校からアメリカの大学に進み、卒業後は現地の独立リーグでプレーした。
トレーニングはアメリカの大学で専攻したことに加え、広島を拠点にプロ野球選手も担当する高島誠トレーナーから学んだ。現役中からシーズンオフには同氏の運営する「Mac’s Trainer Room」で勤務し、昨年独立に至った。
「GVOathletics」はネットやワイヤーの取り付けを含め、DIYで完成させた施設だ。外装も内観も洗練されているわけではないが、ピッチングやバッティングができるレーンに加え、ウエイトトレーニングのスペースもある。個人練習に打ち込むには十分な広さだ。
最大の売りは、赤沼代表の独特な感性とキャリアだろう。京都生まれで底抜けに明るい彼には、アメリカで自身の道を切り開こうと奮闘し、野球選手として蓄積させてきた経験がある。
「なぜ自分はメジャーリーガーになれなかったのか。現役をやめたときに振り返りました。意識してできなくなったことと、意識しなかったからできたことがあったなと。“僕みたいなヤツ”がもう一人いれば、もっとうまくなれたのではと思いました」
“僕みたいなヤツ”というのは、親身になって助言してくれるような存在だ。というのも、現役時代の赤沼代表には消化不良のアドバイスがあったからだ。
「淳平、お前は右足を使えてないから、もっと押すんだ!」
大学を卒業して独立リーグに進んだ直後、コーチの指摘をうまく咀嚼できなかった。
当時、右腕投手の赤沼代表は「左足を使おう」という意識が強く、右足に体重を乗せること(いわゆる“ためる”という行為)はNGと考えていたからだ。
「僕の中で『右足で押す』のはあり得なくて、『こいつ、何を言っているんだ』という固定観念がありました。でも今になってみると、コーチの言いたかったことがわかります。
右足で押す必要はなくても、『頭が突っ込んでいるんじゃない?』と伝えたかったのだろうな、と」
コーチたちは総じて、選手を良くしたいからアドバイスするものだ。だが、選手たちにとって自分と異なる考えを受け入れ難い。自身の強みや、今まで積み重ねてきたことが、その一言で崩れてしまう可能性もあるからだ。
現役引退から2年が経ち、トレーナーに転身した赤沼代表は“もう一人の自分”が必要と考えるようになった。親身になり、時には厳しいことも指摘し、一緒に向上を目指してくれるような存在だ。
「僕は野球がうまくなかったので、誰かに見てもらうことが必要でした。
例えばリリースで手首が寝るクセがあるとして、なんでそうなっているのか。映像を撮って見ると、どうしてもそこだけを直そうとしがちですよね。でも動作的なのか、筋力的なことか、意識か、根本的な原因を探さないといけない。
そのためには、情報を整理してくれる人が絶対に必要です」
安定感につながる「戻ってくる場所」
赤沼代表が「GVOathletics」で行うのは、動作改善だ。球速アップを目的としているわけではないが、ある投手は144km/hから152km/hまで上昇。昨年ドラフトで指名された投手は160km/hを計測した。
なかにはイップスが直ったという投手もおり、「なんで?」と興味を抱いてくるようになった選手もいるという。
「例えば『リリースするときにこうなるんですよね』と、投げ方がわからなくなったとします。その動きはなぜ起こっているのか。『体が硬いの?』とか、会話をしながら原因を解明していきます」
投球フォームを変えるときも、基本的に同じ作業を行っていく。赤沼代表が続ける。
「力の出し方を一度覚えると、そのやり方しかできなくなる可能性があります。
だから、”力を出すところを変える”という作業をしないといけないけど、ならし期間が結構いります。そこで『今はこれくらいの球速しか出ていないけど、このまま続けて大丈夫だよ』と伝えると、バンと伸びる選手が結構多くいます。感覚的な問題もありますね」
1回のセッションは80分。初めて来た投手には、まずは投げている姿を見て、可動域と動作のチェックをする。
その上で改善点について原因を解明し、対話を重ねながら、どうすればより良くなっていけるかを一緒に考えていく。
「今できていない理由は何か。一つひとつ詰めていけば、ある程度は絶対できるようになります。そうやって原点ができ、選手自身にとって“戻ってくる場所”になる。
もし今までできていたことができなかったら、『なんでできないんだろう?』と選手自身が考えられるようになる。そうやって安定感につながっていきます」
赤沼代表は自身の指導を「コンサルみたい」と表現する。80分のセッションが終わる頃には自身の進むべき道が少しずつ明確になり、モチベーションを高めて帰っていく選手が多くいるからだ。
「指導者から、『チームではめっちゃ練習をサボるヤツなんですけど、最近やる気が出てきました』とよく聞きます。そういう姿勢を僕は『バイブス』と呼んでいます。選手たちは『バイブス、乗り移ってきた』と言っていますね(笑)」
ジムの看板に「Good Vibes Only」と掲げるように、底抜けに明るい赤沼代表は、周囲をやる気にさせる力がある。
そうしたバイブスに加え、指導で特に大事にしているものがある。彼自身が、「Flow(フロウ)」と表現するものだ。
(文/撮影:中島大輔)
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