【野球人リレーコラム】「公認野球規則」を部員に配布する意味

執筆者:堀井 哲也(全日本大学野球連盟監督会・会長)

 私の手元には、1984年から今年までの「公認野球規則」があります。ずらりと並ぶと、なかなか壮観です。各年によって色が違います。以前はサイズが今より小ぶりで縦書きでした。2013年からは今のサイズになり、横書きになって、書店などで購入できるようになりました。
 2021年からは表紙が写真となり、その第1弾として早慶戦のあいさつ風景が採用されました。コロナ禍で開催された前年秋の東京六大学野球リーグということもあり、慶應義塾大学監督として思い出深いものがあります。
 なぜ私が1984年以降の「公認野球規則」を所持しているのか。この年、私は慶應義塾大学を卒業し、社会人野球チームがある三菱自動車川崎に入社しました。その監督をされていた垣野多鶴さん(1951-2021年)から、ミーティングにはルールブックとノートを持ってくるよう躾(しつ)けられたからです。

 その後、私は指導者となり、社会人野球の三菱自動車岡崎とJR東日本、そして慶應義塾大学で監督を務めていますが、垣野さんの教えをずっと守り、その精神を引き継いでいます。自分だけでなく、全部員に毎年新しい「公認野球規則」を配布しています。

 ルールは毎年変わります。細かい部分については審判員に任せればいいのかもしれませんが、プレーをする上で知っておくべきルールはあるものです。勉強しておいてマイナスになることはありません。
 今年は部員全員で行った松山市での春季キャンプにOBの鈴木隆行・審判員に来てもらい、ルールの勉強会を開催しました。翌日はグラウンドで、審判員の動きや判定、ジェスチャーに関する講習会です。学生がオープン戦で審判をすることもありますし、こういう体験をすることにより、審判員への感謝の気持ちをいっそう持てるのではないかという思いもありました。

 大学日本代表の監督を務めた2024年には、初合宿のミーティングで野球規則1.00「試合の目的」を、日本の「公認野球規則」と、アメリカの「OFFICIAL RULES」の両方からコピーして配布しました。

1.00 試合の目的

1.01 野球は、囲いのある競技場で、監督が指揮する9人のプレーヤーから成る二つのチームの間で、1人ないし数人の審判員の権限のもとに、本規則に従って行われる競技である。

1.00 – OBJECTIVES OF THE GAME

1.01 Baseball is a game between two teams of nine players each, under direction of a manager, played on an enclosed field in accordance with these rules,under jurisdiction of one or more umpires.

 英語版で言うと、監督がチームを「direction」する。そして、審判が試合を「jurisdiction」すると書いてあります。全国の大学からトップ選手が集まっていますが、「このチームでは監督である私の指揮のもとでプレーするのだよ」ということと、「試合をコントロールするのはあくまでも審判員だからね」ということを明確にしておきたかったからです。
 この年は欧州のチェコとオランダで開催される国際大会に参加することになっていました。審判員のレベルは、日本のように高くありません。不可解なジャッジも予想されます。そんなときにメンタルを維持することが大切だと思ったのです。
 おかげさまで選手が頑張ってくれ、10戦全勝で両大会とも優勝することができました。

 「公認野球規則」をどう活用するかについては、選手それぞれの意思に任せています。これを渡すことによって、あるいはミーティングに持参することによって、ルールが大切という意識が芽生えてくれればいいという気持ちです。慶應義塾大学は部員が約200人いますので、例えば1割の20人でもルールに関心を持ってくれれば、それだけでチームのレベルが上がります。その中から将来、審判員や公式記録員になってくれる人が出たら、こんなに嬉しいことはありません。
 「公認野球規則」には野球をする上で土台になることが書かれています。試合中に起こったことの意味を確認できるし、あらかじめ知っておけば先回りができます。
 いわば、「野球学」の教科書です。野球人として大切にしていきたいです。

ほりい・てつや
1962年1月、静岡県出身。韮山高校、慶應義塾大学、三菱自動車川崎で外野手。マネージャーを経て三菱自動車岡崎の創部に伴って転籍し、1997年から監督。JR東日本でも監督を務め、2011年の都市対抗大会で優勝を果たした。2020年から慶應義塾大学の監督となり、2021年に全日本大学野球選手権大会、2023年に明治神宮野球大会を制覇。2023年9月から2年間、大学日本代表監督を務めた。

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