【令和の野球キャリア⑤】「バケモノみたいな選手は減っている」。NPBの本塁打王や新人王を担当するトレーナーが語る、高校以降で“逆転現象”を起こす秘訣


広島県で「Mac’s Trainer Room」を運営し、杉本裕一郎や山岡泰輔(ともにオリックス)、船迫大雅(巨人)や森翔平(広島)らのプロ野球選手をはじめ、小学生から大学生まで指導するのが高島誠トレーナーだ。


1979年生まれの同氏は名門・広島商業高校の野球部員、卒業後はオリックスやワシントン・ナショナルズのトレーナーなどとして長らく野球に携わるなか、時代の移り変わりを実感している。


「以前に比べ、選手たちのポテンシャル自体は下がっていると感じます。バケモノみたいな選手は減ってきていますね」


「長所」より「足りない部分」の克服が必要


昭和に生まれた少年たちの多くは野球で遊び、運動能力の高い子はこぞって甲子園やプロ野球を目指した。


それが令和の現在はサッカーやバスケットボール、卓球やバドミントンなど人気競技が多様になり、野球を選ぶ子どもたちは減り続けている。


さらに都心では公園や空き地でボール遊びが禁止され、携帯ゲームの普及もあり、外で体を動かす子どもたちの姿が激減した。


生活様式の変化もあって体育座りができないなど、体が硬く、運動能力の低い少年・少女が増えている。


高島トレーナーは自身のジムやGMを務める中学生チーム「東広島ポニー」などで子どもたちを指導し、上記の影響を痛感している。


「その子の長所を伸ばすのも大事ですが、足りない部分を補わないといけないことが多いですね。柔軟性や筋力が全然なく、長所では補えないくらいです。

昭和の子どもは普通に遊んでいれば柔軟性や筋肉がある程度身についていたけど、今の子はそうではありません」


柔軟性や筋力が足りないと、ケガにつながりかねない。故障予防とパフォーマンスアップは一直線上にあり、柔軟性や筋力を身につけることは選手成長の将来的な成長に不可欠だ。


ただし、上記の要素が不足していても、小中学生年代なら活躍できる者もいる。いわゆる“早熟”とされる選手たちだ。


「周りより成長が早ければ、小中だと活躍できます。でも、怖いのは“勘違い”すること。『柔軟性を身につけたほうがいいよ』、『もっと筋肉が必要だ』と言っても、そういうトレーニングをやる習慣がないまま大きくなってしまいます」(高島トレーナー)


早熟の選手の伸び悩みは、野球界の課題と指摘される(※関連記事)。


負ければ次のないトーナメント制や過度な勝利至上主義の影響で、チームの勝利を優先して選手の将来的な成長に結びつかないケースも少なくない。


NPBの2024年ドラフト会議では54人の高校生が指名されたなか、甲子園出場経験を誇るのは21人(38.9%)で、33人(61.1%)は未出場。投手に限ると、33人が指名されたうち甲子園出場者は11人(33.3%)だった。


先で紹介した記事に詳しくあるが、プロに進むと“逆転現象”が多く起こっているのだ。


平日50分の練習で2選手がNPBへ


昭和や平成に「怪物」や「バケモノ」と言われたような選手は減っている一方、令和の今も優れた選手は多くいる。増えてきたのは、いわゆる“アスリートタイプ”だ。


子どもの頃に秀でた運動能力を発揮していなくても、努力をコツコツと重ねれば、十分に上を狙えると高島トレーナーは語る。


「無茶な遊びをする環境がなかったり、結果としてトレーニングになるような遊びをしてきていなかったりするだけで、“人”としては昔も今も一緒です。

トレーニングで後から乗せていけば能力が積み上がり、ガッと伸びる子は意外と多くいます。いわゆる天才系の選手は少なくなるかもしれないけど、努力をしっかりできる子は大事になってくると思います」


その意味で、一定の成果を出しているのが東広島市にある武田高校だ。

文武両道を掲げ、平日の練習時間が50分に限られる同校野球部は個人の成長に特化し、トレーニングを重点的に取り組んでいる。


結果、谷岡楓太(2019年オリックス育成2位、現・火の国サラマンダーズ)、内野海斗(2022年ソフトバンク育成4位)と二人をNPBに送り出した。強化メニューを担当する高島トレーナーが説明する。


「(上を目指すのに必要なことを)高校生から取り組んでも、それくらいできるよというのが武田のアプローチです。ある程度の水準までは行けると思います」

(※武田高校の取り組みを詳しく知りたい人は、高島トレーナーの著書『革新的投球パフォーマンス: 普通の高校生でも毎日50分の練習で140km/hを投げられる』を参照)


では、どうすればもっとのし上がっていけるか。「その先は別の要素が必要になる」と高島トレーナーは続ける。


「『コーチに言われたことをやります』だけでは厳しいので、大事なのは選手自身の理解度です。

例えば、Aをやって良くなった選手にBをやるように伝えると、Aをやらなくなる選手がいます。こっちとしては『Aは前に伝えたよね?』という前提の話だけど、『Aはもう言われてないので……』という解釈になる。コーチに完全依存するのではなく、自分で『AとBの関係は、こういうことだったんですね』と組み立てられる力が必要です」


令和の今は、昭和の頃から情報量が圧倒的に増えた。そうした環境の変化が、伸びる選手のタイプにも変化を与えている。


「昔は情報が少なかったので、ポテンシャルがあるだけで生き残れました。でも今は、それだけではプロでも台頭しにくくなっています。自分に足りないことに気づき、どうすればいいかを調べて、『これは自分に合いそうだな』とやっていく。そういう選手は考えている分、成長速度が早くなると思います」(高島トレーナー)


東広島ポニーの「役割」


昭和、平成、令和と時代が移り変わり、世の中の環境が劇的に変わった。当然、その影響は野球にも大きく表れている。


では今、小学低学年の息子がいるとして、将来プロ野球選手になりたいと望んだ場合、高島トレーナーはどんな環境を整えるだろうか。


「とりあえずパルクールをメインで行わせて、たまに野球で打つ、投げることだけは教えます。まず必要なのは感覚づくり。野球はもっと後でいい。

学童野球チームでも練習時間が長いので、それでは体が大きくなりにくいからです。後に考えると、最大のデメリットになります。でも投げるという動作は教えておかないといけないので、最低限は取り組ませます」


子どもの頃から目の前の勝利に固執するのではなく、選手の将来にいかにつなげていくか。高島トレーナーは理想の育成環境を実現すべく、2020年に東広島ポニーを設立した。


故障予防とパフォーマンスアップを見据えてトレーニングに力を入れ、「測定→現状把握→トレーニング効果の確認→課題の抽出→プランニング」というサイクルで行い、自分で考えられる力を養わせていく。

パルクールや栄養、英語の講習を取り入れ、2023年には初の全国大会でベスト16進出を果たした。


だが、周囲の硬式チームと比べて練習時間が少なく、「物足りない」と退団していく選手もいるという。


一方、日本ポニーリーグの関西連盟四国支部は2025年4月、中四国連盟として独立。当初は東広島ポニーしかなかったが、現在は16チームに膨れ上がった。


「そういう意味では、役割は果たせたかなと思っています。今後、考え方は二極化していくと思いますが、一端は担えているので」(高島トレーナー)


チームや選手にとって、何が最も大事なのか。子どもの数が減り、選手から“選ばれる”という側面が強くなっている令和の今、チームや指導者にはコンセプトを明確に持って指導することが求められている。



(文:中島大輔、撮影:西田泰輔)

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