
2026年は日本野球の聖地の一つにとって節目の年でもある。明治神宮野球場が竣工100周年を迎えた。
東京六大学野球や東都大学野球をはじめ、学生たちが情熱を注ぐ舞台でもありながら、プロ野球・東京ヤクルトスワローズの本拠地という2つの顔を持つ。
大学野球とプロ野球が同じスタジアムで共存しながら、それぞれの歴史を積み重ねてきたのだ。
なぜ神宮球場は、100年にわたって日本野球の中心的な舞台であり続けられたのか。
その答えを探るべく、30年以上にわたり神宮球場を支える永渕義規 球場長に話を伺いながら、その歴史や異なる文化が共存する神宮ならではの魅力を紐解いていく。※全2回のうち前編
(取材/文:白石怜平)
選手のプレーと、観客の感動。その繰り返しが100年に
神宮球場は学生野球の隆盛とともに歩み始め、1934年の日米野球や50年の第1回日本シリーズ初戦の舞台となるなど、日本野球史節目の舞台を務めてきた。
永渕さんがその歴史の中心に置くのは、グラウンドに立つ選手とスタンドから声援を送るファンの方々だった。
「六大学からスタートした歴史と、東京の中心にある立地も魅力の一つだと感じています。そして一番大きいのは、この100年という間でプレーをしてきた選手の方々がいて、そのプレーを見て感動したファン・観客の方々がいたからこそだと思います」
選手が力を尽くし、その姿に観客が魅了される。野球の虜となり、再び球場へ足を運ぶという繰り返しが、球場の歴史をも築いてきた。
「名シーンや名勝負を積み重ねていただいて、それを見て感動する人がいるからこそ続いてきました。選手とファンの方々がいて、100年が積み重なってきた。これに尽きると思います」

ここでプレーするのは、プロや大学生だけではない。東京都の高校野球の予選や、かつては高円宮賜杯全日本学童軟式野球大会(マクドナルド・トーナメント)の会場でもあったことから、高校生そして小学生もこの球場でプレーすることを志し白球を追いかける。
神宮が歩んだ100年は、そうした数え切れない出会いの積み重ねでもあった。
“ほぼ毎日、野球がある” 異なる文化が共存する野球場
神宮球場の特徴を尋ねると、永渕さんは開催される試合の多さを挙げた。
「年間を通じて、ほぼ毎日野球をやっている球場です。今主流のボールパークというよりは、まさに“野球場”というイメージだと思います。一般の利用も含めて全部を足すと、試合数は年間400を超えますね」
シーズン中には昼間の学生野球から夜のプロ野球へと、同じ球場が表情を変える。スタンドに響く応援も、集う人々も異なる。それぞれの試合がその日しか見られない神宮球場をつくり出している。
「プロ野球の文化と学生野球の文化はそれぞれ異なります。応援する層も違えば、応援スタイルも違う。そういう違う文化が“共存”しているという意義は、大きいと思います」
スワローズの試合でスタンドを彩るのは、東京音頭と共にカクテル光線で輝いた傘を振るファン。
得点の喜びを分かち合う光景について、永渕さんも「本当にきれいで、お客さんも楽しそうに振っている。神宮球場での野球観戦の醍醐味だと思います」と語る。

一方で学生野球は、学生服姿の応援団やブラスバンドが独特の空間を生む。グラウンドで戦う選手と、スタンドから大きな声を届ける仲間たち。その一体感もまた、神宮を象徴する光景である。
「プロしか見たことがない人にとっては、新鮮な野球体験だと思います」
同じ場所へ足を運んでも、出会える野球は一つではない。普段親しんでいるカテゴリーから少し視線を広げれば、異なるカルチャーや試合の楽しみ方に触れることができるのだ。
そんな神宮球場を「誰の球場ですか」と尋ねると、永渕さんはこう答えた。
「すべての野球ファンのものだと思います」
一つのチームやカテゴリーに限定されない、多くの人が自分の思い出を重ねられる場所。その言葉には、神宮が長く担ってきた役割が表れている。
11月14日には、東京六大学選抜と東京ヤクルトスワローズによる、「明治神宮外苑創建百年記念奉納試合」が予定されている。普段はそれぞれの試合を彩る二つの文化が、同じ試合の中で出会う機会だ。
永渕さんは、両者の応援にも期待を寄せている。
「きっとスワローズの応援団と六大学の応援団が、応援合戦をすると思います。そういうところに、プロとアマが共存している球場の魅力が引き立つと思いますね」

仲間との抱擁や勝敗の涙 変わらない学生野球の姿
95年に配属となってから30年以上、球場の歴史の1/3近くを運営として携わってきた永渕さんは、観客の楽しみ方にも変化を感じている。
スワローズの試合では、ユニホーム姿で来場する方が増えたと実感している。チームや選手を応援し、球場で一体感を味わう。勝敗を見届けることに加え、そこで過ごす時間そのものを楽しむ姿が目に留まるようになった。
学生野球では、時代を経ても変わらない光景があった。
「仲間との抱擁や、勝ったとき・負けたときの涙。そういう学生らしいシーンはずっと変わらないですね」

学生野球において、特に大きな熱気を感じたのが早稲田大学の斎藤佑樹投手が活躍した時代だった。永渕さんは、10年秋の早慶戦による優勝決定戦を、印象深い出来事として挙げる。
「自分が入ってから一番印象に残っているのは斎藤佑樹投手が早慶戦で投げた優勝決定戦ですね。あふれるほどのお客さんが入って、特別な気持ちがあります」
長い歴史を持つ学生野球に新たな注目が集まり、初めて球場へ来る人もいる。受け継がれてきた応援や試合の文化に、新しい世代が加わっていく。その流れも、神宮の歴史を更新してきた。
また永渕さんは、子どもたちがこの球場を目指すことにも価値を感じている。かつて開催されていた全日本学童軟式野球大会(マクドナルド・トーナメント)について、全国の予選を勝ち抜いて神宮へ来る意味をこう語った。
「北海道から沖縄まで予選があるということは、そこの小学生の子たちが神宮を目指してくるわけですよね。それは球場として、すごく価値があったと思います」
毎年年末に開催される「NPBジュニアトーナメント」の会場となっており、今も子どもたちの目指す舞台であり続けている。その点ついても「未来を感じます」と述べる。
このように学生野球の聖地としてあることから、初めてグラウンドへ降り立ったときの高揚感については、選手から聞く機会もあるという。
憧れの場所が自分のプレーする場所となり、その経験が新たな記憶として残っていく。神宮球場は歴史を重ねながら、次の世代の野球との出会いも生み出している。
選手とファン、そして他のスポーツとの“近さ”がある
永渕さんにとっては忘れられない光景が数々あり、一つでは到底絞ることはできない。そんな中でも一つ挙げたのが、スワローズが14年ぶりのリーグ優勝を決めた2015年だった。
サヨナラ勝ちという最高の形で優勝が決まっただけでなく、グラウンドでビールかけが行われた。スタンドに残ったファンも、その喜びの瞬間を分かち合うことができたからである。
「ファンもスタンドに残って祝うことができました。なかなかない光景ですし、歓喜の瞬間をファンと一緒に共有できたというのが記憶に残っていますね」
永渕さんが考える「神宮らしさ」とは何か。それは、選手とファンの“近さ”だった。それはグラウンドまでの距離に加え、同じ出来事に心を動かし、感情を共有できる近さを表している。
「他球場に比べて建物があまり高くないので、空が広く見えるんです。開放的な、開かれた球場というイメージを持ってもらえるのではないでしょうか」

周囲には緑があって秩父宮ラグビー場や国立競技場、東京体育館など、さまざまなスポーツの舞台が集まっている。野球とともに、サッカーやラグビーなどの文化がこの地で長く息づいてきたことも、神宮らしさの一つと語る。
ただし、そうした光景は、グラウンドとスタンドに人が集まるだけでは生まれない。ほぼ毎日行われる試合を、安全に迎えるための仕事がある。
後編では、表からは見えにくい球場運営の日常と、先人から受け取った100年の歴史を未来へつなぐ、永渕さんの想いに迫る。
(つづく)
