【スポーツマンシップを考える】変えていくべきものに挑戦しよう


筒香嘉智選手が挑む若年層世代の指導


2025年が幕を開けた。


いまから遡ること6年前となる2019年1月25日。

MLBに移籍する以前、当時も横浜DeNAベイスターズに所属していた筒香嘉智選手が、「Changing the Future of Japanese Baseball(日本球界の未来を変える)」というテーマを掲げ、日本外国特派員協会で記者会見を開いた。

 

筒香選手はその中で、


「指導者の罵声、暴言……。子どもたちができないのは当たり前なのに、子どもたちができないことに対していらだっている。

スポーツマンは、対戦チームや仲間に敬意を払いお互いリスペクトし合う。信頼関係が生まれて、子どもたちは成長していく。スポーツの価値をみんなで高めていく行動が必要」


と語り、若年層における野球のあり方や、その指導法などについて変化していくべきことを訴えた。こうした発言を現役プレーヤーが公にするケースは極めて稀であるが、勇気ある発言に若年層のプレーヤー対するコーチングについて考えるよき契機になったことは事実だろう。

 

その後、筒香選手は、子どもたちの未来のために、と地元・和歌山県橋本市に総合スポーツ施設の創設に着手。

2023年には、「TSUTSUGO SPORTS ACADMY(筒香スポーツアカデミー)」を設立。私費2億円を投じたともいわれるこの施設は、かつて訪れたドミニカ共和国にあるメジャーリーグ球団のアカデミーを参考に、天然芝を敷き詰めた両翼100mのメイン球場のほか、サブグラウンド、室内練習場も備える。


また、実兄の筒香裕史氏が理事長を務める筒香青少年育成スポーツ財団を設立するとともに、少年公式野球チーム「和歌山橋本ATTA BOYS(アラボーイズ)」を立ち上げ、新時代の少年野球のあり方の実践に取り組んでいる。筒香青少年育成スポーツ財団のHPには以下のように書かれている。


生きる力とは・・・

学習指導要領では「知・徳・体のバランスのとれた力のこと」と表現しています。

知=確かな学力
徳=豊かな人間性
体=健康・体力

以上を踏まえた上で
私達が考える生きる力とは・・・

「自分で考えて決断する、行動する力」であると考えます。(中略)

野球をすることで生きる力を身に着けることで出来ることが増え日常生活が豊かになる、そのことでまた野球が上手くなる、そのようなよい循環をAtta Boysで作っていただきたく思います。

(出典:https://www.tsutsugo-zaidan.com/atta-boys/ 公益財団法人筒香青少年育成スポーツ財団HPより)


 

このように、現代社会において求められる「生きる力」について、とくに「自分で考えて決断し行動する力」であると見据え、野球を通してまさに今こそ求められる力を育むことに挑戦し始めているようだ。



野球界における新たな挑戦

 

和歌山橋本ATTA BOYSも所属するボーイズリーグを運営する公益財団法人日本少年野球連盟では、2023年度から独自の指導者ライセンス制度を導入し、資格取得講習会をスタートさせた。そして、その中ではスポーツマンシップについて学ぶ講習が義務付けられている。

 

なお、公益財団法人日本少年野球連盟定款では、第3条として、以下のようにその目的を定めている。


(目的)
第3条 本財団は、ボーイズリーグを通じ、硬式野球を愛好する少年に正しい野球のあり方を指導し、野球を通じて心身の錬磨とスポーツマンシップを理解させることに努め、規律を重んじる明朗な社会人としての基礎を養成し、もって次代を担う少年の健全育成を図ることを目的とする。
(出典:2024年公益財団法人日本少年野球連盟の手引より)

 

 

このスポーツマンシップ講習会は、まさに定款で定められた「スポーツマンシップを理解させることに努め」ることをめざした取り組みとなっている。

 

2025年度もこの1月から講習会がスタートした。関西ブロックを皮切りに、中四国ブロック、九州ブロック、中日本ブロック、東日本ブロックと全国5カ所での講習会が行われることとなり、スポーツマンシップ講習については、私ども日本スポーツマンシップ協会が担当させていただく予定である。

 

今年度のテーマは、「変えていくべきものに挑戦しよう」である。これまで同様、スポーツマンシップに関する基本的な概念のほか、野球に内在している問題点に焦点を再確認するとともに、恐れずに変化に挑むチャレンジ精神をもったリーダーシップの発揮の仕方についても考えていく。

 

また、全日本軟式野球連盟は、連盟初となる競技者対象コンプラインス研修会を1月に開催する。参加者は競技レベルが最も高いチームを率いる監督のみなさんや、連盟委員を務める方々が対象になるそうだが、組織運営をより健全なものにするため、役職員や競技者のコンプライアンス意識向上を図っていく。

この研修会の中でも、私ども日本スポーツマンシップ協会は「信頼される美しきプレーヤーをめざして」というタイトルを掲げたパートを担当させていただくことになっている。

 

このほか、1月13日に開催された「ぐんま野球フェスタ2025」の中でも、スポーツマンシップについて講演する機会をいただいた。午前9時30分から午後4時まで、これからの野球指導に必要なさまざまな視点の知見がプロフェッショナルや専門家によって語られる中、約700人の野球指導者、保護者などが耳を傾けてくださっていた。

この講習は、群馬県における学童野球指導者ライセンス取得のためのカリキュラムとなっていた。

 

指導者・コーチ、プレーヤー、保護者、教育関係者など、野球に携わるすべてのみなさんに対して、このような学びにふれていただく場をご提供できるといいのだろうが、現実的にはなかなか簡単ではない。

とはいえ、さまざまな立場で野球に関わる全国のみなさんに対して、こうして新たに学び、また繰り返し学び直す機会が増えつつあることは本当にありがたいことであり、私たちとしても、野球界にとって、野球を愉しむみなさんにとって、よき未来へとつなげられるようなヒントを示すことができるように、微力ながら今後も尽力していきたい。



柔軟な発想や視点をもって挑み続ける

 

野球界の未来を語る際に、よく競技人口減少の話が取り上げられる。

 

笹川スポーツ財団の「スポーツライフ・データ(スポーツライフに関する調査)」によれば、年1回以上野球を実施した推計人口をみると、全体では2000年597万に対し、2022年は268万人と約20年で300万人近く減少している。

また、日本野球協議会 普及・振興委員会の「野球普及振興活動状況調査2022」によれば、野球人口の推移として、競技統括団体の選手登録者数の推移をみると、2010年から2022年にかけて1,617,431人から1,017,584人と約60万人近く減少している。

 

少子化で子どもの数が減り、人口そのものが減少傾向にある中で、こうした傾向は必然といわざるを得ないだろう。一方で、子どもたちにとって興味関心の選択肢が多様化する中で、野球が選ばれなくなっているという背景があるのも事実であるといえよう。

 

競技人口減少の問題は野球界に限ったことではなく、スポーツ界全体における問題でもある。一方で、「この競技を選んでもらうために」と限られた数の子どもたちを競技や種目ごとで奪い合うような思考から脱却する発想も大切ではないかと思っている。

 

たとえば、さまざまなスポーツを扱うクラブ・チームなどと連携することなども含めて、総合型地域スポーツクラブのように複数競技を体験できる環境を提供しようとするような考え方も、今後はもっと重要になってくるのではないだろうか。


若年世代においては、さまざまなスポーツを体験することが、結果的に身体の使い方や運動能力を高めることにつながる。それは、野球の競技能力向上にもプラスに働いたり、自分にぴったりのスポーツに出逢える可能性を高めたりする側面もあるはずだ。


そういう意味でも、野球だけではなく、さまざまなスポーツやエンターテインメントなどを通して、私たちが積極的に学んでいく姿勢も必要になると考える。

 

ちなみに今からちょうど1年前、この連載が始まった際にもご紹介させていただいたのが、日本スポーツマンシップ協会が展開する資格認定講習会「JSA Sportsmanship Coach Academy」(https://sportsmanship.jpn.com/academy/)である。

 

2020年7月にスタートして以来、この講習会を履修してくださった「スポーツマンシップコーチ」の数も2025年1月現在で465人を数えることとなった。この1年で約100人のスポーツマンシップコーチが増えたことになる。

 

野球指導者の講習会は野球指導者のみが集って学ぶ場になりがちなように、どのスポーツにおいてもコーチ・指導者が学ぶ際の講習はどうしてもその競技ごとの縦割りで実施される。

一方、本アカデミーでは、さまざまな競技に関わるコーチやプレーヤーをはじめ、教員、保護者、ビジネスパーソンなど立場も多様な方々に受講いただいて学び合うため、それぞれの立場に基づいた視点や経験をともに分かち合えることが一つの特長となっている。

 

スポーツマンシップの考え方、伝え方はもとより、このように柔軟な発想や多様な知見を手に入れる場としてご活用いただくとともに、これまでに履修されたスポーツマンシップコーチの先輩たちともコミュニケーションを図りながら、よりよきスポーツの未来を実現すべくともに力を結集していけたらうれしい限りである。

 

2025年もみなさんとともに学び、ともに挑む1年にしていきたいと思う。



中村聡宏(なかむら・あきひろ)


一般社団法人日本スポーツマンシップ協会 代表理事 会長

立教大学スポーツウエルネス学部 准教授


1973年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部卒。広告、出版、印刷、WEB、イベントなどを通してスポーツを中心に多分野の企画・制作・編集・運営に当たる。スポーツビジネス界の人材開発育成を目的とした「スポーツマネジメントスクール(SMS)」を企画・運営を担当、東京大学を皮切りに全国展開。2015年より千葉商科大学サービス創造学部に着任。2018年一般社団法人日本スポーツマンシップ協会を設立、代表理事・会長としてスポーツマンシップの普及・推進を行う。2023年より立教大学に新設されたスポーツウエルネス学部に着任。2024年桐生市スポーツマンシップ大使に就任。

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