【スポーツマンシップを考える】勝者の条件、敗者の品格

世界を沸かせた熱狂の終幕と、私たちが掴むべき「本質」

 2026年7月。世界中を大きな興奮と感動の渦に巻き込んだFIFAワールドカップ2026北中米大会は、スペイン2回目の優勝で幕を閉じた。連覇をめざしたアルゼンチンは、リオネル・メッシ選手にボールを集めようとするも、スペインの堅い守備に阻まれ、ゴールを割ることはできなかった。

 森保一監督率いる日本代表「SAMURAI BLUE」は、F組2位でグループリーグを突破したものの、決勝トーナメント初戦で対戦したブラジルを相手に1−2と逆転で敗れ、ベスト32という結果に終わった。オランダ、チュニジア、スウェーデン、ブラジルと世界の強豪国を相手に繰り広げた勇敢な戦いぶりに清々しさを感じた人も多かっただろうが、一方で、優勝したスペインを筆頭に、アルゼンチン、イングランド、フランスなどなど、各国が見せたそのフィジカル、技術、規律など、世界の頂を極めるにはまだまだ道のりが険しいという印象も強く受けた。あらためて世界の壁を突きつけられた大会だったともいえる。

 スポーツにおいて、勝利(Win)をめざして全力を尽くすのは当然の前提である。世界最高峰を決める戦い「ワールドカップ」という舞台においては、勝利に対する価値や欲望は最大化する。ベスト32という結果を客観的に受け止め、敗北の悔しさとともに振り返り、今後につなげていくことが必要であることは当然のことであろう。一方で、このワールドカップという巨大なストーリーから私たちが受けとることができるのは、単なる結果だけではない。強豪に臆することなく自分たちが培ってきたフットボールを信じて立ち向かい続けたそのプロセス、勝敗の枠を越えてサッカーを愛するプレーヤー・ファンたちが互いをたたえ合った姿、スポーツがもたらす感動の力、真の「価値(Value)」を、私たちが再確認し、スポーツが社会に遺すべきことなのかもしれない。

 ワールドカップもまた、私たちがめざすべきスポーツマンに求められる3つの気持ち「尊重・勇気・覚悟」が、世界最高峰の舞台でいかに発揮されたのかを教えてくれる最高の教科書であった。だからこそ、この世界基準の輝きを、単なる「消費されるエンターテインメント」として終わらせてはならない。熱狂の先にある原理原則をあらためて学び、今度は私たちが向き合うグラウンドや日常生活へと還元させていく責務がある。

古き地図を捨て、夏の熱戦に挑むプレーヤーたちのために

 サッカー世界最高峰の戦いの裏で、その興奮を受け継ぐかのように、国内ではいよいよ高校野球の地方大会が本格化している。続々と甲子園出場校が決まっていく時期であり、全国各地のスタジアムが1年で最も暑い、熱い季節を迎えている。

 真夏の猛暑・炎天下で行われる高校野球には賛否両論がつきまとうが、それでも数々の暑熱対策が講じられたり、大会スケジュールにも休養日が設けられたりと、運営面においても年々さまざまな改善がもたらされている。

 そうしたなかで、ひとつ負ければ大会が終わるというトーナメントを戦うため、1敗も許されない過酷な戦いに挑む高校生たち、そして彼らを率いるコーチ・指導者のみなさんにとっては、これまで積み重ねてきた努力のすべてが試される文字通り「決戦の時」である。それゆえ私たちは、「勝利のみがすべて」という呪縛にとらわれがちである。

 しかしながら、このような極限状態での戦いが求められる真夏のトーナメントは、コーチ・指導者の「共育的思考」や視野の広さがより問われる時でもある。目先のたった一つの白星に執着するあまり、プレーヤーの身体の限界を無視して酷使したり、ミスをした子どもたちを感情的に怒鳴りつけたりするような「勝利至上主義」の呪縛に、いまだとらわれてはいないだろうか。

「彼らのために、私が正しいことを教えてあげている」

「チームを勝たせることが、彼らすべての幸せにつながっている」

 こういった指導者の思い込みや傲慢さが、子どもたちの明るい未来や、スポーツを一生涯の愉しみにすることから遠ざけてしまう。自らの思考を上から押しつけたり、自らの信じる正解を与えたりする指導が、若者たちの思考力や表現力を十分に伸ばすことなく、結果的に彼らがもつ未来の可能性を奪いかねないということを、今一度思い起こそう。

 この夏、若者たちに対して私たち大人が見せるべき背中は、審判の判定に不満を露わにしたり、対戦相手を「敵」としてみなしたりする姿ではない。どんなに苦しい局面であっても相手や仲間を「尊重」し、自ら考えて次のプレーに挑戦する「勇気」を発揮し、それらの結果をすべて受け止める「覚悟」を身につけること。こうしたことが若者たちの未来を明るい方向に導く真のコーチングへとつながり、勝敗以上に大切な人間的成長を促す最強の道ではないだろうか。

 事実、高校野球を観ているなかで、Good Winner、Good Loserとしてのふるまいを見せてくれる学校が増えてきているように感じている。ワールドカップ決勝後の乱闘劇とは対照的に、気持ちのいい姿勢を示してくれる高校生たち、そしてその指導に当たられている監督・コーチのみなさんには心より敬服したいと思う。

橋本聖子氏と語り合った「人間力なくして競技力なし」の真意

 2026年7月11日(土)、東京・日本橋において『スポーツマンシップ・デー2026』が開催された。「日本の未来におけるスポーツの社会的価値」や「指導者がもつべきリスペクトの精神」を深く掘り下げるための特別な時間をもつことができた。

 スペシャルゲストとして、日本オリンピック委員会(JOC)会長の橋本聖子氏をお迎えし、私がモデレーターを務める形でトークセッションが実現。過去にはオリンピックの舞台で世界の頂点を極めるライバルたちとしのぎを削り、現在は日本におけるスポーツ政策を推進するリーダーのひとりとして舵取りを担う橋本氏。その対話の中身は、まさに本質を突く智恵と感動に満ちあふれていた。

◆ 壮絶な持病との闘いと「病気とつきあう自律」

 1964年、東京1964オリンピックの年、開会式直前にこの世に生を授かった橋本氏は、その聖火から聖子の名がつけられたという。幼少期に見た札幌1972冬季オリンピックの聖火に魅せられスケートの道を志すが、その裏側には、小・中・高校と続いた壮絶な持病との闘いがあった。腎臓病、高校3年時にはストレスから呼吸筋が停止する「呼吸筋不全症」を併発。ケガであれば「全治◯ヶ月」と言われるように完治するが、全治・完治のない慢性疾患と向き合う苦しみのなかで、体質改善や腹式呼吸を試みながら、「自分の体・病気とどう上手につきあうか」を模索し続けてきたという。

 また、海外でイメージトレーニングやマインドコントロールを学び、「病気だからダメ」ではなく「健康だからこそ苦しい練習ができる」「病気があるからこそ自分の体と真剣に向き合える」と発想を転換させた。極限の環境下での自律心と発想力が、前人未到の夏冬オリンピック出場(7回)を果たす強靭なメンタリティの土台となったのである。

◆挑戦の葛藤と「勝つことの重み・責任」

 スピードスケートから自転車競技(夏)へ越境した際、周囲からは「その競技一筋でやってきた選手に失礼だ」「枠の横取りだ」という激しい批判もあり、自身の葛藤もあったという。だからこそ橋本氏は、「勝つことには凄まじい重みと怖さ、そして責任が伴う」ことを痛感したと語った。

 そのなかで、自らの満足を得るためには、勝利のプロセスも重要だという。相手がミスをして得た勝利では心が満たされないからこそ、互いに完璧な状態でぶつかり合いたい。最大の戦いは、自分自身に勝てるかどうか。勝った時こそ浮かれずに「反省」し、負けた相手の想いも背負って全力を尽くす。

 まさに、「勝って驕らず、負けて腐らず」である。この「勝者の覚悟」と「自分自身との戦い」という哲学は、勝利至上主義に陥りがちな現代のスポーツ現場に一石を投じるものだったといえる。

◆「スポーツができる幸せ」の実感

 高校時代、入院していた時に、リハビリセンターで障害をもちながらも明るく懸命に生きる子どもと過ごした体験談も非常に印象的だった。「五体満足でありながら病気に落ち込んでいた自分自身の小ささ」を痛感し、「スポーツができるから幸せなのか、できなくても幸せなのか」「何のために自分は復帰を目指すのか」を深く自問自答したという。

 この原体験があるからこそ、橋本氏は「人間力なくして競技力なし」という言葉を強く訴え続けている。単に勝つための技術を教え込むのではなく、一人の人間としての倫理観、自律、他者へのリスペクト、といった「人間力」の土台があってこそ、プレッシャーに負けない真の「競技力」が花開くということだろう。

◆ スポーツを「国の基盤(インフラ)」に

 対談終盤、話はスポーツの社会的価値へと広がっていく。橋本氏は、社会保障費の増大に対するスポーツ医科学を通じた「予防医療」「健康インフラ」としての役割を強く訴えた。さらには120万人を超える引きこもりや30万人を超える不登校の子どもたちに対し、スポーツを「観る」「支える」体験を通じて心と体を動かすことで、社会へと一歩踏み出す「心の処方箋」にしていく構想など、スポーツがもつ無限のポテンシャルを語った。

 対談のなかで、橋本氏が長年強く訴え続けている「人間力なくして競技力なし」という言葉の真意について、私たちは深く語り合った。競技力の向上を突き詰めることと、豊かな人間性を育むことは、決して矛盾するものではない。むしろ、一人の人間として他者を尊重し、自律的な思考を磨くという「徳」すなわち「スポーツマンシップ」の土台があってこそ、プレッシャーに負けない真の強さや、世界に通用する卓越した「競技力」が花開くのだという確信をあらためて共有することができたと感じている。

橋本聖子氏によるスペシャルゲストトーク

9月、球都・桐生へと繋ぐ「共育」のバトン

 『スポーツマンシップ・デー2026』のクライマックスは、「日本スポーツマンシップ大賞2026」の発表および表彰式だった。

 今年度のグランプリに輝いたのは、プロ野球・北海道日本ハムファイターズを率いる新庄剛志監督。「対戦相手とともに創る熱狂、エンターテイナーのスポーツマンシップ」が高く評価されての受賞となった。

スポーツそのものの構造・本質を深く理解する新庄監督だからこそ表現できるエンターテイナーとして、周囲に対するリスペクトを表現し続けている姿勢。勝敗を超えて対戦相手の好プレーを笑顔でたたえ合う姿、そして「ファンを愉しませる」という強い覚悟が、橋本氏が語った「人間力」、そして私たちがスポーツマンシップコーチアカデミーを通じて全国580人を超える仲間たちと共有してきたスポーツマンシップのOSそのものの体現であるといえよう。


日本スポーツマンシップ大賞2026 グランプリ 
新庄剛志監督 ©日刊スポーツ

 学生年代のヤングジェネレーション賞は、昨年7月の本コラムでも取り上げた「最高の大会に、と高校野球の常識を変えた異例の“提案型”選手宣誓」を行った慶應義塾高等学校野球部主将(当時。現・慶應義塾大学1年)の山田望意選手が選出された。ひとりの高校生が公の場で発したこの「提案」は、勝利を追求する緊張感の中に、相手を尊重し、競技そのものを愉しむというスポーツ本来の姿、スポーツマンシップの原点を呼び起こした。

日本スポーツマンシップ大賞2026 ヤングジェネレーション賞
山田望意選手

 そして、特別賞に選出されたのが、先日前人未到の5000勝を達成した日本中央競馬会所属の武豊騎手だ。勝利した後輩騎手への愛ある声がけや、B.LEAGUE・京都ハンナリーズの個人パートナー契約も行うなど、競馬界にとどまらずリーダーとしてスポーツマンシップを発揮する姿に、「勝利への執念を超え、スポーツの未来を拓くレジェンドの品格」が評価される形での受賞となった。

日本スポーツマンシップ2026 特別賞
武豊騎手

 また、この『スポーツマンシップ・デー2026』のイベント内では、580人を超えたスポーツマンシップコーチ3人による事例発表も行われた。登壇したのは、謝敷正吾氏 (桐南ポニー監督/株式会社オープンハウスグループ)、竹村幸氏(競泳元日本代表/パラリンピック日本代表コーチ)、井上隆氏(なごみ日和整体院 院長/親子スポーツマンシップ講師)。それぞれの立場で展開する、スポーツマンシップを活用した多様なチャレンジを紹介していただいた。

 なお、日本橋の地で研ぎ澄まされた情熱のバトンは、9月、次なる約束の地へと受け継がれていく。9月5日(土)には「球都桐生プロジェクト」を推進する群馬県桐生市で、「球都桐生ウィーク」の一環として『スポーツマンシップサミット in Kiryu 2026』が開催される。

 私は「桐生市スポーツマンシップ大使」を拝命しているが、古くから野球の街として栄え、独自の歴史と文化を紡いできた球都桐生で新しい時代に即した「共育」の風を吹き込むことには極めて大きな意義があると考えている。桐生には、長年にわたりスピードスケートで活躍し続けてきた髙木美帆氏とともに登壇させていただく予定である。

 「人間力を育むスポーツのチカラ」。

 地域に根ざした具体的な実践の場として、9月に桐生で多くのみなさんと語り合えることを愉しみにしている。

球都桐生プロジェクト公式Webサイ...
球都桐生ウィーク 9月10日の「球都桐生の日」を挟み、毎年恒例となった球都桐生ウィークを今年も開催いたします。今年のテーマは、「球都桐生からスポーツの未来を考える」です。 スポーツを...


中村聡宏(なかむら・あきひろ)

一般社団法人日本スポーツマンシップ協会 代表理事 会長

立教大学スポーツウエルネス学部 准教授

1973年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部卒。広告、出版、印刷、WEB、イベントなどを通してスポーツを中心に多分野の企画・制作・編集・運営に当たる。スポーツビジネス界の人材開発育成を目的とした「スポーツマネジメントスクール(SMS)」を企画・運営を担当、東京大学を皮切りに全国展開。2015年より千葉商科大学サービス創造学部に着任。2018年一般社団法人日本スポーツマンシップ協会を設立、代表理事・会長としてスポーツマンシップの普及・推進を行う。2023年より立教大学に新設されたスポーツウエルネス学部に着任。2024年桐生市スポーツマンシップ大使に就任。

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