佐賀の地で感じた、スポーツの新たな胎動
6月、全国各地で梅雨の季節を迎えている。練習や試合などグラウンドで思うようにプレーできない日数も増え、ミーティングをしたり、現状を見直したり、自らのコーチングのあり方を問い直したりといった時間が多くなる時期かもしれない。そのようななかで、私は5月16日・17日の2日間にわたり、SAGAアリーナで開催された「SSP NEXUS 2026」に登壇させていただく機会を得た。
佐賀県が推進する「SAGAスポーツピラミッド(SSP)構想」は、世界に挑戦するトップアスリートの育成を通じて、「する・観る・支える・育てる・稼ぐ」の切り口でスポーツ文化の裾野を拡大し、スポーツのチカラを活かした人づくり・地域づくりを進めるという、県が主導するプロジェクトである。今回のフォーラムは、佐賀県初のスポーツ学術フォーラムとして、県内外の有識者、研究者、ビジネス関係者などが一堂に会する記念すべき第1回目の開催となった。
フォーラム冒頭のメインセッションは、日本スポーツ政策推進機構会長の遠藤利明氏、元文部科学副大臣で衆議院議員の笠浩史氏、佐賀県知事の山口祥義氏がパネリスト、そして、早稲田大学教授の高橋義雄氏がモデレーターを務め、「これからの日本のスポーツ政策を語る」と題して行われた。
我が国のスポーツ政策を先導してきた方々が登壇し、これからの日本に求められるスポーツ政策について議論。地域の役割に期待される側面が大きいことが語られるとともに、山口知事からは「100年続くイベントにしていきたい」という言葉も飛び出した。
そのようななかで、私は2日目の第4分科会において、「スポーツを人に、まちに活かす」というテーマのもと、モデレーターを務めさせていただいた。パネリストにお迎えしたのは、車いすテニス選手の大谷桃子氏、R-body代表取締役の鈴木岳氏、そして佐賀アジアドリームズ創業者の山下翔一氏の3人。
世界と伍して戦うパラアスリート、トップアスリートから一般の方までライフパフォーマンスをサポートするスポーツ医学・コンディショニングの専門家、世界10カ国以上の野球連盟と連携して多国籍プロ野球球団を創業する経営者と、それぞれ異なる立場ながら、第一線で活躍する豪華な登壇者とともに、スポーツが持つ多面的な価値について深く議論を交わすことができた。
スポーツのチカラは「健康」「まちづくり」「シビックプライドの醸成」など多岐にわたるが、「スポーツをする」ことだけではなく、その先にある価値を理解し、推進していくことが大切である。
「自分さえよければいい」「自分の競技さえよければいい」という狭い縦割り意識にとらわれることなく、競技の枠、地域の枠、立場などの垣根を越えて、スポーツの価値をいかに言語化し、社会に、そしてさまざまな人々のウェルビーイングやコミュニティ形成に還元していくかを模索するディスカッションが繰り広げられた。
このフォーラムを通じて得ることができた多くの学びや気づきと、素晴らしい新たな出逢い。それは、まさに先月のコラムでも触れた競技の垣根を越えた「越境の学び」の重要性を改めて感じさせるものだった。
異なるバックグラウンドを持つ者同士が集い、志を共鳴させる空間は、人を、そして組織を根底から変える力がある。佐賀の地で得た確信と、新鮮なエネルギーを胸に、私たちは今、さらなる大きなうねりのなかに身を置いていることを実感した2日間だった。


オランダ戦の死闘と「もう一つのGood Game」
いよいよ、FIFAワールドカップ2026北中米大会が開幕した。
進化をめざし、「競技の壁」を越える。これは、先月のコラムテーマだったが、実践の舞台として、今、世界中が熱狂するこの大イベントはいい教科書だといえる。野球界をはじめ、すべてのコーチ・指導者が注目すべき、極めて象徴的なシーンが、日本代表の初戦となったオランダ代表との戦いのなかにあった。
この時、日本代表は文字通り満身創痍の窮地に立たされていた。前回のカタール大会から4年間、精神的支柱としてチームリーダーとして戦い続けてきたキャプテン・遠藤航選手が、負傷からの回復が見込めないという判断により戦線離脱を余儀なくされたのである。大黒柱を欠く苦しさのなかで、チームの動揺も大きく、戦術的にも精神的にも瓦解しかねない極限の逆境。それでも、遠藤選手に代わり新たにキャプテンに指名された板倉滉選手をはじめ、ピッチに立つ選手たちは自律を失うことはなかった。
前半は0対0で折り返したものの、後半、世界トップクラスの攻撃力を誇るオランダ代表に先行を許す。日本代表サムライブルーにとっては極めて苦しい展開のゲームだった。しかし、ピッチ上の選手たちは決して戦う姿勢を崩さず、勇気と覚悟を持って立ち向かい、中村敬斗選手、鎌田大地選手のゴールで2度にわたり追いつく実に粘り強い戦いぶりを体現してみせた。
強豪オランダに対して先に失点しながらも、最終的に2対2の引き分けに持ち込み、勝ち点1をもぎとったのである。
スタンドのファンや画面越しに声援を送る私たちの心を揺さぶったのは、単に「追いついた」という結果だけではない。リードされる困難な状況においても、臆することなく自律を保ち、互いを尊重し合いながら最高のパフォーマンスを引き出そうとしたそのプロセス、いわばスポーツマンシップの美しさであった。
死闘がもたらした興奮が冷めやらぬなか、この激闘の価値をさらに高めたのは、試合後の記者会見における森保一監督の姿勢とメッセージであった。指揮官は、キャプテン離脱という不運について遠藤選手自身の悔しい気持ちを慮りながら、そして劇的な同点劇にも慢心することなく、会見の最後、離席する前に目の前にいたオランダの記者たちへと視線を向け、極めて深い敬意と感謝のメッセージを紡ぎ出したのである。
「オランダの方々にも感謝申し上げたいと思っています。私自身、日本代表になったとき、当時プロはまだない時代でしたけど、ハンス・オフトさんというオランダ人のコーチに育てていただいた。私だけでなく、日本人の指導者が大きな影響を受けて、今の日本のサッカーの発展に繋がっています。また、私自身が直接教えていただいた監督としては、ビム・ヤンセン監督というオランダのレジェンドの監督も、Jリーグ広島の監督、そして、浦和のコーチもやっていただいて、日本サッカーに、本当に大きく貢献してくださったと思っています。ヤンセンさんはもうすでに亡くなられて、去年私自身もフェイエノールトのクラブハウスに彼が眠っているということをご家族の方々に聞いて、そこにお参りをさせていただきました。そのお二人だけでなくて、たくさんの指導者、選手の方々が、オランダから日本のレベルアップに貢献していただいたので感謝申し上げたいと思います。ありがとうございました。」
指揮官自らがこれまでの指導者人生において、オランダの偉大な指導者たちやそのフットボール哲学からどれほど大きな影響を受け、学び、インスピレーションを得てきたか。そして、それとともに、多くの日本人指導者が影響を受けてきたオランダ出身の指導者たちに対する、深い感謝の告白にほかならなかった。
この日の両国代表は、ピッチの上で激しく勝敗を競うライバル同士であったが、その根底では、自らを育ててくれたフットボール文化そのもの、そして対戦国が培ってきた指導の知恵に対して心からのリスペクトを捧げたのである。さらに森保監督は、対戦国のメディアに対して壁をつくることなく、鋭い質問を投げかける記者たちを「ともにラグジュアリーなフットボールの価値を世に伝える仲間」として接した。戦いを終え、ピッチの内外という垣根すらも超越し、最高のよきゲーム(Good Game)をともに創り上げたすべての存在にリスペクトを示すその姿は、まさにスポーツマンシップにおける「徳」の極みであった。まさに、私たちがめざすべきコーチの理想像そのものである。
国の威信をかけて戦うワールドカップでチームを率いる指揮官は、目の前の勝利(Win)に執着すべきである。しかし、それゆえ時に、相手を倒すべき「敵」としか見られなくなる傲慢さに囚われがちである。しかし、森保監督が示したのは、対戦相手やその国のフットボールに関わるすべての人々へのリスペクトであり、私たちに成長をもたらせてくれた大きな価値(Value)があるという真理に対する視点であった。
この「越境するリスペクト」の精神を、私たちは日々のグラウンドや組織のなかでいかに落とし込んでいけるだろうか。サッカー日本代表が見せてくれるこの気高い姿勢から、私たちは今こそ多くを学ぶべきであろう。
球都桐生ウィークへ向けて
世界基準のスポーツマンシップの輝きを目撃するなかで、私たちの次なる具体的なアクションの舞台が近づいている。
先月の本稿内でもお伝えしたように、ここで改めての告知となるが、来月2026年7月11日(土)に『スポーツマンシップ・デー2026』が東京・日本橋で開催される。今回のスペシャルゲストは、日本オリンピック委員会(JOC)会長の橋本聖子氏である。オリンピックの舞台で世界と戦い、「人間力なくして競技力なし」を掲げながら、スポーツの世界で、政治の世界でリーダーシップを発揮してきた彼女とともに、これからの日本におけるスポーツの社会的価値、そしてコーチ・指導者や社会全体が発揮すべきスポーツマンシップの精神を深掘りする。どのような話が展開されることになるのか、いまから愉しみである。
そして、この学びと情熱のバトンは、次なる約束の地へと受け継がれていくことになる。9月5日(土)、「球都桐生プロジェクト」を推進する群馬県桐生市で、「球都桐生ウィーク」の一環として「スポーツマンシップサミット in Kiryu 2026」が開催される。
桐生市は、古くから繊維のまち、そして野球のまちとして栄え、独自の歴史と文化を紡いできた場所である。2024年、私は「桐生市スポーツマンシップ大使」を拝命したが、この歴史ある球都において、スポーツマンシップの概念を活用した人づくり・まちづくりに挑む取り組みをご一緒させていただけていることには、極めて大きな意義があると考えている。
伝統をただ守るだけでなく、新しい時代に即した「共育」の風を吹き込む。スポーツマンシップ・デーで研ぎ澄まされた志を、地域に根ざした人づくり・まちづくりを実践する代表的な場として、桐生で同志が集い、大きなうねりへとつながっていくことを願っている。
佐賀での志と縁の共鳴、サッカーワールドカップの舞台でこれからも増えるであろうさまざまなエピソード、そして7月・9月と続いていくイベントのロードマップ。これらはすべて、個々の点ではなく、「よりよき未来を創る共育力」という一本の太い線で結ばれていくことになる。
コーチ・指導者、教員、保護者ら大人が、自らの競技などに基づく殻や、経験則という「古い地図」から解き放たれ、未来に向けて新たな景色を描いていくことを期待している。森保監督同様に、私たちもまた、さまざまな問題に対してつねに柔軟に向き合い、オープンマインドで学び続け、他者を尊重しながらアップデートしていく姿を後進たちに見せていくことが求められるだろう。「自らもまた、彼らとともにスポーツマンシップを学び、成長している」という共育的思考を胸に、新しいスポーツの未来を一緒に創り出そう。
それでは、みなさんと東京・日本橋で、群馬・桐生でお目にかかれることを、心から愉しみにしている。

▼スポーツマンシップ・デー2026


中村聡宏(なかむら・あきひろ)
一般社団法人日本スポーツマンシップ協会 代表理事 会長
立教大学スポーツウエルネス学部 准教授
1973年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部卒。広告、出版、印刷、WEB、イベントなどを通してスポーツを中心に多分野の企画・制作・編集・運営に当たる。スポーツビジネス界の人材開発育成を目的とした「スポーツマネジメントスクール(SMS)」を企画・運営を担当、東京大学を皮切りに全国展開。2015年より千葉商科大学サービス創造学部に着任。2018年一般社団法人日本スポーツマンシップ協会を設立、代表理事・会長としてスポーツマンシップの普及・推進を行う。2023年より立教大学に新設されたスポーツウエルネス学部に着任。2024年桐生市スポーツマンシップ大使に就任。

