【スポーツマンシップを考える】レジェンドたちが語る「敬意」


クライマックスを迎えて


2024年10月26日。本野球機構(NPB)の頂点を決める戦い「SMBC日本シリーズ2024」が開幕し、「横浜DeNAベイスターズ」と「福岡ソフトバンクホークス」との最後の激闘が始まった。


セントラル・リーグ3位からクライマックスシリーズに進出、阪神タイガース、読売ジャイアンツを破って勝ち上がり、7年ぶりに日本シリーズへと駒を進めた横浜DeNAベイスターズは26年ぶりの日本一をめざす。

一方、パシフィック・リーグ覇者として、クライマックスシリーズでも北海道日本ハムファイターズを退けた福岡ソフトバンクホークスは、最後に日本シリーズ進出を果たした2020年以来、4年ぶりの日本一奪還に挑む。


 

また、時を同じくして(現地時間10月25日)、メジャーリーグベースボール(MLB)でも頂上決戦「WORLD SERIES 2024(ワールドシリーズ)」が幕を開けた。


大谷翔平選手、山本由伸選手らを擁してナショナル・リーグ西地区を制覇、ポストシーズンを勝ち上がり4年ぶりにリーグ王者となったロサンゼルス・ドジャースは、4年ぶりのワールドシリーズ進出、その時以来8回目のワールドチャンピオンをめざす。

対戦するのは、アーロン・ジャッジ選手をはじめとするスターが集結した名門球団、ニューヨーク・ヤンキースだ。2009年以来15年ぶりにアメリカン・リーグ王者となり、41回目のワールドシリーズ進出を果たし、28回目のワールドチャンピオンをめざす。

両リーグ東西人気チームによるワールドシリーズでの対戦は43年ぶりということもあり、その観戦チケット代の金額に関する報道なども含めて、連日大きな注目を集めている。

 


この原稿を執筆している時点でそれぞれの結果はわからないが、日米で今年の野球界の頂点が決まろうとしている。

 

大学野球も各リーグ戦で結果がほぼ出揃い、東京六大学野球は大詰めを迎えている。

また、高校野球も秋季大会の真っ只中で、各地区の優勝校が続々と決まりつつある。大学、高校ともに11月下旬に控えた明治神宮大会に向けて、出場校が名乗りを上げているところである。

 

2024年の野球シーズンも、まさにクライマックスだ。



女子高校野球に学ぶ

 

遡ること約1ヶ月、9月23日。

 

この日、東京ドームで行われていたのは「高校野球女子選抜VSイチロー選抜KOBE CHIBEN」のエキシビションマッチだった。


2021年から開催されているこのゲームは、高校野球女子選抜強化プログラムの一環として実施されており、日米通算4,367安打を記録したイチロー氏率いるアマチュア野球チーム「KOBE CHIBEN」が、高校野球女子選抜に対する真剣勝負を通して、野球の魅力を伝えようというものである。

KOBE CHIBENの一員として、毎年出場している日米通算170勝を挙げた「平成の怪物」こと松坂大輔氏に加え、今年はワールドシリーズMVPも獲得したレジェンドである松井秀喜氏も参戦し、メジャーリーガー3人の競演が大きな話題を呼んだ。2万8483人の観衆が見守る中、松井氏の豪快な3ランホームランが飛び出すなど、スタジアムを大いに沸かせることとなった。

 

試合後、イチロー氏はインタビューの中で、「こんなに気持ちのいい試合はない。誰も嫌な気持ちにならない、だけど真剣勝負だ、というゲームを僕は知らない。ボロボロになるまでやりたいとあらためて思いました」と高校女子球児たちとの戦いについて感想を述べた。


女子高校野球のレベルについては、「レベルが上がってきて、“うまいな”と思ったことは何度もありますけど、“怖いな”と思ったことは今日が初めてです。驚きました」と称賛。

また、事前に女子チームと練習試合をした際の話に触れて、「相手のいいプレーに対して拍手するんです。その試合で僕がホームランを打った時も、それも拍手してくれるんですよ。それは、監督の指導方針が大きいでしょうけど、彼女たちの身についていることなんですよね。こんな野球を観たことがない。圧倒的に“敬意”にあふれている。“敬意”がこの試合の重要な要素だと思いました」と語った。


そして女子高校球児のレベルが上がっていること、それに対応するために自分たちも練習を積みながら前進していることを実感しているとして、「お互いに磨き合っていく、その関係性も気持ちいいもの。だけど、真剣勝負だっていうことは大事なんですよね。まさしく、そのバランスがとれた試合だと感じています」と話した。


未来のステージに向けて挑戦する高校生に向けては、「学校において、勉強よりも大事なことは人間形成だと思う。彼女たちはそれをすでに身につけていると思うので、それを忘れないでほしい。純粋な想いでやっていた時にもっていたのに、次のレベルに行くと失ってしまう人が結構います。それは注意してほしい。それは当たり前のことではなく教育のなせる業だから、いまもっているものを大事にしてほしい」とメッセージを送った。

 


このゲームに初めて参加した松井氏も、「イチローさんに呼んでいただいて、非常に思い出もたくさんあり、いまでも好きな球場である東京ドームでたくさんのお客さんの前でプレーできたこと、なおかつ最後にホームランを打てて、喜んでいただけたことが一番よかった」と振り返るとともに、女子高校野球について「レベルの高さに驚きました」と話し、「女子野球だけではなく、チームメイトにも相手にもお客さんにも道具にも敬意を払う、小さな頃からそういう教育をされていることが多いのが、日本野球の素晴らしいところ」と指摘した。



コーチが果たすべき教育とは

 

日本スポーツマンシップ協会が大切にするスポーツマンになるための3つのキモチ、「尊重」「勇気」「覚悟」。なかでも、イチロー氏や松井氏が口にしたキーワード「敬意」こそが、まさに、「Respect=尊重」の精神である。

 

イチロー氏が指摘した「相手のいいプレーに対する拍手」についても、イチロー氏ら、メジャーリーグで活躍したレジェンドたちが相手だからこそ生まれた“憧れ”や“尊敬”の念を込めた“Respect”なのではないか、と感じる方もいらっしゃることと思う。

仮に、同じ年代のプレーヤー同士で戦っている時にもそうした“敬意”にあふれた言動がとれるのか。たしかに、その実際については、この試合やレジェンド側のコメントからだけでは判然とするものではない。

 

一方で、拍手された側のイチロー氏が、彼女たちによって示された敬意に対して、それを素晴らしきこととして評価していることは紛れもない事実である。

また、ともにプレーした松井氏も、チームメイト、相手、ファン、道具、あるいは、ルール、審判、メディア、その他さまざまなステークホルダーなど、自分ではコントロールすることができないようなあらゆるものに対して敬意を払い「尊重」する精神を素晴らしいと称賛していることも確かである。

 

そして、「互いに磨き合っていく関係性を大事にしながらも、あくまで真剣勝負を挑んでいく。そのバランスを大切にすべきである」といったイチロー氏の指摘は、まさに、「敬意をもって尊重しながらも、自らを高めるために勇気を奮って挑み続け、そして、相手に対する敬意と真剣勝負をバランスよく両立させる覚悟をもつこと」というスポーツマンシップの重要性について語っていることに気づくだろう。

 

また、こうしたスポーツマンシップの実現に向けて、イチロー氏、松井氏両者が口にした「教育」というキーワードも見逃せない。このようなスポーツマンに欠かせない心構えを心から大切にしながら、「わかっている」だけではなく実際に「表現できる」かどうか、すなわち、行動に移し、実践できるかどうかのカギが「教育」ということになる。

 

以前、本稿『Good Loserたることの意味』の中でも紹介したが、仙台育英学園高等学校野球部監督の須江航氏が「お互いをリスペクトし合えるような取り組みができているチームが安定して成績を残しているような印象がある」といったコメントをされていたように、人間性に関する教育の成果が競技力向上に結びついていくという指摘も忘れてはならない。

 

あらためて痛感すべきは、野球に携わり指導に携わる私たち大人が果たすべき役割の大きさである。技術レベルでは、ワールドシリーズ、日本シリーズには及ばないカテゴリーの野球においても、学びの機会を得ることができる。

こうした気づきを未来の若者の教育に活かせるかどうかも、すべてはそれを受け止め、学びのアップデートをし続けるコーチ・指導者の力量にかかっている。



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中村聡宏(なかむら・あきひろ)


一般社団法人日本スポーツマンシップ協会 代表理事 会長

立教大学スポーツウエルネス学部 准教授


1973年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部卒。広告、出版、印刷、WEB、イベントなどを通してスポーツを中心に多分野の企画・制作・編集・運営に当たる。スポーツビジネス界の人材開発育成を目的とした「スポーツマネジメントスクール(SMS)」を企画・運営を担当、東京大学を皮切りに全国展開。2015年より千葉商科大学サービス創造学部に着任。2018年一般社団法人日本スポーツマンシップ協会を設立、代表理事・会長としてスポーツマンシップの普及・推進を行う。2023年より立教大学に新設されたスポーツウエルネス学部に着任。2024年桐生市スポーツマンシップ大使に就任。

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