
明治5年(1872年)に日本に野球が伝来して以来、令和7年(2025年)の現在まで150年以上が経過した。
今やプロ野球(NPB)では160km/hを計測する投手が珍しくない。大台に到達した投手の数は、優に30人を超える。高校野球でもトップレベルは150km/hをマークし、カットボールやチェンジアップなど多彩な変化球を操るのは当たり前の時代になった。
近年、とりわけ野球の進化が加速したのは1990年代にインターネット、2010年代にスマートフォンが普及して以降だろうか。プロ野球の球場にはホークアイやトラックマンが設置され、高校や中学でもラプソードを使って計測するチームは増えるばかりだ。
世界がAI時代に突入し、プロ野球ではアイピッチやトラジェクトアークなどの練習機器が導入され、選手たちが置かれる環境は劇的に変化している。
「だいぶ前から感じていたのは、野球選手が“エリート化”しているよね」
NPB球団のあるベテランスカウトが、昨今の潮流をそう表現した。
「プロ野球では高学歴の選手や、二世選手が増えている。清宮幸太郎(日本ハム)を含めて。高校野球では各県で本格的に甲子園を目指す強豪私学と進学校が勝つようになり、中堅私学が勝てなくなってきた」
球界における高学歴高校の代表格は、早稲田実業と慶應だ。前者は清宮や野村大樹(西武)、重信慎之介(巨人)など、後者は柳町達や正木智也、廣瀨隆太(いずれもソフトバンク)、木澤尚文(ヤクルト)らがプロで活躍している。
一方、少し前まで「二世選手は大成しない」と言われてきたが、太田椋(オリックス)や山崎福也(日本ハム)、度会隆輝(DeNA)などが各チームの主力に。清宮の父・克幸氏は日本を代表するラグビー選手として活躍し、トップアスリートの息子という意味では同じ枠で捉えてもいいだろう。
「やるからには本格的に」という保護者
高学歴選手と二世選手に共通するのは、恵まれた環境だ。
文武両道を掲げる神奈川県立川和高校の野球部前監督で、現在は川崎工科高校で数学科教師として勤務しながら小中学生世代の指導に携わる伊豆原真人氏は、「逆に貧困層が野球をやれなくなっているのでは?」と指摘する。
「東大に行くのは、明らかに平均年収の高い人の子どもばかりです。地頭がいい上で、塾に課金できるのは大きい。お金で環境をつくることは野球でも起こっていますよね。いわゆる野球偏差値の高い人たちが課金すると、圧倒的に上に行きやすい。課金できる人の中には進学校の子も入ります。結果として、相対的に高学歴の割合が増えたように見えるのではと思います」
伊豆原真人氏
東京大学学生委員会の「2023年度(第72回)学生生活実態調査結果報告書」によると、「生計を支えている方の年収」=「世帯年収」を750万円以上と答えた東大生は54.5%。世帯年収1250万円以上は20.4%だった(「分からない」は26.4%)。
一方、厚生労働省の「2023年(令和5年)国民生活基礎調査の概況」によると、所得が1200万円以上の世帯は6.7%。東大生は高い世帯年収の保護者に支えられている傾向を見て取れる。
教育に多くのお金をかけ、子どもにより良い環境をつくろうとするのは学習塾に限った話ではない。東京都文京区で「Be Baseball Academy」を運営し、小学生から高校生を個人指導する下広志代表が語る。
下広志代表
「よく『子どもの専門化が早い』と言われますが、うちには『野球を始めてまだ1カ月です。体験に来ました』という小学生もいます。とりあえず少年団に入れてと、フワッとやらせる家庭は少なくなってきた印象です。やるからには本格的に、という保護者の思考もあるのでしょうね。『勝たなきゃいけない』とか、受験競争的な感覚に寄ってきているんだろうなと感じます」
慶應高校で生じる「レッスン漬け」の弊害
昭和の頃、子どもたちの遊びだった野球やスポーツは、今は習い事の様相が強くなった。かつては公園や空き地、放課後の校庭で野球遊びをしながら自然とうまくなったが、現在、都心の多くの公園ではボール遊びが禁じられている。
逆に活況を呈すのが、野球スクールだ。先述した下氏によると、2000年頃から増え始めたという。
野球スクールをインターネットやSNSで検索すると数多くヒットし、元プロからYouTuberまで選択肢は広い。知識や経験に秀でた指導者を学童野球チームより見つけやすいのは、塾と学校の関係に似ている。野球スクールに通えば効率的にスキルアップを果たしやすいと、平日の夕方や夜にレッスンを受ける子どもたちは増えている。
時代の変化とともに野球が遊びから習い事に変わるなか、課金できる者は上達しやすい。他競技に比べ、グローブやバット、ユニフォームなど道具への初期投資がかかる野球で“エリート化”(二極化)が進むのはある意味、当然と言えるのかもしれない。
「親からいろいろ買い与えられ、野球のレッスンに行くのも当たり前という子の率は、うちは高いと思います」
そう話したのは、慶應高校野球部の森林貴彦監督だ。恵まれた環境で育った野球少年がチームに多く在籍する一方、逆効果も少なからずあると言う。
「小学校の頃からレッスン漬けだと、主体性はなくなってきます。塾と同じで、『お金を払っているんだから教えてよ』となりがちです。うちにも、『何を教えてくれるんですか』という雰囲気は結構ありますね」
さまざまな意味で、慶應野球部の環境は特殊だ。
ではなぜ、慶應の選手たちは伸びていくのだろうか。その背景にあるのが、普段、慶應幼稚舎の教師として小学生を教える森林監督の環境づくりだ(本連載の中で改めて紹介する)。
森林貴彦監督
プロ球団編成トップが感じる「変化」
慶應高校時代は控え投手だったが、慶應大学で成長し、来秋のドラフト上位候補と注目を集める一人に広池浩成がいる。広島の中継ぎ投手として12年間活躍した広池浩司氏を父に持つ、二世選手だ。
父として自身の経験を子育てに反映させた広池氏は現在、西武の球団本部長を務めている。昭和から令和にかけてさまざまな立場でプロ野球に関わり、昨今の変化をこう感じている。
「指導者に“やらされていた野球”から、“自分で考えてうまくなる野球”に変化したのは間違いありません。ネット上にいろんな指導法やトレーニング、技術の情報があふれるなか、自分に必要なものを的確に取り込んで成長につなげられる選手が活躍しています」
昭和の時代、コーチの指示に選手は「はい」か「イエス」しか選択肢がなく、「ノー」を言えないのが当然だった。
それが令和の今、「主導権が選手に移ってきた」と森林監督も語る。コーチたちは上位下達で命ずるのではなく、「こういうやり方もある」と提案型にシフトし、選手たちに求められるのは情報を取捨選択する能力だ。
あらゆる変化が激しい令和の時代、野球界の環境も劇的に変わっている。選手、指導者、保護者はどんな意識を持てば、より成長につなげられるだろうか。
本連載では、さまざまな視点から令和の野球キャリアを見ていきたい。
(文・中島大輔)
記事へのコメント