全日本野球協会(BFJ)が主催する「2025年度 野球指導者講習会(BCC)」では、技術論や育成論と並び、指導現場の根幹に関わるテーマも扱われた。
その一つが「指導におけるハラスメントコンプライアンスについて」である。
講師を務めたのは、スポーツ法務を専門とする弁護士の多賀啓氏。
日本オリンピック委員会の倫理委員会委員や、スポーツ団体のガバナンス・コンプライアンス診断などにも関わってきた立場から、スポーツ現場で繰り返されてきた暴力やハラスメントの問題、そしてその予防策について語った。
法令遵守の定義と対処法とは
多賀氏は弁護士としてスポーツ分野の法務を中心に活動している。
日本オリンピック委員会倫理委員会の委員を務めるほか、日本スポーツ振興センターのガバナンス・コンプライアンス診断に携わってきた。
現在も競技団体の運営や指導現場の課題解決に向けて、暴力・ハラスメント事案の調査や処分にも実務として関わっている。
講義での冒頭、まずはこのように切り出した。
「皆さん一生懸命、誠意を持って選手たちに向き合っていらっしゃるということは、よく私も理解しているところなんですけれども、一歩間違えば誰であってもラインを踏み越えてしまうのが、ハラスメントの問題の難しいところです」

熱意があるから大丈夫・善意だから問題は起こらない。そう言い切れないのが、今の現場である。今回の講義はその前提に立ちながら、指導者が何を知り、どう自らを律していくべきかを考える時間となった。
ここで多賀氏が意識合わせのために確認したのが、「コンプライアンス」という言葉の意味だった。
「コンプライアンスというのは日本語でいうと“法令遵守”という言葉です。定義としては、法令等の社会的な規範から逸脱しないことという定義になっています」

多賀氏は、スポーツにおける不祥事について整理した。
暴行・窃盗・金銭や男女トラブルなど、スクリーンに映し出された事例の多くは、本来はスポーツ特有のものではない。一般社会でも起こり得るものだとまずは示した。
それでも、当事者が「スポーツ選手」「スポーツ指導者」だと分かった瞬間に、世間はそれを“スポーツ界の問題”として受け止められてしまう。
「もし事件を起こしてしまった人が何かのスポーツに関わっていたり、どこかのチームの指導者として活動されている方だと確認された途端に、その『スポーツにおいてこういうことが起きました』と世間から評価されてしまう現状があります」

その結果、競技そのもののイメージが損なわれ、保護者は「このスポーツをやらせて大丈夫なのか」と感じることから、競技人口の減少にもつながりかねないとることにもつながると警鐘を鳴らす。
「例えば、指導者の一瞬の感情から暴力の被害を受けてしまった選手がいたとしたら、もちろん不利益を被ります。
加えて加害者となってしまった指導者の方たちも、善意でそのスポーツの普及発展に尽力していたものの、うっかりラインを越えてしまって、結果的に加害者になってしまったと。 これも当然不利益になってくる。
被害者になる方も加害者になる方も減らすというのが、スポーツコンプライアンスが求められる理由として非常に大きいものかなと思います」
体罰やハラスメントで注意すべき数々
講義では、暴力や体罰の定義についても踏み込んだ説明があった。
文部科学省のガイドラインでは殴る・蹴るだけでなく、長時間の無意味な正座や立たせ続けること、炎天下で水を飲ませず走らせること、人格否定や容姿に関する発言なども「許されない指導」に含まれる。
多賀氏は実際に相談を受けた事例として、真夏の九州で小学生の野球チームが大差で敗れた後、「負けた点数の分だけ」水も飲ませずに走らされたケースを紹介した。
「皆さん、今この時代にそんなことをする人たちいるのかと思われるかもしれないんですけれども、いまだにそんなことが行われています」
その上で、体罰が禁じられる理由については裁判での例も交えつつ2つ挙げた。
一つは教育的効果が乏しいこと、もう一つは表面上は従っているように見えても内心では反発が生まれ、人格形成に悪影響を及ぼしかねないこと。さらに、感情的に行われやすく、制御が難しいこと。
「いかに懲戒の目的が正当なものであり、その必要性が高かったとしても、それが体罰としてなされた場合には許されないです」
目的が正しくても、手段が逸脱すればそれは違った話となる。指導現場において、指導者自身で明確な線引きを意識して行う必要がある。

近年より注意が必要な項目がパワーハラスメントだとした多賀氏。
この定義としては、「役割上の地位や人間関係などの優位性を背景として、指導の適正な範囲を超えて肉体的精神的な苦痛を与え、教育活動の環境を悪化させるような言動」と説明。
その典型例として、精神的な攻撃・無視や切り離し・過大・過小な要求・私生活への過度な介入などを挙げた。
特に印象的だったのは、無視もまたパワハラに当たり得るという指摘だ。
「選手たちに気づいて欲しいんで、練習から隔離しますであったりしばらく無視しますというのは、パワハラに当たってしまうんですね」
相談の中でも最近多いのは、「大声で怒鳴られた」というより、「非常に傷つくことを言われた」「人格否定的な言葉を言われた」「練習に参加させてもらえなかった」「返事をしてもらえなかった」といったものだという。

ここで重要になるのが、行為者の主観が免罪符にはならないという点だ。
「いかに愛を持っていたり、相手のことを考えて、この子にはこうした方がいいかなと一生懸命考えた結果、客観的な対応としてパワーハラスメントをしてしまったという時は、これは正当化されないということになります」
もう一つのハラスメント項目であるセクシャルハラスメントついても、多賀氏は「被害者がどう受け止めるか」が重要になると説明した。
身体や容姿への言及、性的な発言、男女の役割の決めつけなど、本人に悪気がなくてもセクハラと認定され得る。
「指導者が無自覚であっても、性的な言動が認定されて、被害者がこれをセクハラだというふうに認識すれば、原則としてセクハラに当たります」
そのため、「身体的なことだったり、性的な発言というのは原則として避けるということが重要」だと強調した。
講義では、男子生徒・女子生徒への呼び方ひとつをとっても教育現場が慎重になっている例も紹介され、スポーツ現場にも同様のアップデートが求められていることが伝えられた。
ハラスメントが起こる背景と根絶に向けた提言
では、なぜスポーツ現場ではハラスメントが起こりやすいのか。
その背景として多賀氏が挙げたのは、先輩後輩の縦社会・指導者に意見を言いづらい空気・実績のある人物に発言力が集中する構造だった。
「実績がある指導者であればあるほど、やはり周りも何も言えなくなってしまう。そうすると自分で考え、自分一人でいろんなことを考えなきゃいけない状況になってしまうんですね」
そこで起こるのが独善化だ。本人はチームや選手のためと思っていても、他者の視点が入らないまま判断を重ねることで、一線を越えてしまう危険性が高まる。
「人間というのは誰であっても一人で自分のことを考えていくと、必ず間違った方に進んでしまうところはあると思います」
だからこそ必要なのは、指導者同士で確認し合える環境だという。
「今日の自分の声掛けはこれ大丈夫かな、自分の今やっていることは大丈夫かなということを、他の方と確認していただく作業が非常に有効なのではないかと考えます」

さらに多賀氏は、「誤解から生まれるハラスメント」もあると指摘した。
一対一の密室で厳しい話をすれば、後からどう受け取られるか分からない。だからこそ「疑いをかけられないようにする工夫」もまた、指導現場には必要になる。
「基本的には密室にならないということですね。厳しい発言をするときには、他のコーチやスタッフにも立ち会ってもらう。こんなひどいことを言われたんですよと言われないような環境づくりも重要と思います」
“ノースポハラ”を現場の共通認識にできるか
講義では、日本スポーツ協会がキャッチフレーズとして掲げる“ノースポハラ”の考え方にも言及した。
スポーツを安全・安心に楽しむことを害する行為、これまでに挙げられた暴力やハラスメント・差別といった行為をなくしていく考え方である。
多賀氏は、2013年に設置された暴力行為等相談窓口の件数推移も紹介する。
2014年には23件だった相談件数が、2024年度には536件にまで増加している。
「つまり、1日最低1件は寄せられているんですね」
これは単純に暴力やハラスメントが増えたことだけを意味するわけではない。窓口の認知が進み、相談しようとする人が増えた前向きな側面もある。
それでも多賀氏は「暴力、ハラスメントというものが安定化して減少しているのかというと、全くそうではない」と断言した。
特に小学生の被害相談が多い一方で、中高生は親にも言えず抱え込んでしまうことがあるという指摘は重い。技術指導だけでなく、選手の様子を観察する力もまた、指導者に求められている。
講義のまとめとして多賀氏は、個人レベルと組織レベルの両面から、暴力・ハラスメント根絶に向けた視点を示した。


熱意や善意だけでは指導は成り立たない。選手の成長を本気で願うのであれば、指導者自身が学び続け、アップデートし続ける必要がある。
今回の講義は、その当たり前でいて難しい責任を、あらためて問いかけるものだった。

