中学野球の未来を守る“治療院” 全国を巡る「中学野球クリニック」が見つけた希望と課題

大きな転換点を迎えている中学野球。そうした中で日本野球協議会が今年2月にスタートさせたのが「中学野球クリニック」である。

プロ野球OBや社会人野球の指導者が全国各地へ足を運び、選手だけでなく指導者にも学びの機会を提供する新たな取り組みである。

8度の開催を終えた今、現場ではどのような変化が生まれているのか。そこから見えてきたのは、中学球児たちの可能性と野球界が向き合うべき課題だった。

(取材 / 文:白石怜平、表紙写真提供:BFJ)

中学野球の未来を守る“治療院”

「中学野球クリニック」は、日本野球協議会が推進する「中学球児応援プロジェクト」の一環として始まった。部活動の地域展開が進む変革期においても、中学生たちが安心して野球を始め、続けられる環境を整えるための支援策である。

プロ野球やアマチュア野球で実績を持つ講師陣が学校やクラブチームへ直接赴き、実技指導を行う。

最大の特徴は、主役である選手を最優先に考える“アスリートセンタード”の思想。選手自らが主体となって講師に相談し、解決方法に関するアドバイスをもらう“治療院”をイメージして「クリニック」と名付けられた。

指導対象は選手だけではない。現場の指導者にも学びの場を提供し、指導力やマネジメント力の向上も狙う。

今年2月7日に山梨県南部町でスタートし、年間19回を予定。5月31日の兵庫・西宮開催までに計8回を終えた。

5月31日の西宮開催分までで8回を行った(提供:BFJ)

“なぜ”を伝えることで生徒たちの主体性を引き出す

クリニックを支えるのは、プロ(NPB)とアマ(BFJ)の連携体制である。NPBはアカデミーコーチやOBを派遣し、アマ側は日本野球連盟(JABA)や、全日本大学野球連盟(JUBF)の各地区連盟と密に連携。その地域に根差した社会人チームや大学野球部から指導者を招聘している。

主催である全日本野球協会(BFJ)事務局の石井新氏は、その現場で強く感じた「一言で選手が変わる」指導の力について語った。

「講師の皆さんの教え方が印象的でした。本当に一言で選手が変わるんです。例えば玉置隆(元阪神)さんが投手を教えていた際に、高めに浮いてしまう投手に『目線を少し下げてみたら?』と伝えたんです。その後の球を見ていると、やはり大きな違いがありました」

他にもウォーミングアップなど準備段階から丁寧に説いている姿も見た石井氏は、「教え方」の本質を感じていた。

「なぜ必要なのかを納得感を持って説明できる方の指導法を拝見して、さすがだなと感じました。強制ではなく、『僕はこう思うし、なぜかと言ったらこうなるじゃん』と投げかける。

そうすると生徒自身も『なるほど』と納得して、不明点があれば質問もしていました。やはり『教え方』そして『“なぜ”を伝えられるか』が大事だと改めて思いました」

玉置氏が投手陣を教えた際の指導方法も印象深かったと語る(提供:BFJ)

実践形式も好評だった。中学生がプロ経験者に投げる、講師の球を打つ。そんな時間の中で、純粋に野球を楽しむ姿があった。

「『初めて教わった』という喜びや、『自分の考えが合っていたと確認できた』という声もありました。意外とプロや(中学野球指導者以外の)アマチュア指導者から教わる機会は少ないんだなと思いました」

直接聞くことで知った部活動改革の現在地と地域課題

また石井氏は、現場の反応を直接吸い上げることも収穫だったと語る。特に見えてきたのが、中学校の部活動改革(地域展開)の進捗についてだった。

「話を聞く中で特に考えが分かれていると感じたのは指導者の考え方です。先生方の中には『生徒のために』と部活動での指導に対して情熱を持っている指導者もいれば、顧問として部に関わることを負担に感じている先生方もいます。

先生方が携われない場所では、少年(学童)野球のチームがその卒業生を預かって中学のクラブチームを作ることで受け皿になる地域もあることが、各所で話を聞いて分かってきました」

柔軟に中学で野球をやる生徒の受け皿を作り出している(提供:BFJ)

また全国を回ることで感じたのが、地域独自で抱える課題である。その一つに、都市部と地方における交通網や移動手段の格差も浮き彫りになったという。

「交通網が発達している都市圏などであれば、数校集めて合同チームにせざるを得ない状況であっても、活動場所へのアクセスに関してはある程度各自で対応ができる様子でした。一方で非都市圏へ行けば、保護者の送迎が必須というところもある。ここがすごく難しい部分です。

合同チームを作るために何キロも離れた中学校の子たちと一緒にやるとなると、それだけ移動の距離も出てくる。

そうなると子どもたちだけで通える良さがなくなってしまいますし、競技継続にどう影響するのかが懸念としてあります。これは野球に限った話ではなく、どの部活動も同じ悩みを抱えていらっしゃいます」

クリニック開催の背景には、日本野球協議会の調査で見えた「中学から野球を始めた選手が33%」というデータがある。

競技人口減少が叫ばれる中、この数字は未来を考える上で重要な指標である。この数字の確度についても注視していた石井氏は、中学生から野球を始めた選手へのアプローチは、野球の裾野を広げる意味を持つと捉えている。

「まず3割という数字はある程度データ通りであると感じました。中学から始めた選手にとって大事なのは、試合に勝ちたいとか、その先の高校・大学・社会人野球・プロ野球の世界に行きたいなどということだけではありません。

純粋に野球を楽しみたい選手たちに対して、続けられる環境を整備することも重要だと思っています」

目的はさまざまでも野球を続けられる環境を構築する(提供:BFJ)

クリニックを通じて高めたい指導者のマインドセット

野球を継続するうえで長年の課題となっているのが指導者の在り方である。

本クリニックでは上述の通り指導者にとっても学びの場になることを目的に置いており、多くの指導者は講師の指導を見て引き出しを増やしたい想いで参加している。ただ、中には違う観点で参加している指導者もいたと石井氏は明かす。

「指導者の多くは講師の指導方法を見て学びたいという方です。教え方はそれぞれなので、一度自分で試してみて合わなければやめたらいい。今はそのような考え方の傾向が強くなってきていると思います。

ただ一方で、『自分が普段している指導方法から大きく逸れないようにやってほしいと』講師にリクエストするケースもありました。一回のクリニックで違うことを教えられた選手が混乱することを避けたいという意図かもしれません。

そのような考え方は、ある意味で正しいのかもしれないですが、重要な点は、『それが指導者本位なのか、あるいは選手本位なのか』だと思います」

クリニックは指導者にとっても学びの場になっている(提供:BFJ)

少子化やスポーツの多様化によって、以前のように野球だけを選ぶ環境ではないかもしれない。ただ、時代や環境という言葉だけで片づけてはいけないとも考えている。

「人口減少と競技の多様化は外的要因です。人口減少に比例して競技人口が減ることは、致し方ないことだと思います。むしろ、スポーツに限らず様々なことにチャレンジしたいという気概が生まれたり、選択肢が多様化することは子どもたちにとって大きなプラスです。

その上で野球を続けられなくなった問題が外的要因なのか、大人が自分たちで起こしてしまった結果、つまり“野球を辞めたいと思わせてしまった”かどうかです。未だに自分本位の指導者がいるというのが、実際にアンケートでも『野球をやめたいと思った』要因として挙がっています。

クリニックで指導者に向けて学びの場としたのは、そういった背景もあります。我々としても、このような実態があることを直視しなければなりません。

野球人口が増え続けていた過去を振り返るのではなく、今こそ野球というスポーツがどのような価値を生めるのかを、未来へ向けた視点で考えるチャンスだと考えています」

中学生そして指導者にとって“チャンス”でもある(提供:BFJ)

主催者である日本野球協議会が見据えるのは、各地域が自走できる仕組みである。都道府県の野球協議会、あるいはそれに相当する組織や共同体がハブとなり、NPBや社会人、独立リーグなど各カテゴリーが手を組んで野球資源をつなぐことを理想に掲げている。

いよいよスタートした中学野球クリニック。現場を回る中で見えてきたのは、選手の変化・指導者の学び・地域ごとの課題そして野球界が向き合うべき大人の責任だった。石井氏は最後に、このように語った。

「勝利を目指すことは子どもたちの成長において大切な要素です。その一方で、スポーツの語源には『日常の生活から離れて気分転換をする』つまり“非日常を楽しむ意味”も含まれます。

少なくともその意味を含む小学生や中学生そして高校生もでしょうか、これらの年代は勝利自体が“至上命題”になってはならないと思います。

一生懸命な大人の”勝ちたい”がいつの間にか子どもの”勝ちたい”にすり替わり、大人の目的が無意識に子どもたちに押しつけていることも少なくありません。

子どもの主体性を尊重して野球に心から夢中になれる環境を構築するためには、大人がどう向き合うかが重要だと考えています。なので実際に現場で活動されている皆さんの声の大切にしたいのです」

今後も現場の声を大切に全国へと展開していく(提供:BFJ)

中学野球は高校野球やその先へ進むための単なる通過点ではない。野球を始める入口であり、続けるかどうかを決める分岐点でもある。

中学球児応援プロジェクトはその大切な年代に光を当て、全国各地で新たな接点を生み出し始めている。

(了)

この記事をシェアする
  • URLをコピーしました!