「勝つ」と「育てる」。
指導者であれば誰もが一度は直面する問いではないだろうか。
「勝つための采配」を取るべきか。
それとも「選手を育てるための起用」を優先するべきか。
前回、WBCベネズエラ優勝を入り口に、MLB型と日本型の育成の違いについて考えた。
ベネズエラは「MLBで稼ぐためのベースボール」。
日本は「各カテゴリーで勝ち上がることを目指す野球」。
その違いは、現場の意思決定にも表れているのではないだろうか。
最も象徴的なのが、選手起用である。
試合に勝つためには、その時点で最も力のある選手を使うのが合理的である。
一方で、育成を重視するのであれば、将来性のある選手に経験を積ませる必要がある。
この2つは、多くの場合、同時には成立しない。
つまり現場では、「勝つための最適解」と「育てるための最適解」の間で、常に判断を迫られている。
では、この二項対立は本当に解決できないものなのだろうか。
そのヒントの一つとして、ポニーリーグの仕組みは興味深い。
ポニーリーグでは、同一組織内で複数チームを持つことができ、それぞれのチームが大会に出場することが認められている。
例えば30人の選手がいれば、15人ずつに分けて2チームとして大会に出場することも可能である。
この仕組みが持つ意味は小さくない。
学童や中学世代では、選手の成長速度や成長曲線は大きく異なる。中学1年生の段階では体が小さく、試合に出る機会が限られる選手もいる。
しかしその選手が中学3年生で大きく成長したとしても、それまでに十分な試合経験を積めていなければ、本来の力を発揮することは難しいのではないだろうか。
一方で、複数チームを持つことができれば、早い段階から試合経験を積むことができる。
この差は、後になって大きく表れてくる可能性がある。
つまり、「勝つチーム」と「育てるチーム」を構造として分けることも一つの選択肢ではないだろうか。
ここで思い出されるのが、元千葉ロッテマリーンズ監督のボビー・バレンタイン氏との会話である。
その中で、こんな問いを投げかけられた。
「日本では、中学生の段階からチームプレーの練習をしているのか?」
アメリカでは、中学生年代は個人スキルの向上に重点が置かれるという。週末には試合も行われるが、即席チームでのゲームが多く、勝敗そのものはそれほど重視されない。
本格的なチーム戦術や連携プレーは、高校年代、あるいは大学年代に入ってから学ぶことが一般的なのだという。
その背景には、こんな考え方がある。
「スキルが十分でない段階で、チーム戦術を教えて意味があるのだろうか。」
もちろん、これは文化の違いでもある。
日本の野球は、チームプレーを重視する文化の中で発展してきた。
しかしこの問いは、私たちに一つの示唆を与えているのではないだろうか。
それは、「育成の順序は本当にこれでよいのか」という問いである。
改めて考えてみたい。
「勝つ」と「育てる」は、本当に対立するものなのだろうか。
もしかすると問題は、両立できるかどうかではなく、「どのように設計するか」なのではないだろうか。
例えば、試合の中で役割を分ける。大会ごとに育成の位置づけを変える。シーズン全体で成長機会を設計する。
そして、必要に応じてチーム構造そのものを変える。
重要なのは、偶然に任せるのではなく、意図を持って設計することである。
そしてその意図は、選手や保護者にも共有される必要がある。
なぜこの起用なのか。
なぜこの役割なのか。
それが説明できる状態にあるかどうかが、育成と勝利をつなぐ鍵になるのではないだろうか。
前回触れたように、日本の野球は「勝ち上がること」を軸に発展してきた。
その価値は、これからも変わらないだろう。
しかし同時に、個の力をどう伸ばしていくのかという視点も、これまで以上に重要になっているのではないだろうか。
そしてもう一つ、見逃せない変化がある。
データの時代である。
たとえチームとして大会で勝ち上がれなかったとしても、「個」のデータによって評価され、より高いレベルの環境でさらなる成長の機会を得ることができるようになってきている。
チームの勝敗だけが、選手の価値を決める時代ではなくなりつつあるのかもしれない。
この変化は、「勝つ」と「育てる」という関係そのものにも、新たな可能性をもたらしているのではないだろうか。
その両方をどう扱うのか。その問いに向き合うことこそが、これからの指導者に求められているのではないだろうか。
その選択は、どちらが正しいかという問題ではない。
どのように設計するのか、という問いなのではないだろうか。
そしてその設計の積み重ねが、やがて日本野球の未来を形作っていくのかもしれない。
Homebase編集長 荒木 重雄
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