1月に2日間行われた全日本野球協会(BFJ)が主催する「2025年度 野球指導者講習会(BCC)」。
座学プログラムの一つに「フィジカル」のプログラムが組まれた。
この講義では、選手のパフォーマンスを支える身体的要素について、基礎から実践まで体系的に整理された。
日本体育大学の関口匠哉氏が講師を務め、トレーニングの原理・原則、柔軟性、さらには指導現場で陥りがちな誤解まで、多角的な視点での解説が行われた。
トレーニングは3つの原理と5つの原則がある
今回の講師は、日本体育大学の関口匠哉助教が担当。同大で元侍ジャパンヘッドトレーナーの河野徳良氏に代わり登壇した。
本講義では「トレーニングとは」「柔軟性」「弛緩性」「姿勢(アライメント)」「正しい動作」の5項目に沿って展開する。
最初の「トレーニングとは」で関口氏は3原理・5原則を示し、「怪我の予防であったり、効率よくトレーニング効果を得られる考え方です」と述べる。


関口氏がここで強調したのは、年代に合わせた「適時性」の重要性である。
「小学生・中学生・高校生・それぞれでやはり向上しやすい能力というのは変わっていきます。その年代に合った、伸ばしやすい能力を目的としたトレーニングを実施していく必要があります」
また、トレーニングは常に前日より高い負荷を与える「過負荷(オーバーロード)の原理」が前提となるが、ここで重要なのが「超回復」のマネジメントである。
トレーニングを行うと、一時的にパフォーマンスは低下する。そこから適切な休息を経て、元の水準を超える「超回復」が起こる。
理想は、回復しきったタイミングで次の負荷を与えることだが、もし回復前に追い込んでしまった場合、逆効果になると指摘する。
「練習をしました。疲労があってパフォーマンスが落ちます。そこから回復していくと、元の水準よりも少し上のレベルまで回復します。
その状態でまた負荷を与えてあげると、少しずつ能力が上がっていく。これが理想です。逆に、回復する前にまたトレーニングをしてしまうと、だんだんだんだんパフォーマンスが落ちていってしまうのです」
関口氏は、指導者と選手の「疲労感のギャップ」にも言及した。
「指導者側は『今日は量を落としたから大丈夫だろう』と思っていても、選手自身は『すごいしんどいな』と感じている。このギャップが生じてしまうと、パフォーマンスは上がっていきません」
その解決策として、毎日「10段階の疲労度チェック」を記録させるなど、選手の主観的な体調を可視化することの重要性を説いた。
トレーニングは“連動性”を意識する
続けて関口氏はある課題を提示した。
「筋力エクササイズは常にスポーツ動作に反映することを念頭に考える必要がある。 ですがスポーツの向上に結びつかないことも多いです」
その要因となっているのが、個別の筋肉を鍛えすぎてしまうこと。ある部位だけ集中的に鍛えてしまうことで、野球の動き(運動連鎖=キネティックチェーン)を阻害する可能性がある」と指摘する。
ここでは巨大な大胸筋を持つボディビルダーや、アニメのキャラクターを例とし、形態的なボリュームが大きすぎることによる問題点を解説した。
「よく『筋肉をつけると可動域が狭くなる』と言われますが、しっかりトレーニングをすれば可動域も広がります。問題は筋肉の“ボリューム”です。
ボリュームが大きくなりすぎると、野球で投げる動作において連動的な動きをするのが難しくなってしまいます。
体の末端を太くすると、回転運動がしづらくなります。競走馬を見ても、足先になるほど細くなっている。先が太くなってしまうと、動きが悪く回転しづらくなってパフォーマンスが落ちてしまう。
例えば前腕をひたすら鍛えようという考えの方がいれば、少しそこを考え直していただいてもいいかもしれません」

個別の筋を鍛えるのではなく、運動連鎖を阻害しないように動きの中で鍛える。これがフィジカルの基本と説いた関口氏。野球におけるトレーニングで意識する点については以下のように語った。
「基本的にはいい動作・いい投球フォーム・いいバッティングフォームの練習を続けてれば、野球に必要な筋肉が鍛えられます。ですのでベースは動作として鍛えることが大切です」

柔軟性や弛緩性は「高ければ良いわけではない」
2つ目のトピックである柔軟性へと移る。関口氏はまず、「柔軟性が高ければ高いほどいいっていうわけではありません」と陥りがちな考えに一石を投じた。
「動作範囲を広げ、パフォーマンスを積極的に助けるという意味では、すごく可動域はあるに越したことはないですけども、反対に柔軟性が過剰に高い場合は、関節の損傷や筋への負担が大きくなることも考えられます」
ここで、河野氏が帯同した2023年のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)に帯同した際のエピソードを紹介した。
「ダルビッシュ有投手の体をチェックした時に、股関節の外転角度がすごい硬かったそうです。ですが、実際に足を投球方向に向けた時の可動域は、ものすごく広かった。これは投球動作に特化した体になっているということです。
トップ選手というのは、必要なところは可動域が広いけれど、必要じゃないところは硬さがある。投手としては最高の体ではないかと河野も述べていました」

弛緩性についての講義では、受講者が自身の「手首の弛緩性」をチェック。親指を腕の方へ曲げ、前腕につく場合は弛緩性「あり」と判定される。一見良いことのように見えるが、あるリスクがあるという。
「肘がいわゆる“猿手”のように15度以上伸びてしまうような弛緩性は、MCL(内側側副靭帯)へのストレスを高め、トミー・ジョン手術のリスクにもつながります。膝においても、人より伸びてしまうことは靭帯損傷のリスクは高まります」
弛緩性が高い選手が過剰にストレッチをすると、むしろ大怪我の可能性を高めてしまう。ここで対処法を明かしてくれた。
「ベンチプレスやスクワットのように、肘を曲げる筋肉と伸ばす筋肉を鍛える“コントラクション(同時収縮)”を意識したトレーニングが有効です。
正しい動的アライメント(姿勢)や動作の習得に関しては、膝が人より内に入ってしまうとか、流れてしまう分、股関節でしっかり止まる動作を指導する必要があると考えています」

良い姿勢は故障防止や心理的安定性にもつながる
講義の後半は「姿勢(アライメント)」について。人間の体にはポイントがあると話す関口氏は、いい姿勢の定義を明らかにした。
「体にはポイントがあります。 頭の後ろから外くるぶしまで、これを結んだら一直線であればいい姿勢と判断がすることができます」

関口氏は姿勢について主に3つのパターンがあるとした。骨盤が斜め後ろに反れている姿勢が猫背気味、斜め前に倒れていると逆に胸が反れている形、そして真っ直ぐの姿勢に分けられる。※下図参照
特に良くないとされる猫背気味やその逆の姿勢の影響について、野球の動作に当てはめて説明した。
「(下図の)一番左ですとこの状態から体を前に倒した時に腰を痛めやすくなります。 逆に骨盤が後ろに反っているので背中を倒しやすくなり、打つ動作とか投げる動作っていうのはしやすいんですが、かがむ動作はやりにくいので、守備で構える時には腰に負担がかかります。
逆に図の真ん中に関してはよく反り腰と言われるものですけども、元々反ってしまうので、さらに後ろに反る動作がすごく痛い。 逆に前にかがむ動きっていうのは楽です。
なのでこの姿勢は基本的に常に反っている状態で腰に負担がかかっているので、何もしなくても腰が痛くなってしまうイメージです」

姿勢の悪さは、他の部位や心理的にも影響を及ぼすと指摘した関口氏。
これらの姿勢だと、良い姿勢の時よりも腕は上がらない状態となるが、その状態から無理やり上げる動作が都度発生するため、肩や肘の怪我にもつながると警鐘を鳴らす。
心理的な部分については、指導者の言葉といった要因も加わってくると述べた。
「緊張すると肩が上がってしまうので腕が上がりにくくなります。 例えば恐い指導者がいて、『怒られてしまう』となると、姿勢が悪くなってパフォーマンスがより悪化する連鎖になったりもします。
ですので、指導者の方の一声にも姿勢やパフォーマンスにつながっていく可能性があることをお伝えしたいです。

投打における正しい動作の例
そして最後は「正しい動作」。講義では投手・打者の動きについて細かく解説がなされた。本稿ではその一部を紹介する。
まず投手において投球フォームでの正しい動作を関口氏はこのように説いた。
「野球や他競技も含めて、基本的には肩と肘を結んだ時に一直線になるのが正しいフォームになります。
投手では体を倒して上から投げれるような形を作るのが理想です。 肩のラインと肘のラインを一直線に結んで投げれるようにする。アンダースローであっても考え方は同じです」


打撃ではよく教わるとされる“腰を回せ”という表現。しかし、これは学術的に危険な表現となり得るとした。
「腰を回すとよく言いますが、解剖学的には腰(腰椎)は回旋しない骨になります。可動域は5°くらいしかありません。
無理に腰だけを回そうと意識しすぎると、腰椎分離症などを引き起こします。中学生や小学生で気づいたら分離症になっている選手が多いのは、このためです」
では、何が回転の主役なのか。それは「股関節」であると関口氏は語った。
「イメージとしては股関節を内側に回す『内旋』。この動きから始めるのが理想です。股関節が回って、骨盤が回って、その結果として腕が出てくる。下から上への連動(上向性運動連鎖)が大切なのです」
終盤では質疑応答の時間が設けられ、インタラクティブな内容にもなった。
選手の感覚を無視せず、解剖学的な根拠に基づいて動作を修正していく講義は、指導者が持つべき指針として本講義では示された。

