【スポーツマンシップを考える】敗北を覚悟することからすべては始まる


チャンピオンが決まる秋

 

日本時間、2024年10月31日。今季、メジャーリーグベースボール(MLB)の頂点を決める「WORLD SERIES 2024(ワールドシリーズ)」の第5戦が行われ、ロサンゼルス・ドジャースがニューヨーク・ヤンキースを4勝1敗で破り、4年ぶり8回目のワールドチャンピオンに輝いた。


今季、日本から海を渡った山本由伸選手はもちろんのこと、メジャーリーグ7年目を迎えドジャースへと移籍した大谷翔平選手にとっても、初のポストシーズン、初のワールドシリーズ進出であり、そして、初めて悲願であるワールドチャンピオンの称号を手に入れた。


戦いの中で、山本選手は第2戦に先発し、7回途中1失点の好投を見せて勝利投手となった。また、大谷選手は、その第2戦の走塁時に左肩を痛めてしまったことで状態が心配されたが、第3戦以降も1番指名打者で出場し続け、チームのワールドシリーズ制覇に大きく貢献した。


大谷選手は、今季、レギュラーシーズン162試合のうち159試合に出場し、50−50(50本塁打50盗塁)を達成するなど高いパフォーマンスを発揮してみせた。


メジャー史上4人目となる両リーグでのホームラン王、自身初となる打点王など、タイトルもさまざま獲得し、2年連続3度目となるMVPに輝いた。指名打者(DH)としてのMVPはメジャーリーグ史上初、また、両リーグでのMVP獲得は1966年以来58年ぶり史上2人目(リーグをまたいでの2年連続MVPは史上初)の快挙となった。


そして、今回のMVPも、投票権を持つ全米野球記者協会の記者30人全員が1位票を投じるいわゆる「満票」での選出となり、3度目の満票選出は史上初の出来事となった。

 

昨秋右ひじを手術したため、投手としてはリハビリテーションに専念する1年となったため、今季は打者に専念するシーズンとなったが、そうした背景の中、複数部門でキャリアハイの成績で記録尽くしといえる結果を残した。

さまざまなタイトルを獲得した上で、念願のワールドチャンピオンの座につき、大谷選手自身「新しいチームに来て、最高の終わり方ができ本当に最高の1年だった」と語ったように、まさに最高のシーズンになったことだろう。

 

11月3日には、日本野球機構(NPB)の頂点を決める戦い「SMBC日本シリーズ2024」が決着。横浜DeNAベイスターズが、福岡ソフトバンクホークスを相手に、2連敗した後の4連勝を果たし、本拠地横浜スタジアムで26年ぶり3回目の日本一に輝いた。

シーズン3位からの下剋上は、2010年の千葉ロッテマリーンズ以来のことであり、セントラル・リーグでは史上初の出来事となった。

 

また、11月9日には、社会人野球日本選手権2024決勝が行われ、トヨタ自動車がHondaを破り、2大会ぶり7回目の優勝を果たした。さらに、11月25日には、学生野球の頂点を決める第55回記念明治神宮野球大会決勝が行われ、高校の部は横浜高校が、大学の部は青山学院大学がそれぞれ制し、王座に輝いた。

 

2024年の野球界はシーズンも終わりを告げ、来シーズンに向けたストーブリーグへと突入していくことになる。



敗北を覚悟する

 

あらためて、野球をはじめとするスポーツと向き合う上で、私たちが決して忘れてはならないことは、たたえられる勝者がいるその影には必ず敗者がいるということである。これは、スポーツの構造的な原理である。

 

もしあなたが「試合に負けたくない」というのであれば、絶対に負けない唯一の方法を伝授することができる。それは「戦わない」ことである。馬鹿げていると思う方もいるかもしれないが、スポーツをするということ、野球を愉しむということは、ある意味で「敗北を覚悟する」ところから始まる。

誰もがその試合に勝ちたいと思ってグラウンドに集まってくるが、いざ試合をして、グラウンドを去るときには、50%‐50%の確率で、必ずどちらが負けることになる。それがスポーツの性である。

 

このことは、至極当たり前であるにも関わらず、私たちはつい勝利することにだけ夢中になってしまい、そして、この原理を忘れてしまったり、そもそも気づいてすらいないなどということに陥ってしまったりするものである。

  

 真剣に、遊ぶ。

  

 自信を持つと同時に、謙虚に成長をめざす。

 

 勝利をめざすとともに、フェアプレーを実現する。

  

 相手への勝利と同時に、自分の中の勝利をめざす。

  

 勝って驕らず、負けて腐らず。

  

 たかがスポーツ、されどスポーツ、と受け止める。

 

スポーツは誰もが自由に愉しめる単純明快さをもつ一方で、こうした複雑な難しさをはらんでいる。スポーツをより深く味わうためには、このような複雑で難しいものであることをしっかりと理解し、相容れない対照的な要素、二律背反を両立すべく取り組むことが望ましい。

二兎を追う者は一兎をも得ず、ということわざがあるが、いわば二兎を追う難しさを愉しむような気持ちで、覚悟を持って挑むことこそがスポーツには求められるのである。



真のプロフェッショナルとは

 

プロフェッショナルは、勝たなければいけない。勝利をしてファンを喜ばせなければいけない。プロアスリートたちからそんな言葉を聴くこともあるが、これも実は嘘なのである。


メジャーリーグだろうが、日本のプロ野球だろうが、はたまた、サッカーやバスケットボールであっても、リーグというものが展開されていく上で、勝利と敗北の数はつねに必ず全くの同数となる。

このようなことはいうまでもなく当然のことではあるが、リーグ全体の視点でとらえれば、「勝ち(Victory)」のみをファンに届けることは不可能なのであり、勝利と同じ数の敗北も提供せざるを得ないことは構造上明白である。


勝利をめざすのは当然ではあるが、必ずしもたくさんの勝利を提供できるわけではなく、したがって、プレーそのものやプレー外のあらゆる言動を通して「価値(Value)」を提供し、プロとしての誇りや矜持を示すことこそが、プロフェッショナル本来の務めといえるかもしれない。

 

ただし、ここでひとつ注意したいのは、はじめから「負けてもいい」という姿勢を許す話ではないということである。真の意味でスポーツを愉しむためには、「勝利をめざして一生懸命全力を尽くす」ことが大前提として求められる。


勝つことを求めて死力を尽くすからこそ、そのなかでスポーツマンシップを発揮することが困難になる。

勝利をめざして全力を尽くす中で、自分以外のものを尊重し、自ら挑む勇気を発揮し、そしてさまざまなその困難を乗り越えようとする覚悟をもつ。そのことにこそ、スポーツの尊さがあるのである。

 

最初から、Good Loserをめざすわけではない。まずは勝利をめざして全力を尽くす。それこそがGood Loserとなる条件でもある。そうしてひとたび、試合が終わったならば、勝てばGood Winneとして、敗れればGood Loserとして敗北を受け止めていくことになる。

 

大谷選手をはじめとする超一流のトップアスリートたちほど、こういったことを体現できていることにあらためて気づくことができるだろう。そしてそれは、真のプロフェッショナルのみならず、私たち、スポーツにかかわるすべての者がめざすべき姿勢なのである。




中村聡宏(なかむら・あきひろ)



一般社団法人日本スポーツマンシップ協会 代表理事 会長

立教大学スポーツウエルネス学部 准教授


1973年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部卒。広告、出版、印刷、WEB、イベントなどを通してスポーツを中心に多分野の企画・制作・編集・運営に当たる。スポーツビジネス界の人材開発育成を目的とした「スポーツマネジメントスクール(SMS)」を企画・運営を担当、東京大学を皮切りに全国展開。2015年より千葉商科大学サービス創造学部に着任。2018年一般社団法人日本スポーツマンシップ協会を設立、代表理事・会長としてスポーツマンシップの普及・推進を行う。2023年より立教大学に新設されたスポーツウエルネス学部に着任。2024年桐生市スポーツマンシップ大使に就任。

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