全日本野球協会が主催する「2025年度 野球指導者講習会(BCC)」。
昨年度も2日間にわたり開催された講習では、実技編に加えて座学編も例年通り用意された。
座学プログラムの最初はコーチングについて講義を行った。ここで展開されたのは、経験や感覚に依存しない再現性あるコーチングについて。
少子化や競技人口減少という課題に向き合う野球界にとって、避けて通れない指導者の質向上に向けた1時間半となった。
コーチングの語源は「目的地へ安全に送り届ける」
今回講師を務めるのは柳田信也氏。東京理科大学の教授で、同大学ソフトボール部の顧問・監督と硬式野球部顧問を務める。
日本ソフトボール協会強化本部スタッフや東京オリンピックにおいては世界野球ソフトボール連盟(WBSC)の連盟技術委員など国際的に活躍の幅を広げるとともに、日本スポーツ協会コーチデベロッパーという役割も担っている。

講義では始めに、コーチという言葉の語源について解説した柳田氏。
「乗り合い馬車の車両という意味であったと言われてます。ここからなぜスポーツの“コーチ”という言葉が発生したかというと、目的地に安全に送り届ける。 これがコーチングの語源です」
その目的地は一人ひとり異なる。競技力向上を目指す選手もいれば、純粋に楽しみたいと考える選手もいる。
「目的とかゴールって、人それぞれ全く違うわけですよね」
だからこそコーチは選手ごとの目的を見極め、その達成を支える必要があるとし、コーチに求められる多面的な役割についても説いた。
「科学者でなければいけないし、経営者でなければいけないし、教育者でなければいけないし、表現者でもあります」
単なる技術指導ではなく、状況に応じて役割を切り替える“フェイスチェンジ”こそが、現代のコーチングに求められていると語った。

また、コーチングの基礎として挙げたのが“科学的な知見”。これまで主流とされていた「勘やコツ」といった感覚的な伝承では、習得は困難であると加えた。
「例えば長嶋茂雄監督と松井秀喜選手のような関係であれば成立するかもしれないですが、そのまま子どもたちにバットのスイングをする音を聞いて、『いいよ、いいよ』って言っても、今なぜいいのかっていうのを理解するのはほとんど不可能に近いと思います。その時に、勘やコツではなく数字やデータで見せることができれば、万人に分かりやすく伝えることができます」
客観的なデータが指導の説得力を上げる
ここから野球にまつわるトピックスへと移る。
野球界で長く語られてきた「走り込み」。特に投手が「走るのが大事だ、足腰を鍛えろ」。そういった指導は、今もなお現場では残っているとされる。
ここで柳田氏は、その前提に疑問を投げかけた。
「走らないといけないですか?って言われて、説明できますか?ということです」
走ることによって持久力や筋力をつけられるが、野球をする上で筋力がどのくらい必要かをデータを用いて解説を始めた。
「筋線維組成と言って、我々の筋は瞬発的に動く筋と持久的に動く筋が混在してます。 多くの人は半々です。 トップアスリートの中には、特にマラソン選手なんかは遅い筋肉、持久的な筋肉が非常に割合が多いという方がいるという事実があります。野球選手はどうかというと、過去のデータで見ると50%です。つまり持久的でも瞬発的でもない、筋力を発揮するための構造としては一般的な人と変わらない人がトップアスリートになっています」

上記のように持久力においても他競技のデータと比較しながら傾向を示したが、ランニングには異なる角度から見て効果をもたらすことを紹介した。
「たくさん走り込んで優秀になった投手はたくさんいますが、何が影響しているのかを考えました。ジョギングやランニングのようにリズムのある運動をすると、セロトニンの活性が強くなります。 これは脳の中で出る神経伝達物質なのですが、セロトニンが出ることで頭がリラックスして不安とかストレスに強くなります。
セロトニンの活性が強くなるので心が落ち着いて、かつ夜には安眠を促すホルモンのメラトニンに置き換わってよく眠れる、こういったリズムができます」

足腰強化のためなのか、コンディションを整えるためなのか。その違いを理解し、適切に伝えられるかどうかが、指導の質を左右する。
野球選手のデータを心身両面から提示した柳田氏は、この章の最後としてこのように結んだ。
「ここでお話ししたかったことは、客観的なデータを持つことで『走ることが大事だよ』という一言の重みが変わってくる。そんな一例としてお話をさせていただきました」
組織づくりで提示した3つのポイント
続いては“組織づくり”がトピックに。これは冒頭に柳田氏が提唱した「経営的な側面を持つ」ことに紐づくもの。
組織づくりにおいて柳田氏がまず「チームとグループというのは明確に違います。 この考え方を持つことが重要です」と提起する。

「チームは共通の目的に向かう集団。グループは一緒にいる同じ環境にいる仲間です」とした上で、チームにあるのが“共通性”であり、それを支えるのが理念・目的・目標の構造であると説いた。
「最終的に到達するところが理念。我々がなぜ存在するのかという意味です。 目的は少し遠くにあるもので、『こうなりたい、将来的にここを目指そう』というもの。目標は物事を達成するための道。このような構造になります」

これらの軸が揺らいでしまうと、組織は短期的な成果に流されてしまい、チームは崩れていくと添える柳田氏。
上記の例として海外のサッカークラブや、自身が指揮を執る東京理科大学ソフトボール部での活動を挙げながら、「スポーツを通じてこれらを教えてくれます」と裏付けた。
また、組織づくりを進める中で「チームワークとリーダーシップ」にこだわっているとし、特にリーダーシップについて時間を使って解説を展開する。
リーダーシップは、スポーツに当てはめるとキャプテンを中心に円ができるような印象を強く持たれる。ただ、コーチングの考え方としては「全員リーダーになり得ること」だと語る。
そしてそのレベル0は“規律と自律”であるとした柳田氏は、「この規律と自律がなかったら役割分担ができないし、それぞれのリーダーの役割を果たすことができなくなる」と述べる。
例として遅刻を挙げ、「もし、リーダーが遅刻すれば上級生から順番に遅れていきます。一方でリーダーが遅れなかったら絶対遅れることはできないし、『遅れます』なんて言えないです。こういった規律の上で、自律があると役割が明確化できると考えています」

3つ目のポイントは「ルーティーン化」。
自身や相手、周囲の見方などが変わっていく中でも、独自のルールやしきたりに固執してしまうとそれはガラパゴス化となってしまう。
それでは変化に順応できなくなることから、組織においても「常に我々も変わる。 ルールは凝り固まったものではなくて、柔軟に変化させていくことが極めて重要になってきます」と、変化の重要性も述べた。

試合では「クローズドスキル」から「オープンスキル」へ転換
そして柳田氏が「最も重要かもしれません」と語ったのが「観察と言葉かけ」。
ここでは「〇〇をしろ、△△をするななどと言ってませんか? これは大きな間違いです」と断言した。
ここで、自身が実際にかけている言葉を紹介した。
「例えばソフトボールでライズボールという高めに浮いてくるように見えるボールがありますよね? 野球でも浮き上がるようなストレートを投げる投手がいます。
そこで『高めがいい投手だから高めは振るな』と指示するのと、『低めを積極的に狙おう』と言うのとでは180°違うと思います。
伝えたいことは一緒なのですが、相手の受け止め方は全く違う。『〇〇するな』などと言っていると主体性を真逆に行ってしまうんです」
野球は相手や状況に対応する能力である“オープンスキル”と、決まった形を再現する“クローズドスキル”の2つで成り立っていると説明。
前者は投手と打者の対戦や、相手の打った打球をさばくフィールディング、後者は素振りやピッチングといった相手がいない練習が主に該当する。
ここで柳田氏はこの2つのスキルを練習と本番で当てはめた上で、ある重要性を指摘した。
「練習はクローズでやってるんですけど、本番はオープンなわけですよね。なので、クローズドからオープンへどうやって転換するかということを考えなければいけない。これが重要なんです」

オープンスキルの例として講義ではフィールディングについて挙げた。
坂本勇人選手(巨人)の逆シングルでの捕球や、源田壮亮選手(西武)の足の使い方などを見せながら、長らく教えられている「正面で捕る」という表現についても言及した。
「例えば正面で捕りなさいと言葉一つ取っても、なぜ正面なのか・何が正面なのか。 こういった言葉かけをうまくやらないと、コーチングというのはうまくいかないです。
私から提案したいのは、クローズドからオープンへ転換することを考えて『捕球するって何ですか?』 と聞かれたら、補球することの定義は『ボールを次のプレーがしやすいところに持ってくる』。 これが捕球の定義であるべきだと。
この指導方法に沿えば、例として挙げた、源田選手がやっていたように体の左側で捕ってもいいかもしれないし、坂本選手の逆シングルも極めて理にかなった“捕球”をしていると正当化されると思います。(※)
投げたいところにグローブを持ってきて、そのグローブを持ってきたところでボールを捕るような言葉かけをすると、コーチングが全く変わってきます」
(※)講義では一般的な定義として使われる“正面で捕る”とは異なるプレーの動画を例示

講義は中身の濃いものとなり、1時間半ほど使って行われた。
野球界においても指導者の役割は今、大きな転換期を迎えている。
かつては「技術を教える存在」であった指導者は、いまや「選手の成長を支える存在」へとその役割を広げている。
今回の講義はその転換の大きなヒントとなった。
(フィジカル編へつづく)

