2021年に茅ヶ崎で発足した中学硬式チーム「茅ヶ崎ブラックキャップス」。ポニーリーグに加盟する同チームは、2021年9月に経済産業省の「未来の教室」実証事業に採択された。持続可能な健康/スポーツ環境と地域経済の活性化に関する課題を産官学民の協働で解決を目指すという。しかし、チームの立ち上げ時は全く違う形で「社会実験」をしていくと考えていたという。近年注目を浴びるポニーリーグに現れた新生チームは、どのようにしてチームを作り上げたのか。運営母体である株式会社ポジティブの代表・竹下雄真さんにお話を聞いた。
息子の進学を機に一念発起 ジャイアントキリングを起こすチームに
茅ヶ崎ブラックキャップスが立ち上がるきっかけとなったのは、チームの代表である竹下雄真氏の息子の中学進学のタイミングだった。それまで、自身も高校野球まで経験していながら息子の学童野球とは距離を置いていた竹下氏だったが、新型コロナウィルスにより制限された世の中で過ごすことになった息子への想いが変わったという。
「私自身、高校野球まで経験していましたが、息子本人の好きなようにやらせたいという思いから学童野球には関与していませんでした。見に行ったのも1,2回だったかな。ただ小学6年生の時に、コロナの影響によって、小学校の修学旅行は中止、野球の大会や練習もほとんどできなくなり、思い出を作る機会が失われていました。だから、子どもたちに、なんとか特別な体験をさせて思い出を作ってほしいと思ったのがきっかけでした。」
竹下氏は、息子の小学校卒業が近づいた2020年のクリスマス、自身が西麻布で経営する会員制ジム「デポルターレクラブ」の会員だったプロ野球・千葉ロッテの唐川選手をゲストに、同じ小学校内にある2つの学童軟式野球チームを対象に、野球教室を開催した。そんな縁もあり、選手の保護者と会話する中で、「中学生で硬式の強豪チームで野球をやるのは能力的にも厳しい。かといって、中学軟式の部活では人数が足りなくなる可能性が高い。だからチームを作って欲しいんです。」という打診を受けた。初めは悩んだものの、息子が中学生に進学するタイミングでもあり、親として息子の中学野球生活で1番良い環境でやってほしいと考え、出た答えが、”自分でチームを作る”だったという。
ただ、やるからには本気でやりたいと思い、スタートした。初めに入部希望の子どもたちに確認した事は、「強くなりたいか?」だった。能力の高い選手は強豪のシニアやボーイズに進む事は決まっている。いわば寄せ集めの選手たちのやる気を確認したかった。
「やるからには本気。ジャイアントキリングを起こそう」
茅ヶ崎ブラックキャップスで1番初めに決まったチームの方針でもあった。

(スプリントコーチのマロンアジィズ航太氏=チーム提供)
スタッフは、各分野のプロを集結 本気のチーム作りは壮大な社会実験
チーム作りを始める中で、チームスタッフにはこだわった。デポルターレクラブのトレーナーでもある阪口泰佑監督は、日本で高校野球まで経験し、卒業後はオーストラリアへ留学。現地の野球にも触れたいわゆる日本と海外のハイブリット野球を知る男だ。ヘッドコーチは大学まで野球を経験した高校野球部の同級生渡辺コーチ、脚力を鍛えるためのスプリントコーチには、陸上日本代表・山縣選手のコーチも務めたマロンアジィズ航太氏を配置した。
この意図について、竹下氏は言う。
「僕たちは、トレーニングやアスリートを支えることに関しては、プロです。パフォーマンスを高めるために、どんなアプローチをすれば良いのかは分かっていますし、プロ野球選手の同時期のストリングスデータなど比較対象も保有している。今回の取り組みも、エリートじゃない子たちを指導力で、どこまで成長させることができるのか。壮大な社会実験のつもりでトップレベルの指導ができる人材を配置しました」
その言葉通り、コーチ以外のサポートスタッフも”一流”を揃えた。フィジカルサポートでは、プロ野球団のトレーナーも勤めた佐藤大輔氏、メンタルサポートには、日本代表強化指定選手のサポート経験もある「FUKAI式メンタルトレーニング」深井諭氏、そして、メディカルサポートとしてベースボール&スポーツクリニック馬見塚尚孝氏といった豪華な顔ぶれだ。
結成1年目となった2021年は、各スタッフと話し合いを重ねながら、選手たちの「心と身体をつくる」をテーマに取り組みを行った。
「方針は保護者の方にも、もともとお伝えしていました。身体においては、ドクターチェックで馬見塚先生のベースボール&スポーツクリニック武蔵小杉で、全身チェックを行っていただき、成長の過程を見ていきながら適切な練習やトレーニングの最適化を図りました。今のところ、大きな怪我をした選手もおらず、効果的な指導ができていると実感しています。」
実際にフィジカルのプロたちが集まったトレーニングは、効果が出ている。結成時、ホームランを打ったことのある選手はいなかったが、すでに2名にホームランが飛び出し、トレーニングではスクワットで80キロを10回以上挙げる選手が出てきているという。さらに、メンタル面では、深井氏の指導で怒られたときや選手が壁にぶち当たったとき、いわゆる精神的に不安定になる場面でどのように対処すれば良いかという「心の防災訓練」を取り入れているという。さまざまなプロからの指導で選手たちは着実に成長していったが、この1年で1番選手たちを大きく成長させたと感じたのは外部からの刺激だったという。
「子どもたちにとって大きかったのが、夏休みに行った長野強化合宿でした。新潟ボーイズ・上越ボーイズの選手たちと合同合宿という形で実施させていただき、元プロ野球選手の田中監督や鈴木尚広さんからの指導も選手にとっては良い経験となったようですが、1番の目的は、厳しい環境に置かれながら野球にかけている選手たちを肌で感じてもらうことでした。その合宿を経て選手たちの野球に取り組む姿勢や意識が変わったように思います。選手自身も手応えを感じており、充実した表情で合宿を終えたのが印象的でした。」

(茅ヶ崎ブラックキャップスのクリエイティブ=チーム提供)
活動の原点になっているかっこいい人間像 戦いは始まったばかり
もう一つ、チームを運営する中で、意識していることが「かっこよく」あることだという。確かに、茅ヶ崎ブラックキャップスでは、中学生らしからぬ印象を受けることが多々ある。チーム公式サイトでは、中学生チームでありながら本格的な撮影を行なっていることがわかる洗練されたクリエイティブを使用していたり。地域貢献活動として、茅ヶ崎市内の海岸清掃や農作業サポートなどを実施するなど、さながらプロのチームのようだ。
「かっこいいって言葉は、いろんなことを表せられると思いますが、やっぱり”人間としてかっこよく在るべき”ということに尽きると思います。かっこいいって何かって言うと試合にしっかりと勝つチームってかっこいいし、チームメイトが苦しい時に声かけてあげれる奴はかっこいいし、ユニフォームビシッときてる奴はかっこいいし。あとは、上手い奴が陰で努力してるのもかっこいいですよね。客観的に他人から”かっこよく”見えるかどうか。そんな大人になってほしいと思ってるんです。やっぱり負けたり、意地悪するやつなんかかっこ悪いですよね。選手には、こんだけPRして取り上げてもらってるのに、負けまくってるとかっこ悪いぞーって発破をかけてます。(笑)気分良く野球を楽しむためにも、保護者もかっこいい服で応援して選手たちもかっこいい行動をして楽しむことが大事だと思っています。」
まだまだ、チームは始まったばかりで、大会などで目立った成績は残せていないものの、茅ヶ崎ブラックキャップスの可能性は無限に感じるばかり。このチームが本当にジャイアントキリングを起こす時、中学野球界のスタンダードは、一気に変わるかもしれない。

