投手のフォーム転向で見極めるポイントは”変化球の球速”にあり

 第1回野球データ分析競技会に参加した全7チームのプレゼン内容を振り返る短期連載。

 最終回は、「二項ロジットElastic Netを用いたサイドスローへの転向に向けた提言」をテーマにした同志社大学Bチームのプレゼンテーションの内容を振り返る。同志社大学Aチームと同じ研究室にいる3人で結成されたBチーム。彼らがテーマに選んだのは、サイドスロー転向というものだった。チーム代表の大井海渡さんに、テーマ選定の理由を聞くと、次のような話を教えてくれた。

投手はなぜサイドスローに転向するのか

「サイドスロー投手にスポットを当てることは事前に決めていましたが、当日支給されたトラックマンデータを見たとき、当初考えていた分析ができないことがわかりました。そこからテーマの変更を余儀なくされたのですが、チームの雨澤(昂輝)が高校時代にオーバースローからサイドスローに転校して、競技力が上がったという経験をしていたので、そこに視点を当てようと思いました」

 テーマ変更に時間を要する形となったが、大井さん自身が普段から分析に使う手法を開発する研究を行い、他の2人は分析手法を学んでいることもあり、分析はスムーズに進んだという。

 プレゼンでは、フォーム転向を経験した雨澤さんが、「サイドスローのピッチャーは成績の伸び悩みなどを含め、何かしらの要因がありサイドスローへ転向したというケースが多いと思います。フォーム改善に全員が全員成功するわけでない。しかしフォーム転向で成功する人を増やすためには、何が必要かを知りたかった」と、テーマ選定の理由を説明した。

 その後、斎藤雅樹さん(元読売ジャイアンツ)、遠山昭治さん(元阪神タイガース)、宮西尚生投手(北海道日本ハムファイターズ)ら、オーバースローからサイドスローに転向し、成功を収めた選手を紹介。そして、現状を知るために、社会人侍ジャパンの選出された投手でサイドスロー、アンダースローが何人いるかを調べたという。結果は、選出された36人中4人がサイドスロー、アンダースローだった。

 この数字をみても、サイドスロー、アンダースローの希少性がうかがえることも説明。そのうえで、成績が伸び悩んだ際にフォームを変更する人が多いのではないだろうか。仮にフォームを変更したら,どのような点が変化するのかがわかるのではないかという2つの仮説を立てて分析に取り組んだことを伝えてくれた。分析では、サイドスローの特徴を明らかにするとともに、フォーム転向で成功するために必要な技術、打たれるかどうかに影響を与える要因を明らかにすることにしたという。

スライダー、カーブの2球種がサイドスロー転向成功へのカギ

 ここからが分析内容の説明に。まずは、サイドスローの特徴として、変化球を投げる割合が多いことを数字で示した。オーバースロー投手の変化球割合が約60%だったが、サイドスロー・アンダースロー投手の割合は約98%。つまり30%近い差が出ていたのだ。さらに、球種割合でみても、違いが明らかとなった。

 そこで、球種ごとにオーバースロー投手とサイドスロー・アンダースロー投手で投じる球種に差があるかを調べるため、母比率の差の検定を実施。これは、差がないことを表す仮説(帰無仮説)と逆の仮説(対立仮説)のどちらが正しいかを検定するもので、2つのグループの比率の差が偶然なのか、また意味のあるものなのかを見極められるという。有意差が得られたのはスライダー、カーブ、フォーシームの3球種。シンカー、チェンジアップでは有意差はないという数字になった。

 サイドスロー・アンダースロー投手が投げる変化球の割合と高いスライダー、カーブに有意差が得られたため、この2球種に絞ってさらなる分析を進めていく。次に使った手法は「二項ロジットElastic Netモデル」。結果となる数値(目的変数)と要因となる数値(説明変数)の関係性を明らかにする手法だ。ここでは、カーブを投げた際の成功の有無」と「スライダーを投げた際の成功の有無」を目的変数として、回帰モデルを構築した。

この結果をもとに、考えられた提言が以下のものだ。

カーブについて

→遅いほど打たれない(遅いカーブが有効である)

スライダーについて

→速いほど打たれない。また、投げ始めとホームプレートでの球速差が大きいほど打たれにくい。

  ※スライダーについての提言は、両立が難しいという点もあるため、球速を上げることを意識して取り組むこともおすすめする

この提言をもとにすれば、速いスライダーを投げられる、また、スローカーブやドロップカーブなどを投げられるオーバースロー投手の成績が伸び悩んでいる際、サイドスローやアンダースローへの転向を打診する際に使える資料になると説明してくれた。

 同志社大学Bチームのプレゼンは、項目ごとに担当を分け、3人すべてが発言。代表1人が発言した他のチームに比べると工夫が感じられた。しかし大井さんは、「僕たちのチームで野球経験者は雨澤だけ。野球を生業としている人たちに提言をするなら、もっと野球の知識をつけていけないと理解してはもらえないことを実感した。経験の有無に関わらず、歴史や背景などの知識を深めたうえで分析や説明に挑めば違った内容になったかもしれない。分析結果だけを伝えても業界にいる人との知識とかけ離れすぎているとなかなか受け入れてもらいにくいことを学べたのは、ある意味よかった点といえるかもしれません」と話す。唯一の野球経験者である雨澤さんも、「分析結果を踏まえての解釈部分を任されていましたが、もう少し違ったことができたのではないかと反省しています」と口にした。

 4月からは大学院へ進み、分析手法の開発・研究を続けているという大井さん。野球はもちろん、スポーツのデータ分析をする過程には、楽しさや興味も深まっているという。「将来的には、データ分析にかかわるような職業についてみたいと思っています」と先を見据えている。また「先程も言いましたが、今回の競技会で結果ベースの提案ではダメなことがわかったので、次回、なにかに挑戦するときは、より知識を深め、説得力のある提案ができればと思っています」とも付け加えた。

 賞を獲得することはできなかったが、参加したことで多くの学びを得たのは事実だろう。この経験を今後の研究に生かし、野球を始めとするスポーツ界の発展に尽力する人材になってもらいたいと思う。

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