【スポーツマンシップを考える】愛と勇気が勝利をもたらす



現代社会をとりまく多様な問題

 

2024年も終わりを告げようとしている。みなさんにとってどんな1年だっただろうか。

 

新年を迎えた1月1日、石川県能登地方で震度7を記録する大地震が発生した。

この地震で亡くなられた方々に心よりお悔やみを、そして、そのご家族ならびに被災されたみなさまに心よりお見舞いを申し上げるとともに、被災地の安全と1日も早い復興を心よりお祈りしている。

その後も長きにわたり余震が続いていることに加え、記録的な大雨による被害が重なるなど、復興が進みづらい被災地の様子について伝えられている。

 

自然災害のリスクはつねにつきまとう。こうした自然災害のリスクへの対応として、建物や堤防などといった施設について最大限の安全性を確保することに加え、災害時を想定した法律や制度の整備なども必要になる。

ただし、いずれにせよ、どのような整備をすれば完璧に万全な状態となるのか、そこに唯一無二の正解が存在するわけではないのも事実である。

 

自然を前にした私たちは無力であり、こうした有事においてスポーツを愉しむことは難しくなる。

世の中には、スポーツより優先すべき大切なことが数多く存在する。スポーツを愉しめる平穏無事な日常がいかにありがたいことか、私たちはこういう機会を通じてあらためて痛感させられるのである。

 

私たちを悩ませるのは、自然災害ばかりではない。

 

政治資金問題、闇バイト問題、サプリメントによる健康被害、自動車メーカーによる性能試験不正など、今年も幾多の問題が報じられ、大きな話題を呼んだ。

東京都知事選や兵庫県知事にまつわる一連の報道などを通しては、いわゆるテレビや新聞に代表されるマスメディアと、SNSをはじめとするインターネットメディア、それぞれの情報提供のあり方が問われることになり、私たち自身のメディアリテラシーについて考え直す契機となった。

 

ハラスメント、DV、いじめ、引きこもり、偽装問題……など、現代社会にはさまざまな問題が存在している。

スポーツの世界においても、いまだなくならない体罰や暴力の問題、アスリートや関係者による不祥事、オリンピックをめぐる談合、スポーツ組織におけるガバナンスやコンプライアンスに関する問題……など、取り沙汰される問題は決して少なくなく、事例を挙げれば枚挙にいとまがないというのが事実である。



Good Gameを創る責任を果たす

 

企業の社会的責任(CSR:Corporate Social Responsibility)などが叫ばれるようになって久しい。これは企業が事業活動を通じて主体的に社会に貢献する責任のことをいう。


 「かつては、業績のみで評価される時代もありましたが、企業に対する市民の見方は、企業が環境や人権にいかに配慮しているかに重点を置いて評価する方向へと変化しています。

また、様々な企業や組織の不祥事に対し、社会が極めて厳しい目を向けるようになっていること、さらには、国際的に社会的責任に関する様々な基準や規格ができつつあることも看過できません。

 

それゆえ、企業には、法律やその他の社会規範を遵守すること(コンプライアンス)、情報を開示すること(ディスクロージャー)、企業活動の透明性(トランスペアレンシー)を高めること、利害関係者(ステークホルダー)に対する説明責任(アカウンタビリティ)を果たすなどの観点から、信頼を得ていくことが求められています。」


(出典:『経営者のための人権啓発冊子 「CSR」で会社が変わる、社会が変わる』,経済産業省中小企業庁 公益財団法人人権教育啓発推進センター,2024)

 

このように、現代における企業は単に利益を追求するだけではなく、環境や人権に向けて配慮した行動を実践しながら、品質に優れた商品やサービスを世に出すことが社会的責任として求められている。

それにもかかわらず、自社の利益や私利私欲のみを追求するがゆえに、不正に手を染める企業や個人がなくならないのが現実だ。

 

組織内で不正を求められた際、あるいはそうした事実に気づいた時に、個人的には抵抗したい、声を上げたいと思ったとしても、一方で「自らの立場はどうなるのか」、「失職することになってしまうのではないのか」と考え、長いものに巻かれてしまう心情を理解できる方も多いのではないだろうか。

正義を求めて行動することも決して容易ではないのである。

 

しかしながら、このような問題や不祥事がいざ明るみに出た場合、法律などのルールによる罰則として公的な制裁を受けるだけでなく、メディアやインターネットを通してまたたく間に世間の知るところとなり社会的にも大きな制裁を受けることにもなる。

企業なり組織なりがこれまでコツコツと積み上げてきた信頼を失うこととなり、そのブランド価値は大きく毀損されることとなる。不買運動や株価暴落などにつながるなどといった具体的なダメージも含めて、被る経営的損害のリスクは計り知れない。

 

このような原理や構造を理解していても、私たちのまわりの問題は決してなくならない。

自らの保身や私利私欲を優先した行動の積み重ねが、結果的に組織を悪い方向に導いてしまったり、悪い方向に進んでいる組織を止められなかったりするのが現実なのである。

 

これは、勝利への欲望を追い求めるがあまり、「スポーツは勝たなければ価値のないもの」という誤った呪縛に縛られ、自分たちを正当化しながらスポーツマンシップを実践できないチームやプレーヤーと似ているといえるかもしれない。

 

ここで、今一度思い起こしてほしい。スポーツマンシップは「Good Gameを実現しようとする心構え」のことと定義している。

スポーツに取り組むプレーヤーたち、スポーツマン一人ひとりが、まさに「Good Gameを創る責任」を負っているのである。



愛をもって勇気を育む

 

悪しき考えに流されてしまいそうな時にこそ求められるのが「愛」と「勇気」である。

チームを愛するがゆえに、時には苦言を呈することも必要になる。そのためには、常識を疑い、同調圧力に抗い、自らの信念をもって発言し行動していく勇気が求められる。

しかしながら、愛をもって勇気を発揮することも、決して簡単なことではない。

 

背景のひとつとして挙げられるのが、日本社会で散見される「周囲と同じということで安心しがち」な風潮である。

自分一人ができることは限られている。周りのみんなもこれで我慢しているのだから、自分も我慢すれば大丈夫。このような考え方が私たちの心を支配する。

 

大学生たちがこのような会話をしているのを耳にすることがある。


 「おまえ、次の時間って授業に出る?」

 「今日は疲れたからやめておこうかな。」

 「あ、ほんと? じゃあ、俺も今日は授業に出るのやめとくわ。」

 

自分が授業に出席するかどうかは、そもそも自分自身で決める問題である。自らが決断すべき場面で、他人の判断に委ねたり、他人の意見に流されたりすることは無責任であり、自分自身に対して誠実さを欠く行動だといえよう。

 

パナソニックを創業し、世界的企業へと成長させた経営者・松下幸之助氏は自著の中でこう述べている。


 「社会的責任を負っているのはひとり企業だけではありません。お互いが相寄って社会をなし、共同生活を営んでいるのですから、この社会のすべての人が、それぞれの立場で社会的責任を持っていると考えられます。政治家といわず、経済人といわず、教育家といわず、文化人といわず、万人それぞれにそれぞれなりの社会的責任があるわけです。

(中略)日本人すべてがそれぞれに社会的責任を持っていることを、お互いがはっきり認識すべき時に消えているのではないかという気がします。そういうことを自覚し、自分の社会的に責任というものを自問自答することがきわめて大切になってきているのではないかと思います。」


(出典:松下幸之助著,『企業の社会的責任とは何か?』,PHP研究所,2005)

 

これは1974年に書かれたものだとされているが、現代社会でも通用する考え方だといえる。

そしてまさに、スポーツにおいても全く同様であろう。スポーツは、相手とともにゲームを創り、ともに愉しむものである。

松下氏が指摘することは、実は、スポーツを通してスポーツマンシップを実践する過程で意識すべきことであり、身につけられることのはずである。

 

 勝利をめざすだけでなく、スポーツマンらしく振る舞うこと。

 利益のみを追求するのではなく、他人や社会と誠実に向き合うこと。

 

自分で自分の胸に手を当てて「自らを誇らしく思えるか」、「他人に、子どもたちに説明して自慢できるか」などといった視点で考えれば、自分がどのように行動すべきかが見えてくる。

組織に所属する帰属意識があるからこそ、チームに対して、社長に対して、監督に対して、上司に対して、先輩に対して……、誰に対してでも誠実に意見する。これらは、決して容易なことではないが、私たちが実践すべきことである。

 

私たちがよりよく行動するためには、大いなる勇気が求められる。その勇気は、自分を大切にし、チームを大切に思えばこそ育まれていく。

大いなる愛が、勇気を育む。そして、その愛と勇気が、チームを、ひいては自らを救うことになるのである。




中村聡宏(なかむら・あきひろ)


一般社団法人日本スポーツマンシップ協会 代表理事 会長

立教大学スポーツウエルネス学部 准教授


1973年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部卒。広告、出版、印刷、WEB、イベントなどを通してスポーツを中心に多分野の企画・制作・編集・運営に当たる。スポーツビジネス界の人材開発育成を目的とした「スポーツマネジメントスクール(SMS)」を企画・運営を担当、東京大学を皮切りに全国展開。2015年より千葉商科大学サービス創造学部に着任。2018年一般社団法人日本スポーツマンシップ協会を設立、代表理事・会長としてスポーツマンシップの普及・推進を行う。2023年より立教大学に新設されたスポーツウエルネス学部に着任。2024年桐生市スポーツマンシップ大使に就任。

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