
森保一監督が語る「スポーツマンシップ」とスポーツの価値
2025年6月29日、今年も日本スポーツマンシップ協会が主催する「スポーツマンシップ・デー2025」を無事に開催させていただいた。多くの方にご来場ならびにご視聴いただき、感謝を申し上げる次第である。
今年のゲストは、サッカー日本代表監督の森保一氏だった。これまでのキャリアを振り返りながら、彼自身が考えるスポーツマンシップの意義、そして、現代における指導者としての考えについて話を伺ったが、興味深い内容の数々だった。その中のごく一部であるが、エッセンスをご紹介させていただこう。
森保氏自身のキャリアを振り返ると、Jリーグが存在しなかった時代に、サッカーが「好き」「愉しい」という純粋な気持ちで取り組んできたことが現在へとつながっているという。
ただし、夢を持って計画的に努力することは重要であるが、「今、この瞬間を愉しむ」ことの価値も伝えたいと話していた。
近年の日本代表選手たちには学ぶことも多いそうだ。「日本は規律が厳しい」という印象があるが、基本的なルールの遵守についてはヨーロッパの方がむしろ厳格で、ルールをしっかり守るがゆえに自由が許容されている点がヨーロッパの特徴であるという。
自己表現がしっかりできる海外経験豊かな選手たちからは、「もっと厳しく、もっとはっきり言ってください」と求められることもある。だが、誰かの真似ごとのような指導では選手の心に届かないため、自身のスタンスを変えることはなく、自らの言葉で伝える方法をつねに大切にしていると教えてくれた。
一方で、現代における指導は、容易に「ハラスメント」と受けとられてしまいかねない時代である難しさにも触れ、だからこそ、事前にチームの理念や指導方針を明確にし、保護者や選手と合意形成を図るような仕組みも必要であると指摘する。
森保氏は、スポーツマンシップの根幹として「他者へのリスペクト」と「自己の成長を求める意志」であると捉え、さらに「日本代表としての覚悟」もスポーツマンとして不可欠な要素であると話す。
中でも印象的だった一つが以下の話である。
代表チームではつねにポジション争いがあるが、すべての選手たちが「自分が一番」という意識を持っている。それでも、ピッチ外では戦術について語り合い、良好な人間関係を築いていく。メンバーが決まるまでは激しく競い合い、その争いが決した後は悔しさをにじませつつも、チームのためにできることに全力で取り組む。その姿勢は日本人ならではの美徳といえるのではないか、ということだ。
また、ライバルの存在は刺激になる一方で、他者に影響されすぎてしまうと今度は自身のリズムを崩してしまいかねない。だからこそ、「自分に目を向けよう」と選手たちに声をかける。自分の軸を持つことが安定したパフォーマンスにつながるという信念があるからだという。
森保氏は、スポーツは社会にとって不可欠なものだと明言する。スポーツは決してアスリートだけのものではなく、心身の健康、愉しみ、そして人間的成長を支える力を持っている。
「する」「みる」「支える」など多様な関わり方を通じて、誰もがスポーツに触れることができる。そういう前提で、サッカー観戦の2時間が「心を解放する時間」となればうれしいと話した。
日本サッカー界のトッププレーヤーたちをマネジメントする森保氏の話だが、野球に携わるコーチをはじめ、さまざまな立場の方々にとっても合い通じる話だったと感じる。
神奈川大会開会式で話題を呼んだ「七夕の願い」
第107回全国高等学校野球選手権大会が、2025年8月5日に阪神甲子園球場で開幕する。
地方大会でも連日熱戦が繰り広げられ、昨夏大会(第106回全国高等学校野球選手権大会)を制し連覇をめざす京都府代表・京都国際高校をはじめ、全国大会に出場する49代表校が出揃った。甲子園の頂点をめざして真夏の戦いが始まる。
今春センバツ(第97回選抜高等学校野球大会)で優勝し、春夏連覇をめざす横浜高校も、神奈川大会を勝ち上がった。その神奈川大会は、開会式から大きな注目を集めることになった。
慶應義塾高校野球部、山田望意主将が投げかけた選手宣誓が話題になったのである。
「宣誓、七夕の日に願います。今年の神奈川大会は最高の大会になりますように。最高の大会は数多くのいい試合でつくりあげられます。よい試合には選手全員のいい顔があふれています。私の考えるよい顔とは、真剣勝負の顔、ナイスプレーに喜ぶ顔、そして大好きな野球を全力で愉しむ顔です。
しかし、その顔は自分一人ではつくることはできません。チームメート、支えてくれる家族、指導者、関係者の方々はもちろん、同じ野球を愛する相手があって、成り立つことです。
ここで選手の皆さんにお願いがあります。今大会中、お互いのチームの好プレーに対して、拍手や歓声を送り、たたえ合うことをしませんか。
試合の中で、お互いを認め合い、試合の後、このチームと戦うことができてよかった。そう思える良い試合ができる、そんな最高の大会にしませんか。私たち選手一同はありがとうの気持ちを忘れず、いい顔で、つねにチャレンジすることを誓います。
令和7年7月7日、選手代表、慶應義塾高等学校 山田望意。」
この開会式が行われた7月7日、七夕の日にちなみ「今年の神奈川大会が最高の大会になりますように」という言葉で始まった選手宣誓だった。
そのなかで、選手たちに「お互いのチームの好プレーに対して、拍手や歓声を送り、たたえ合うこと」を提案し、そして、「試合の後、このチームと戦うことができてよかった。そう思える良い試合ができる、そんな最高の大会にしませんか」と投げかける異例の内容となった。
相手を尊重し称賛し合うこと、ありがとうの気持ちを忘れずつねにチャレンジすること、真剣勝負に挑み、大好きな野球を遠慮で愉しむこと。
すなわち、尊重、勇気、覚悟を発揮しながら「いい試合=Good Game」をつくり、最高の大会にしたいというスポーツマンとしての思いが込められていたのである。
野球を愛する仲間たちと最高の夏を
長崎大会決勝でも、創成館高校が、ノーシードで決勝まで勝ち進んだ九州文化学園高校を4−3で破り3連覇を果たして5度目となる夏の甲子園出場を決めた。
この試合後に、九州文化学園高校の選手たちが創成館高校のメンバーに千羽鶴を贈り、そして、手拍子とともにみんなで歌を歌って勝った創成館高校のことをたたえる様子が見られた。わずか1点差の試合で甲子園行きを逃したチームが、勝った相手をたたえることができるその姿が、多くの人の心を打つことをあらためて教えてくれた。
今夏、宮城大会を制した仙台育英学園高校野球部を率いる須江航監督は、昨年度の日本スポーツマンシップ大賞2024でグランプリに選出された。
昨年も本コラムのなかで紹介させていただいたが、彼は、「スポーツは対戦相手があってできることです。尊重すべき相手だからこそ、敗れても敬意をもって相手を称えて、試合を終えて学びに変えたいという想いになる。昨今のアマチュアスポーツの世界では、そういったお互いをリスペクトし合えるような取り組みができているチームが安定して成績を残しているような印象がある」と話す。
このように、スポーツマンシップを大切にする指導者・コーチのみなさんが増えてきて、野球界・スポーツ界をよりよき方向に進めていきたいというみなさんが増えてきていることを実感している。
そして、そうした指導を受けながら、スポーツマンらしさを体現するプレーヤー、選手たちが増えてきていることも喜ばしいことである。
いよいよ、夏の甲子園が始まる。全国3,396チームのうち、わずか49校による晴れの舞台である。
何よりもまずは、勝利をめざして全力を尽くすことが大前提となる。
ゲームセットの声を聴くまで、諦めることなく、自分を信じて全身全霊を注ぎプレーしてほしい。しかしながら一方で、ひとたび試合が終わったならば、そのグラウンドには、野球を心から愛する仲間たちしかいないことにも目を向けてほしい。
最高のゲームをともにつくり合ったライバルという仲間のことを大切にしながら、「もっと野球が好きになった」、そんなふうに思える最高の夏を愉しんでもらえればうれしい限りである。
中村聡宏(なかむら・あきひろ)
一般社団法人日本スポーツマンシップ協会 代表理事 会長
立教大学スポーツウエルネス学部 准教授
1973年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部卒。広告、出版、印刷、WEB、イベントなどを通してスポーツを中心に多分野の企画・制作・編集・運営に当たる。スポーツビジネス界の人材開発育成を目的とした「スポーツマネジメントスクール(SMS)」を企画・運営を担当、東京大学を皮切りに全国展開。2015年より千葉商科大学サービス創造学部に着任。2018年一般社団法人日本スポーツマンシップ協会を設立、代表理事・会長としてスポーツマンシップの普及・推進を行う。2023年より立教大学に新設されたスポーツウエルネス学部に着任。2024年桐生市スポーツマンシップ大使に就任。
記事へのコメント