【BCC/野球指導者講習会レポート】熱中症対策は“知識”だけで防げない パネルディスカッションで浮かび上がった現場のリアル

全日本野球協会(BFJ)が主催する「2025年度 野球指導者講習会(BCC)」。座学プログラムの最後にはパネルディスカッションも開催された。

例年、技術論や育成論に加えて指導現場の安全を支えるテーマについても議論が交わされている。その一つが、25年度のテーマである「暑熱環境下における熱中症対策」である。

今回のパネルディスカッションには、公益財団法人日本スポーツ協会の青野博氏・花咲徳栄高校硬式野球部監督の岩井隆氏・国際武道大学の笠原政志氏が登壇。

研究・医科学・高校野球の現場という異なる立場から、それぞれの知見と実践が共有された。

(取材 / 文:白石怜平)

手掌冷却で考慮すべきこととは?

ディスカッションの序盤で焦点となったのが、「手掌冷却」だった。

これは直前に行われた事前講義で青野氏が解説しており、「この部位には特殊な血管があり、冷やした血液が体の中心部に戻ることで効率的に体を冷やすことができます」と、全身を冷やさずとも効果が得られる方法として提示されていた。

青野氏は目安として15℃前後が適切だとし、「氷をバケツいっぱいに入れる必要はない」と補足した。さらに、短時間でも一定の効果は見込めるため、イニングの間など限られた時間でも導入余地はあるとした。

講義で手掌冷却について説明した青野氏

この話を受けた笠原氏も、自身の深部体温計測の経験から「やはり10分ぐらいないと、なかなか冷えないなと私も実験した立場で感じていました」としつつ、温度設定の重要性を強調した。

「冷たすぎると血管収縮しちゃうんですね。そうすると、血液を冷やしたいのに結局冷えない」

一方で、たとえ深部体温を下げるには時間が足りなくても、「冷たい」「気持ちいい」という感覚自体に心理的なプラス効果があると指摘。

「2分や5分では意味がないからやらない、ではなく、やって気持ちが楽になるなら全然いい」と、現場感覚も交えて語った。

ここで見えてきたのは手掌冷却は単なる知識ではなく、“どの温度で・どの時間・どの場面で行うか”が合わさって初めて機能するということだった。

笠原氏も温度設定といった重要な項目を述べた

では、野球の現場で手掌冷却は活用されているのか。

岩井氏は「うちも練習試合の時にやりました。でも、うちのピッチャーの子たちにはちょっと当てはまらなかったです」と、その難しさを語った。

理由は、投手が持つ指先の感覚や革ボールの滑り、急激な乾燥感。球を操る上で重要な要素に影響が出る可能性があるためである。

「ピッチャーって、指をすごく繊細に感じてるんです。手を濡らすことでボールが滑るんじゃないか、という感覚もあります」

実際に試した結果、ロージンバッグを頻繁に使うようになったり、マメに影響したりするケースもあったという。もちろん、それが手掌冷却だけの影響と断定はできないとしつつも、岩井氏は現場での所感を述べた。

投手で手掌冷却が合わない選手もいたと岩井氏は明かした

一方で、グラブ側の手であれば問題ない可能性にも触れたが、少なくとも“理論上いい方法だから全員が取り入れるべき”という話ではない一つの例だった。

笠原氏もこれに同意し、「高校生以上になると、やはり投げる方の手を嫌がる選手はいる」と指摘。その上で、「必ずトライアルをして、いきなり本番は避けるべき」と私見を語った。

現場の感触に笠原氏も理解を示していた

つまり大事なのは、正しい方法を一律で押し付けることではなく、選手ごとの反応を見ながら調整すること。熱中症対策においても、個別対応の視点は不可欠である。

甲子園のクーリングタイムは“冷やすだけ”か

ディスカッションでは、甲子園でも導入されているクーリングタイムについても話が及んだ。

岩井氏は、経験上「一回戦が一番怖い」と語る。アップ不足も一因だが、朝の湿度や風の弱さなども重なり、足をつる選手が出やすい感覚があるという。これを受け、青野氏は午前中の身体機能の特性にも触れた。

「一日のサイクルとしては、夕方から夜の辺りが一番敏感になってますので、体全体のパフォーマンスは午前中の時間帯は比較的低いんです。暑さに対する耐性も少し下がっていると考えた方がいいです」

さらに、クーリングタイムで問題になるのは“冷やしすぎ”だと青野氏は指摘する。

「深部体温はできるだけ下げておきたいんですけれども、筋肉は適度な温度まで戻したいです」

つまり、クーリングタイムの中盤まではしっかり冷やすとしても、最後の数分は再び体を動かし、筋温を適度に戻した状態でプレーへ入るべきという考え方である。

実際、導入後しばらくして甲子園でクーリングタイムの後にキャッチボールやダッシュをするチームが見られたのは、理にかなっていると評価した。

クーリングタイムでの“冷やしすぎ”に警鐘を鳴らした

笠原氏もサッカーやラグビーのハーフタイムの研究を例に挙げ補足。「10分間しっかり冷やした後に走らせると、逆にパフォーマンスが落ちるケースがある」と説明した。

選手本人は“パフォーマンスを出せるつもり”でプレーしてしまうため、そのズレがトラブルを招く可能性があるという。

「体温を下げることは大事です。ただ、下げた分だけある程度元に戻すこと、もしくは下げすぎないことに気をつける必要があります」

熱中症対策は冷やすこと自体が目的ではない。安全とパフォーマンスの両立を図るための設計が必要であることが、このやり取りから見えてきた。

野球文化の改革に向けた名将の考え

議論は個別の対策だけでなく、高校野球文化そのものの見直しにも及んだ。

岩井氏は講義から繰り返すように、「45分までいったら一回切るとか、イニングじゃなくて時間で切っていった方が、生徒の体の負担は少なくなるんじゃないか」という考えを示した。

もちろん興行面や競技文化の問題もあり、すぐに制度を変えられるものではない。それでも、暑熱環境が大きく変わった今、従来の形式が本当に最適なのかを問い直す必要性は確かにあった。

また、服装についても岩井氏は言及した。U-18日本代表で海外を経験した際、海外では半袖短パンでアップすることが一般的であり、日本のように最初から試合と同じ格好で準備する文化とは異なるという。

海外と比較し、文化の違いについても触れた

これは青野氏らも同意するところで、暑い時期のアップでは、まず涼しい格好で個別に準備し、そこから試合へ切り替える方が理にかなっているのではないかという視点が示された。

「昔と今では気候が違う。その前提で、野球の文化自体も少し変えていく必要があると考えています」

成長過程の選手に向けて持つべき視点

後半では、過去に熱中症になった選手への向き合い方も話題になった。

アメリカの研究機関における発表では、過去に熱中症を起こした選手はリスクファクターになり得ることが説明された一方で、それだけで将来を悲観する必要はないとも語られた。

特に中学生年代は、内臓や循環機能がまだ発達途上にあり、大人と同じ基準で考えるべきではないと青野氏は述べた。

「中学生、高校生はまだ成長の途中です。小さな大人ではなく、まだ未完成な存在なんだということを念頭に置いてほしい」

つまり、一度の出来事だけで「この子は暑さに弱い」と決めつけるのではなく、成長過程も含めて見守る視点が必要になる。

今回のパネルディスカッションを通じて明確になったのは、熱中症対策を「どのように設計するか」を検討するタイミングに入っていることだった。

手掌冷却一つとっても、温度・時間・年代・ポジションで適否が変わる。クーリングタイムもただ冷やせばよいわけではなく、戻し方まで含めて考えることが重要となってくる。

指導者にとって学びの深い時間となった

さらに、アップの服装や試合の区切り方といった競技文化そのものも、見直しの対象になり始めている。現場に必要なのは、理論をそのままなぞることではない。

大切なのは、その理論を理解した上で自分たちの現場に合う形へ翻訳して試し、そして修正し続けることである。

今回のディスカッションは、その作業こそが指導者の役割であることを、改めて認識する時間となった。

(了)

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