大量のデータを「見える化」AIを用いて提案する野球中継の新しい形

競技力向上をエンターテインメントの視点から分析

 第1回野球データ分析競技会に参加した全7チームのプレゼン内容を振り返る短期連載。4回目は、関西大大学院チームの「トラックマンデータを用いた投手・打者の勝敗予測に関する取り組み」のプレゼンテーションの内容を紹介していく。

 大会当日、スクリーンに関西大学大学院チームのタイトルが映し出された際、競技力向上という視点とは違う研究になっているのかと疑問を抱いた。しかし、序盤の説明で、この疑問は解消されることになる。

 関西大学大学院チームは、まず近年問題視されている野球の競技人口減少に着目したことを説明。スポーツ庁が発表している中体連の競技人口の推移データを示し、2009年には約31万人いた野球の競技人口は、2048年には約2万人にまで減ってしまうという現状を突きつけた。競技人口の減少は野球に限ったことではない。野球同様に、プロリーグが盛り上がっているサッカーやバスケットボールも減少傾向にある。その一方で、卓球やバトミントンといった個人競技は人数を増やしているため、スポーツの多様化も競技人口減少になんらかの影響が出ていることも図で理解させた。野球関係者であれば、競技人口の減少は由々しき問題であることは認識しており、プロ野球界でも阪神タイガースが、アカデミーを通じて野球というスポーツが身近で楽しいものだとわかってもらうイベントを行うなど、選手の育成だけでなく将来の野球ファンを増やす取り組みをしている例を示してくれた。

 さまざまな取り組みが行われている中でも、減少が止まらないのはなぜか。関西大学大学院チームは、野球に興味や関心の減少が最大のポイントであり、スポーツが多様化している今、野球に興味を持つ人が増えない限り、球界全体の競技力アップにはつながらないというのが、今回のテーマの土台にあると力説した。

  このテーマを選定した理由を、後日チームの代表を務めた岡嵜雄也さんに話を聞くと、次のように答えてくれた。

「当初は、正攻法の分析をやろうと考えていましたが、他チームとの差別化を考えたときに違うテーマがいいと思ったんです。それが発表前日の深夜。まとめの時間も少ないなかで苦労もありましたが、大学院での研究では、画像処理であったり、深層学習だったりに力を入れているので、その点を生かせる発表にしたいと思い、必死でプレゼン資料をつくっていきました」

 ただでさえ、資料データの支給から丸一日ない状況での分析が求められているなかでの方向転換はまさに賭けだったといえる。だが、日頃学んでいることを活用することで時間のロスを最小限に抑えたという点に工夫を感じた。

7割の確率で勝敗予測が合致

 深夜の方向転換で導いたのが、「野球中継をよりエンターテインメント性の高いものとして、幅広い層に見てもらう」というもの。岡嵜さんは野球経験がなく小さい頃からサッカーに熱中していたという。そんな背景もあり、サッカーの中継で用いられることが多くなった「xG期待値(ゴール期待値)」に着目。

 この手法を野球に応用することができれば、より多くの視聴者に野球の魅力が伝えられるのではと考えたという。岡嵜さん以外の2人が、野球経験者であったこともあり、トラックマンデータなどをどのように活用すればいいかと考えていった。

 詳細な情報が詰まっているトラックマンデータをそのまま画面上に示すことは一番簡単だが、専門的な知識がないとわからないデータもある。それでは幅広い層には伝わらない。そこで、トラックマンデータとAIを組み合わせた勝敗予測を考えた。まず、トラックマンデータを特徴量マップに落とし込み、それをAIに予測AIを用いて、投手、打者のどちらが勝つ確率が高いかを数字として可視化していく。

 そして、今回支給された「第92回都市対抗野球大会決勝 東京ガスvsHonda熊本」のデータをもとに16シーンの勝敗予測(投手勝利数:8,打者勝利数:8)を実施。投手の勝利(アウトにするorストライク)の予測では、トラックマンデータには投手情報が豊富なこともあり、合致率が高かったと説明。一方打者の勝利(出塁するorボール)の予測は、打者に関する情報が少ないため、不一致が多くなったという。それでも、全体の約7割での一致を確認できた。つまり、この手法を活用することで野球中継のエンターテイメント性向上に大きく役立つことが証明できたとも言える。

 さらに、この手法が当たり前になれば、野球は知らないが,データ分析が好きな人が野球を知るきっかけとなり、ファンがプロの試合を分析し,その提案が実際に使用されることでプロとファンの距離が縮まり,根強いファンが増える要因にもなるとも説明してくれた。

NPBのトラックマンデータ一般公開は不可欠

 データ分析を足がかりに野球を好きになってもらう人も増えるという可能性も秘めると提案してくれた関西大学大学院チーム。データ野球の存在感が増す現代の野球界において、このような視点があることが今後の野球界の明るい未来をつくるものになるだろうという指標を示す形となった。その一方で、勝敗予測を多くの人に楽しんでもらうためには、NPBがトラックマンデータの一般公開を行うことが不可欠とも話してくれた。

 岡嵜さんは後日の追加取材で次のような話もしてくれた。

「自分たちの発表では、活用しきれなかったトラックマンデータも多かった。その点については、反省点として残っています。しかし、長年思っていたトラックマンデータの一般公開について提言できたことはよかったと思います。当日のシンポジウムでもメジャーリーグで公開されているものが、なぜ、日本のプロ野球では公開されていないかの議論もなされ、いろいろと勉強にもなったので、参加して本当によかったと思っています」

 野球中継でAIを活用した勝敗予測を行うテレビ局も出てきている。岡嵜さんも「これからトラックマンデータが一般公開されれば、より幅広い人が楽しめるものができあがると思います」と笑顔を見せた。

 高校までサッカーに熱中し、大学に入ってからは自分の興味のあるスポーツ分野で活躍することを目標に、さまざまな学習をしてきたという岡嵜さん。「好きなことにはとことん向き合う性格もあるので、好奇心をもって課題だったり研究だったりに取り組めています。社会人になってからも、スポーツにかかわる職業で、これまで培ってきた深層学習を生かせるように頑張りたい」。夢に向かって今も研究を続ける岡嵜さんの今後にも注目したい。

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