
10月23日に開催されるNPBのドラフト会議が近づいてきた。
今年の注目の一つは、スタンフォード大学の佐々木麟太郎内野手が指名されるか。さらに名前を呼ばれたとして、日本の球団と入団合意に至るのか。
佐々木は来年7月のMLBドラフトで指名される可能性があり、NPB球団に入札されても、MLBのドラフトが終わるまで入団の意思について返答を保留できるからだ。
NPBは魅力的なリーグか?
昨年のドラフトで球界関係者に大きな衝撃を与えたのが、桐朋高校の森井翔太郎投手がアスレティックスと契約したことだった。
森井が日本でのプロ入りを望めばドラフト1位で指名されると見られたが、高卒→MLB入りという道を選択した。
「我々にはどうしようもないな……と思った。以前も高卒でアメリカ行きを望んだ選手がいたけれど、昔とは時代が変わり、こういう道を選ぶんだな、と」
あるNPB球団の幹部はそう話した。日本でプロを経ずにMLB球団入りする選手は以前からいたが、森井クラスがその決断をしたことはNPB球団にとってショッキングだった。
西武の広池浩司球団本部長はこう話している。
「選手の決断がアメリカか日本かというより、NPBは日本の若い有力な選手たちに振り向いてもらえるようなリーグであるのか。そういう努力をしてきたのかどうかが問われています。
MLBはいろんな投資をして、資金を豊富に持っています。それをもとに仕掛けて、日本の若者にとって魅力的なリーグになっていますよね。レベルも高くなっていますし」
翻って、NPBはどうだろうか。広池球団本部長が続ける。
「日本の野球もすごく魅力的なコンテンツだと思います。それを本来、各球団ではなくNPB全体でコーディネートして、魅力向上のためにやっていく努力がMLBに負けてしまった。ここ数十年で、市場価値でだいぶ差をつけられました。
現状であれば、若者が直接アメリカに行きたいと言ったって、それは仕方ない。『日本のプロ野球はやるべきことをやってきたんですか?』というのが考えるべきところです」
NPBの在り方を問う西武の広池浩司球団本部長
成長の鈍いNPBへの危機感
市場規模を比べると、1995年時点ではNPBが900億円、MLBが1400億円程度だったが、2018年時点ではNPBが1800億円、MLBが1.1兆円程度と大きく開いた。
ちなみに大谷翔平の年俸は日本ハムでは2億7000万円(2017年、推定)だったが、2024年にドジャース移籍後は1年平均で100億円程度に膨れ上がっている。
NPBも2010年代から観客動員を増やしているが、各球団の努力によるもので、MLBのようにリーグ全体で市場規模を拡大する動きは見られない。
そうした球界のあり方について、当事者である西武の広池球団本部長にはどう映っているのだろうか。
「日本のプロ野球は生い立ちから、機構として『こう行くんだ』というのができづらい構造になっていて、それをずっと放置してきました。その問題は何十年もさけばれていますが、それがずっと続いているのは非常に危惧するところであり、我々も声を上げています。
それが現状、森井君や若者の選択につながっているんじゃないかと感じます。下手したら、『日本に生まれたから、まずは日本のプロ野球を経験して』という発想もなくなってしまうのではないか。NPBの価値がなくなってしまったら、そのワンクッションすら入らなくなる可能性があります。
NPBは魅力的なコンテンツであるはずだけど、見せ方がもったいない。もっと収益性も上がるはずだと思いますし」
森井の契約に含まれる「学業補助金」
森井のような有力選手だけではなく、プロになる前から海を渡る者は増えている。東京都文京区で主に小中学生を対象とした「Be Baseball Academy」を運営する下広志代表が語る。
「今年の春、うちからアメリカの高校に進んだ生徒が2人います。民間会社の斡旋で去年の夏にアメリカへ1~2週間行き、トライアウトを受けたら『君、いいね』と合格し、そのまま入学に至りました。そういう環境が整ってきたのはいいことだと思います」
インターネットの登場で世界の距離感が急激に縮まり、若くして海外を目指す者は増えてきた。時代の潮流を考えても、世界に挑戦する若者が増えるのはポジティブに捉えられるだろう。
では、MLBとNPBの魅力についてはどうだろうか。
現役引退後の“保証”について指摘するのが、広島で「Mac’s Trainer Room」を運営し、小学生からプロ野球選手まで担当する高島誠トレーナーだ。
「森井君の契約には、主に引退後に使用できる学業補助金がつきましたよね。ああいう契約をすると、一気に海外人気が高騰すると思います。
自分はNPBのスカウトに会うたび、『育成でもせめて4年契約にして、通信制に通えるようにするという条件をつけてください』と言っているんですけど、なかなか実現しません。
引退後も面倒を見てくれるならいいけど、そこまで抱えられる球団は限られていますからね」
本稿冒頭で登場したスカウトも、森井のアスレティックスとの契約では25万ドル(約3900万円)と報じられる学業補助金の存在が大きいと感じている。
「俺にもそんな息子がいたら、アメリカに行かせる。『別に甲子園なんかいいよ。アメリカに行ける道に進んだほうがいいよ』って。トータルで考えたら、絶対こっちだよ、と」
本連載では野球の“個人化”や“エリート化”に焦点を当ててきたが、森井はまさにそのルートを歩んでいる。
過去に在籍した武蔵府中リトルリーグは、ヤクルトの茂木栄五郎や田中陽翔、西武の山村崇嘉らもプレーした強豪だ。森井は小学6年時に西武ライオンズジュニアに選ばれた後、中学を経て、高校は甲子園を狙えるような強豪ではなく超進学校の桐朋に進学。そして卒業後、MLB球団と契約を結んだ。
野茂英雄がMLBへの道を切り拓いたように、今後、森井のような選択をするアマチュア選手は増えていくかもしれない。
「誰だって世界最高のリーグでプレーしたい」
では、獲得する側のMLB球団はどう見ているのだろうか。
筆者は今夏、ドミニカ共和国にあるロサンゼルス・ドジャースのアカデミーを訪れ、ディレクターを務めるヘスス・ネグレテ氏に直接尋ねた。
森井が高校卒業後にアスレティックスと契約したことは、ドジャースにとっても大きなニュースだったのか、と。
ネグレテ氏は7秒間ほど考えた後、こう答えた。
「日本は我々にとって重要なマーケットだ。選手について国籍を問うつもりはないが、才能のある選手であれば、常に我々にとって優先事項になる。プロスカウティングチームや国際スカウティング部門は、選手の評価において素晴らしい仕事をしている。
また日本、台湾、韓国には優秀なスカウトもいる。才能ある選手は常に我々の最優先事項であり、特定の名前は挙げないが、これらの国で獲得可能な選手はすべて私たちのターゲットになる」
ドジャースは菊池雄星(現エンゼルス)や大谷翔平が高校生の頃も熱心にスカウティングし、獲得に近づいた。
今年ドジャースに加入した佐々木朗希は、高卒でドラフト指名を受けてNPB入りする際、将来のMLB入りを希望し、好きなタイミングでポスティングシステムで入札にかけてもらえることを入団の条件につけた、とも言われている。
あくまで巷で囁かれていることだが、ドジャースのネグレテ氏は日本の有力な若手がこうしてメジャー入りを目指すことについてどう考えているだろうか。
「そういった種類の契約はこれからも起こると思うし、理にかなっている。誰だって世界最高のリーグ、つまりMLBでプレーしたいからね。だから若い選手とそのような契約を結ぶのは自然な流れだし、NPBもそれに対応していかなければならない。
NPBとMLBの関係は良好だと思うし、NPB側も自分たち(日本人)の良い選手を確保したいと考えている。ただ今後、同様の契約が増えても驚かない。選手にそのための交渉力があれば、彼らはきっとそうするだろう」
日本のマーケットについて語るドジャースのディレクター ネグレテ氏 (©龍フェルケル)
ネグレテ氏は一般論として答えたが、おそらく彼の言うような契約は増えていくだろう。少なくともドジャースは森井の決断も含めて注視しており、他球団も日本でのスカウティングに一層力を入れている。
以上の流れを踏まえ、NPB球団は今後どう対応していくのだろうか。
不可欠なのは、さまざまな意味で、より魅力的なプロ野球界を整えていく必要があるということだ。
(文・撮影/中島大輔)
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