球都桐生の挑戦
日本には4つの「球都」、野球の都がある。
都市や地域を形容する呼称としてさまざまなものがあるが、球都はそのようなもの中のひとつ。野球が昔から盛んなまち、いわゆる「野球どころ」のまちのことで、群馬県桐生市、千葉県木更津市、福井県敦賀市、愛媛県松山市が、球都を標榜する4つの都市であるとされている。
群馬県南東部にある桐生市は、奈良時代から絹織物の産地として知られ、江戸時代には「西の西陣、東の桐生」と称されてきた。明治期には、西洋の技術を取り入れた機械化によって高級絹織物「羽二重」が誕生。洋服地としても使えるため諸外国に輸出されるようになり、外貨獲得に貢献した。
第一次世界大戦による急激な需要拡大などによって近代化が進み、大正時代には大企業が相次いで設立、昭和に入ると桐生は「織都」として成熟してきた。
一方、「球都」を標榜するように、野球に関する歴史的な実績も数多く残してきた。
市内には甲子園出場校が5校(桐生高校、桐生工業高校、樹徳高校、桐生第一高校、桐生商業高校)あり、中でも知将と呼ばれ、綿密なデータを活用した稲川東一郎監督率いる桐生高校は、夏13回、選抜11回出場し、準優勝が2回、ベスト4が2回という輝かしい成績を残し、「球都桐生」の礎を築いた。
1999年に甲子園で全国制覇を成し遂げた桐生第一高校の福田治男監督はじめ、大学野球の河原井正雄氏(青山学院大学)、プロ野球の渡辺久信氏(埼玉西武ライオンズ)、社会人野球の川島勝司氏(ヤマハ)と前野和博氏(東芝)、還暦野球の山田嵓氏(桐生OB)と、5つの各カテゴリーで日本一に導いた監督を輩出。
さらに、戦後初のプロ野球公式戦が行われた新川球場(現・新川公園)は、日本野球機構が定める「日本野球聖地・名所150選」に認定されている。
そんな桐生市では、2022年に、球都(きゅうと)の語呂に合わせて9月10日を「球都桐生の日」と制定。
2023年からは、野球をテーマにした公民連携による地域活性化事業を推進する「球都桐生プロジェクト」をスタートさせている。
「球都桐生」のブランドを活かした桐生市の地域活性化。
プロジェクトと市が保有する資産や資源を融合しながら「桐生ブランド」を訴求することによる桐生市の価値向上と魅力発信。
最先端の教育環境整備による健康な青少年の育成。
プロジェクトを通じた各種インフラやプラットフォームを整備し、さまざまな競技で活用できる環境を提供することによるスポーツの活性化。
これらを目的として、市民や民間が主体となり、財源確保や推進体制を協議しながら、公民連携による持続可能な手法をとることで、球都桐生プロジェクトを推進している。
桐生市スポーツマンシップ大使就任
桐生のまちでは、9月10日=球都桐生の日に合わせて「球都桐生ウィーク」を開催している。
昨年、2023年度には「東京六大学野球オールスターゲーム2023 in桐生」を関東で初開催して5,039人を動員。また、WBC2023優勝監督の栗山英樹氏をゲストにお招きしてシンポジウムを開催、筆者もパネリストの一人として登壇した。
そして今年も、「球都桐生ウィーク2024 ~野球がまちなかに溢れる20日間〜」と題して、野球を起点に「桐生野球力向上」「桐生ブランドの認知拡大」を図るさまざまな催しが企画された。
8月22日の「スポーツマンシップ講習会」を皮切りに、球都桐生の歴史を物語る貴重な品々が展示された「球都桐生展スペシャル2024」、早稲田大学野球部の小宮山悟監督と選手による「東京六大学野球 野球教室2024 早稲田大学編」、Baseball5日本代表や小島よしお氏がゲスト出演した「新川公園野球フェス2024」、球界の最新トレンドを語るゲストたちが次々と登壇した「トップランナーセミナー」、そして、川淵三郎氏、本橋麻里氏をパネリストとしてした「球都桐生ウィークシンポジウム2024」など、20日間にわたって数々のイベントが展開された。
このたび筆者は同市から「桐生市スポーツマンシップ大使」を委嘱されることとなったが、球都桐生ウィーク初日となる8月22日にその就任式が行われ、荒木恵司市長から委嘱状をいただいた。
そして、この就任式と併せて、「スポーツマンシップ講習会 〜スポーツを通じた『共育』的思考で人を育むまちづくり〜」というテーマで講演する機会をいただいた。
©球都桐生プロジェクト
「まちづくりは人づくり」という考え方に基づき、スポーツマンシップとは何かという言葉の定義から、これからの時代に求められるスポーツマン人材を育んでいくためのスポーツマンシップの活かし方、コーチ・教師・保護者・子どもたちなどすべての人が同じ方向を向いてスポーツマンシップを理解し合い実践する「共育」的思考が大切であることなどをお話しさせていただいた。
スポーツマンシップを核とした共育的思考でまちづくりに挑もうとする球都桐生で、その理念がさまざまな方々の幸せな人生に結びつき、野球やスポーツを通して未来を担う多くの人材を育み、よきまちづくりへとつながるように全力を尽くしたい。
©球都桐生プロジェクト
球都桐生ウィークシンポジウム2024
9月9日には、特別企画「球都桐生ウィークシンポジウム2024 〜スポーツを活用したまちづくりを考える〜」が開催された。
Jリーグ、Bリーグで初代チェアマンであり、昨年文化勲章を受章した日本サッカー協会相談役の川淵三郎氏、平昌オリンピックで日本カーリング史上初となる銅メダルを獲得した「ロコ・ソラーレ」代表理事の本橋麻里氏、荒木恵司桐生市長がパネリストとしてご登壇され、筆者はそのモデレーターを務めさせていただいた。
第1部では、川淵氏が「夢があるから強くなる」と題して講演。Jリーグ創設当時、茨城県鹿嶋市を中心とした小さなまちを「ホームタウン」とする鹿島アントラーズがいわゆる「オリジナル10」として名を連ねた際の経緯や、与論島にサッカースタジアムが建設されたエピソードなどを交えながら、「野球を中心にスポーツで桐生を活性化できれば、世界に発信することができる」「球都桐生を名乗るからには、週末にはまちのどこでも子どもたちが野球をやっている、そんなまちにしてほしい」と熱弁を振るった。
第2部のシンポジウムの中でも、川淵氏は「スポーツは人生を豊かにする。スポーツを愛するまち桐生になってほしい」と語るなど、子どもたちのためにグラスルーツとしてスポーツを根付かせる大切さを指摘。
スポーツがまちづくりに果たす役割などについても触れ、スポーツを愛する市民を増やすことが球都プロジェクトのめざすべき道であると話した。
また、カーリングで世界と戦ってきた本橋氏は、15歳で出場した世界ジュニア大会で、結果は最下位ながら、そのスポーツマンシップを表彰されて個人賞を受賞したことが競技人生の飛躍につながったと明かした。
「地元の方々がカーリングを応援してくれるのはありがたいこと」と、いわゆる「平成の大合併」によって旧常呂町が北見市に吸収されて「地元」が広がったことが追い風となって応援やサポートが増えたことにも言及。
ご子息がバスケットボールをしていることから、バスケットボールチームを創ったことにも触れながら、「『カーリングシティー北見』といわれると、他の競技をしている人はどう思うだろうかと気になる」という本音も語った。
一方で、「桐生で歴史がある野球を中心にさまざまなスポーツを引き上げることで、いろいろなアイデアを持った人が増え、いいまちにしていけるのでは」と、野球とその他の競技とのバランスについて考える視点も重要であるという見解を示した。
これを受けて、荒木市長は「野球はあくまで資源で、これを生かした地域活性化や青少年の健全育成が球都プロジェクトの目的」であることを強調し、税金ではなく、民間企業などの資金で運営していることも紹介しながら、「新しい公民連携のモデルケースにもなれれば」と期待を口にした。
「野球を含むスポーツ全体の底上げを図り、スポーツマンシップを持った人で溢れればよいまちになる」と話した、球都桐生プロジェクトの理念や目的についての理解をあらためて求めた。
川淵氏・本橋氏・荒木氏それぞれから伺った話を通して再確認できたことは、野球に携わる人たちが野球のことだけ考えていればよい世界観が広がっていくわけではなく、他競技に対する「尊重」の気持ちを抱き、新たなことにチャレンジする「勇気」を奮い、学び続けようとする「覚悟」があってこそ、結果としてよりよき野球界を実現していくことになるだろうということである。これはまちづくりに限った話ではない。
球都桐生の取り組みが、全国におけるスポーツにおけるまちづくりの例として、そして、野球を通してスポーツ界全体を、よりよき社会・世界を創っていくためのロールモデルの一つとなるよう、その一翼を担うべく、学び続け、挑戦し続けたいとあらためて考えている。
©球都桐生プロジェクト
中村聡宏(なかむら・あきひろ)
一般社団法人日本スポーツマンシップ協会 代表理事 会長
立教大学スポーツウエルネス学部 准教授
1973年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部卒。広告、出版、印刷、WEB、イベントなどを通してスポーツを中心に多分野の企画・制作・編集・運営に当たる。スポーツビジネス界の人材開発育成を目的とした「スポーツマネジメントスクール(SMS)」を企画・運営を担当、東京大学を皮切りに全国展開。2015年より千葉商科大学サービス創造学部に着任。2018年一般社団法人日本スポーツマンシップ協会を設立、代表理事・会長としてスポーツマンシップの普及・推進を行う。2023年より立教大学に新設されたスポーツウエルネス学部に着任。
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