
沖縄尚学高校が全国の頂点に
真夏の太陽が照りつけるなか、今年も49の代表校が集結した第107回全国高等学校野球選手権大会、いわゆる夏の甲子園大会が2025年8月5日から23日までの19日間にわたり阪神甲子園球場を舞台に開催された。
全国3,396チームの頂点に立ったのは、沖縄代表・沖縄尚学高校だった。夏の甲子園大会では初優勝という、新たな歴史を刻む快挙を成し遂げた。
比嘉公也監督率いる沖縄尚学は、金足農業(秋田)、鳴門(徳島)、仙台育英(宮城)との接戦を見事に制してベスト8進出を果たすと、準々決勝では東洋大姫路(兵庫)を相手に2対1で逃げ切り、準決勝では山梨学院(山梨)にリードを許しながら試合終盤に3点差を逆転、5対4と激闘を制して決勝へと駒を進めた。
迎えた決勝の対戦相手は、西東京代表・日本大学第三高校だった。試合は緊迫した投手戦となったが、沖縄尚学は先発した2年生の新垣有絃選手が1失点の好投を見せると、8回2死からは同じく2年生でエースの末吉良丞選手がマウンドに上がり、日大三打線を0点に封じた。一方、日大三の3年生エース近藤優樹選手は1対1の6回から登板。5安打を浴びて追加点を許したが、エースとして4イニングを投げ抜いた。粘り強い守備と効果的な攻撃で得点を重ねた沖縄尚学が3対1で勝利し、大会は幕を閉じた。
2010年の興南高校以来、沖縄県勢としては15年ぶり2度目の夏制覇。甲子園常連校ともいえる強豪校との接戦を次々に制した沖縄尚学高校の快進撃は実に見事だった。
戦いぶりはもちろん、激闘を終えた後にも話題を呼んだ感動のシーンがあった。整列した両チームが礼を終えると、背番号1をつけた笑顔の沖縄尚学・末吉選手と、涙を流す日大三・近藤選手が互いの健闘をたたえ合うように熱く抱擁する姿が大きな感動を呼んだ。
またその後、敗れた日大三ナインは、1塁側のアルプス席前で自校応援団に頭を下げると、次に3塁側の沖縄尚学のアルプス席にも一礼、さらにネット裏に向けても応援に感謝して頭を下げた。その後、グラウンド上で行われた沖縄尚学のインタビューには、みな整列して耳を傾けていた。敗れても相手をたたえ、感謝を忘れない姿勢は、SNSにも「Good Loser(グッドルーザー)」として多くの賛辞が並んだように人々の心をつかんだことだろう。
感動を呼んだグラウンド内外のドラマ
沖縄尚学そして沖縄尚学に敗れたチームのゲーム外での姿勢も大きな話題を呼んだ。
決勝戦後の優勝インタビューでは、沖縄尚学・真喜志拓斗主将が、インタビュアーからこの日が母親の誕生日であることを振られ、「今までこうやって甲子園で優勝できる自分にまで育ててくれて、ありがとうという言葉を伝えたいです」と答えた。アルプススタンドからは「ハッピーバースデー」の演奏もあり、「最高の親孝行」「一生忘れられない誕生日」などとSNSでも数多くの感動のコメントが寄せられた。
3回戦で敗れたのは、2年ぶりの出場となった仙台育英学園高校だった。3対3の同点で延長戦に突入したこの試合、タイブレーク形式の延長11回、失策と長打が重なり2点を失った仙台育英は、その裏を0点に抑え込まれゲームセットとなった。
激闘の末に敗れた仙台育英ナインは涙を流して悔しがっていたが、それでも沖縄尚学ナインが引き揚げる際には、仙台育英の列の先頭にいた須江航監督は一人一人に拍手を送りながら、「優勝だよ!」、「ありがとう」などと声をかけていた。仙台育英ナインも帽子をとって相手ナインを見送り、「頑張って!」などと声援を送った。須江監督がインタビューで語った「最高の負け方」という発言も、勝ちだけではない価値をあらためて教えてくれる。
昨年度の日本スポーツマンシップ大賞2024でグランプリに選出された指揮官の下で指導を受けているチームらしく、彼らが示してくれたGood Loserとしての姿勢は、今大会の中でも最も大きな反響を呼んだひとつのシーンだった。
また、グラウンド外でも友情物語が紡がれていた。
準優勝に輝いた日大三と1回戦で対戦し、2対3と接戦の末に敗れたのが、愛知代表として初出場を果たした豊橋中央高校だった。
同校は吹奏楽部の部員が少なく、愛知大会でも野球部員、保護者、学校関係者が声援と拍手だけで選手を鼓舞していたという。そのようななかで、豊橋中央・萩本将光監督が愛知大会決勝後の優勝インタビューで絶賛したのが、決勝で対戦した東邦高校のブラスバンドの迫力ある演奏だった。とくに、東邦の名物応援曲「戦闘開始〜SHOW TIME」は、「応援がすごかった」と選手たちが口を揃えるほど感銘を受けたという。
それがきっかけとなり、また「愛知代表として戦いたい」という思いから、豊橋中央高校は東邦高校にブラスバンドによる甲子園での応援を依頼。東邦高校も豊橋中央の熱烈なオファーを快諾し、すぐに協力することが決定した。
相手同士という関係性、依頼された全31曲のうち20曲が初演奏、わずか2日間という練習期間など、さまざまな難しい課題もあったが、東邦高校のマーチングバンド部は豊橋中央からの依頼に応え、懸命に準備を進めた。アルプススタンドでは、両校の生徒が一体となり力強い応援を響かせた。これもまた、勝敗を超えた高校野球の素晴らしさ、そしてスポーツマンシップを象徴するエピソードだったといえよう。
今大会のキャッチフレーズ「心をひとつに夢の先まで!」のとおり、優勝を果たした沖縄尚学の選手たちはもちろん、惜しくも準優勝に終わった日大三、そして甲子園の土を踏んだ全ての高校生たちの懸命なプレー、とりまくすべての登場人物たちの想いと行動が、私たちに多くの感動を与えてくれた。
輝かしい光に影を落とした出場辞退問題
決して明るいニュースばかりではなかった。
今大会、大きな話題を呼んだひとつが、1回戦に勝利しながら2回戦から出場辞退することになった広島代表・広陵高校野球部の問題だった。報道によれば、事の経緯は以下の通りである。
今年1月に野球部員による下級生への暴力を伴う不適切行為が発覚。同校から広島県高等学校野球連盟、さらに日本高校野球連盟へも報告がされ、3月上旬には厳重注意処分が下されるとともに、暴力行為を行った野球部員4人に対する1カ月間の公式戦出場停止という指導が行われた。一方、被害者である生徒は野球部を退部し3月末に転校。だが、保護者は「学校が確認した事実関係に誤りがある」として5月まで協議が続き、7月には警察に被害届を出したという。
広陵高校は広島予選に出場、甲子園大会への切符を手にしたが、その後、一連の事実がSNS上で告発され拡散されることとなった。それでも高野連は、解決済みの事案であるとして甲子園大会への出場を認め、広陵もまた辞退しない意向を示した。
しかしながら、高野連に報告されたという事実と、SNSで拡散されている暴力行為などの内容には大きな食い違いもあり、さらには、1月の事件における監督の関与や、別の事案で被害を訴えている生徒の存在も発覚するなど、広陵高校や同校野球部、そして高野連に関するSNS上での批判や誹謗中傷の流れは大きくなり、日本中が注目する大きな問題へと発展していった。
広陵高校野球部は、1回戦の旭川志峯(北北海道)戦では勝利したものの、2回戦の津田学園(三重)戦を前に出場辞退という判断を下すことになった。この一連の流れにおいて、野球部内で暴力行為を受けた被害者生徒とその家族、事件とは無関係な広陵野球部の選手と家族、一般生徒をはじめとする同校関係者、広島大会決勝で広陵に敗れた崇徳高校も含めて、この夏、広陵との戦いに関与した高校など、多くの高校生たちとその家族が傷つく事態となってしまった。
注目が集まる光が眩しければ眩しいほど、その舞台で起きるネガティブな出来事の影の暗さも強く感じられるものになる。本件の一連の流れについては、筆者自身、真実がどこにあるのか把握しきれていないのが事実で、正直なところはっきりと述べられることはない。
しかしながら、つねに教育の一環と位置づけられる高校野球において、多くの高校生たちやその家族が傷つくことになってしまった今回の事案について考えると、とりまく大人たちの責任は大きいと言わざるを得ない。もちろん、すべてはタラレバの結果論になってしまいがちだが、高校生たちを守るためにも、事実認定のあり方、処分基準のアップデート、それらを定めるための運営方針やガバナンス、情報発信のあり方などを含めて、関係するみなさんにとって抜本的な改善の機会となることを願っている。
若者たちの未来のために心を砕く
選手たちの安全を守るための暑熱対策も話題となった。昨年試験的に導入された、午後2時前後の最も暑い時間帯を避け、試合を「午前の部」と「夕方の部」に分けて開催するいわゆる「2部制」である。今大会でも拡大採用され、酷暑を避けるための運営がなされた。
日本高野連事務局長・井本亘氏および朝日新聞高校野球総合センター長(大会本部委員長)・志方浩文氏の会見によれば、熱中症等による救護室受診が減少したという一定の成果は認められたようだが、一方で、「2部制は雨にすごく弱い」ということも明らかになったという。1日をフルに使って4試合消化する場合、どこかで雨が降って中断したとしても、やんだ時に再開できる通常の試合運営に対して、5時間半以内に2試合を消化しなければならない2部制の場合は、雨予報の際により難しい判断が求められるという。この点は、来年度以降に向けてさらなる検討が進められることだろう。
また、2部制の導入によって、試合開始時刻は史上最も遅い19時49分、試合終了時刻も22時46分を記録した。高校生が夜遅い時間まで試合することに対する一部批判の声が上がったのも事実だ。これに対して、仙台育英・須江航監督が「人生最高の夜ふかしですよ。夏休みに友達と夜ふかししたんだっていう、最高の思い出じゃないですか。だから僕は肯定的に考えています」と発言されたことは好意的に受けとられていたようである。いずれにしても、2部制導入に対しては賛否両論あるというのが現状である。
どのようなすばらしい変革であっても、そこには必ず賛否両論がつきまとうものである。慎重になることも大切だが、現状維持は退化のはじまりという側面もある。慎重になりすぎるがゆえに、改善できないのも問題だ。失敗を恐れずに挑戦する勇気が大切であると若者たちに説く大人たちが、チャレンジすることを諦めてはいけないだろう。
Jリーグ、Bリーグを発足させた川淵三郎氏は、かつて「時期尚早と言う人間は、100年経っても時期尚早と言う。前例がないと言う人間は、200年経っても前例がないと言う」といってJリーグを設立した。
日本の高校野球界は、つねに賛否両論にさらされる。それはよくも悪くも、期待と注目の裏返しであるといえる。その意味でも、球数制限、道具の変更、暑熱対策、7回制導入への検討など、甲子園大会に関していろいろと試行錯誤に挑み始めている姿勢は高く評価されるべきだと考えている。やってみて、うまくいかなければ元に戻せばいいということだってあるだろう。
一方で、今回の出場辞退問題のように、外野が安易に口にするほど簡単ではない解決が難しい課題もある。しかし、それをただ放置するわけにもいくまい。いつの日かこの時代を振り返ったときに、あのとき真剣に向き合って乗り越えてよかったと思えるようにしていく必要があるだろう。
先人の積み上げてこられたものを大切に思えばこそ、ただ伝統を守るだけでなく、これまでの常識や既成概念に対してつねに疑問を持ちながらよりよい方向にアップデートしながら新たな伝統を創り出していく姿勢、そして、若者たちの未来が明るいものになるために変革することに挑戦していく勇気と覚悟が、いま私たち大人に求められている。
中村聡宏(なかむら・あきひろ)
一般社団法人日本スポーツマンシップ協会 代表理事 会長
立教大学スポーツウエルネス学部 准教授
1973年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部卒。広告、出版、印刷、WEB、イベントなどを通してスポーツを中心に多分野の企画・制作・編集・運営に当たる。スポーツビジネス界の人材開発育成を目的とした「スポーツマネジメントスクール(SMS)」を企画・運営を担当、東京大学を皮切りに全国展開。2015年より千葉商科大学サービス創造学部に着任。2018年一般社団法人日本スポーツマンシップ協会を設立、代表理事・会長としてスポーツマンシップの普及・推進を行う。2023年より立教大学に新設されたスポーツウエルネス学部に着任。2024年桐生市スポーツマンシップ大使に就任。
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