システムエンジニアから高校野球監督へ ゼロから作り上げた選手との関係性(神奈川県立川和高校・元監督 伊豆原真人)


 2021年7月、全国高校野球選手権神奈川大会で横浜の公立高校が"旋風"を巻き起こした。神奈川県立川和高校、昨年度は東京大学1名、京都大学1名を含む85名生徒が国公立大に現役合格を果たした県内でも有数の進学校だ。その野球部が強豪・東海大相模高校を相手に、8回まで1-1の投手戦を演じ、ジャイアントキリングまであと一歩に迫ったのだ。

 その"川和旋風"を支えたのが、野球部監督を務めた伊豆原真人さん。県の規定により、勤続10年をもって他校への異動となり、昨年度で同校監督を退任。現在はご子息が所属するシニアチームなどで、中学生を中心に野球指導に携わっている。そんな伊豆原さんが、練習時間も限られる公立の進学校でどのようにして、生徒たちを導いて行ったのか。高校野球の指導者となるきっかけから、改めて振り返ってもらった。


 愛知県出身の伊豆原さんは、地元の公立高校から信州大学へと進学。その間、野球部に所属していたが、秀でた選手ではなかったという。その後、一般就職でシステムエンジニアとして働きながら、草野球などで野球に触れていくうちに、自分の中にある野球への思いに気がついた。

「離れてみて気づくというか。野球が上手いとか、下手とかということよりも『自分はすごく野球が好きなんだな』っていうことをすごく実感するようになったんです。そこで、野球に関わる仕事ができないかと考えた時に、高校教員となり、高校野球の指導者を目指そうと思い立ちました」


 地元、愛知県を含めて、全国多くの都道府県で教員採用試験を受けた伊豆原さん。その中で神奈川県での採用が決まり、28歳で教職についた。最初の学校では野球指導にほとんど携わることはなかったが、2校目となった相模大野高校から野球部監督に就任。3年務めたのちに、2013年に川和高校へ異動となり、野球部の監督に就任した。

「僕の知っている高校野球は『選手目線』しかなかったので、指導者としては、とにかく初心者だという意識でした。ですから『とにかくそこに飛び込んで一生懸命やろう』ってそれ以外はなかったですね」


 今まで縁のなかった神奈川県という場所で、高校野球の指導者としてのスタートを切った伊豆原さん。しがらみが何もないことも手伝って、文字通り「ゼロ」からチームを作り上げていくことになった。最初に取り組んだのは、既存の概念を疑うことだった。

「自分が高校生だった時に『これが高校野球だ』と思ってやってきたことを、客観的に見た時に『これはどうなんだろう』と思うことがすごくいっぱいありました。その中で、実際に生徒たちと相対した時に、自分が選手として経験してきたことが役に立たないんだなと感じたんですね。『俺はこうだった』と話すことが無駄というか。」


 公立高校の練習時間は限られる。そのため、いかに効率よく練習し、体力・技術の向上を測っていくかは大きな課題だ。伊豆原さんは全体で一斉に走るランニングメニューを廃止するなど、これまで当たり前に行ってきた練習の意味と意義を見直し、必要ないと判断したものは次々に変えて行った。

「みんなランニングといえば、一緒になって走っていますが、本当にそれが必要なのかなって思ったんです。時間のない中で、本当にやらなければいけないことなのかと考える。なんとなくをなくしていく、慣例ではやらないという感じですね」

 どうすれば生徒たちの可能性を大きく伸ばすことができるのか。そのための方法として、外部指導者からその知見を得ることや、ラプソードの導入など、新しいものも積極的に取り込んだ。




「本当にこの練習でうまくなるかという疑問をもった時に、いかにいろんな方から教えを受けられるかってところだと思っています。自分だけで解決することはものすごく少ないので、いろんな方からいろんな意見やアドバイスを受けることで、その中にどれくらいメリットがあるのかっていうところを試行錯誤しながら最適解を出していく。10の情報を全て受け取るのではなく、7割程度受け入れて、短所になってしまう部分は別の情報で補っていう、その繰り返しでやってきましたね」

 多くの情報から、必要なものを受け取り、生徒たちの練習に生かしていく。時にはその取り組みが180度変わってしまうこともあるというが、その理由がしっかり説明のつくものであれば、生徒たちも納得して、新たな取り組みにチャレンジしていく。ただ、こうも付け加える。

「僕は無駄が好きなんですよね。これが必要ないとなったら、やらなくなってしまうけれども、時と場所が違えば意味があるものになることもあるので、必要なくなったものを無駄として消してしまうのではなく、知見として持っておいて、必要な時にピックアップできるようにしておくことも大事だと思っています。一見、無駄だと思えるものが無駄じゃない。一つの引き出しとして役に立つこともあるかなと思いますし、人を導いていく上で、そういう無駄を知っておくことも大事だと思います」


 指導者としてゼロからスタートし、様々な知見を取り入れながら、取り組んできた伊豆原さんだが、就任当初から大切にしていることがあるという。

「最初の頃はやっぱり『良き兄であること』を意識していました。身内であるという概念ですね。僕自身の考えですが、子どもの世界って子どもだけでできている部分がすごくある中で、教員も指導者も同じだと思うんですけど、子どもにとってはやはり『一番身近な他人の大人』なんですよね。ただ、若いうちは人生経験も少ないし野球経験も乏しいので、精神的に上から話をするようなことはできないので、良き兄として側にいることが一番大事なことだと思っていました。」


 歳を重ねた近年では、良き父という立場で常に同じ目標を目指す身内として、生徒たちと接してきた伊豆原さん。その目標として掲げていたのが「甲子園」だった。


(後編に続く)



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