最新機器が証明した80〜92歳の驚異の身体能力。球都桐生・傘寿野球が示す、生涯スポーツとしての野球の可能性

傘寿野球の選手たちがグラウンドで躍動し、自らの身体を最新機器で計測する。

群馬県桐生市で、80歳以上の選手による野球チーム「球都桐生傘寿」のメンバーたちが、同市にある「球都桐生野球ラボ」を訪れた。

最年少は80歳から最高齢は92歳という、驚異のバイタリティでグラウンドに立つ選手たちが最新機器を使って体組成や野球のパフォーマンスを計測。

数字を通して証明する「生涯スポーツとしての野球の価値」、そして今年立ち上がった球都桐生傘寿の結成秘話に迫る。

(取材 / 文:白石怜平、写真提供:桐生南スポーツアカデミー)

測定結果は“アスリートが目指すべき”指標の選手も

球都桐生傘寿はかつて東映フライヤーズ(現:北海道日本ハムファイターズ)で活躍した黒崎武監督の元、今年新たに誕生した。

選手たちは今回「球都桐生野球ラボ」で体組成や体力などの測定を行った。多くの選手にとって、自分の身体を詳細な数値で確認するのは初めての経験。

当日は選手や関係者を合わせて30人近くが集まり、主にInBodyを用いて体組成・基礎体力などを測る「フィジカル測定」と、RapsodoやBlast Baseballなどを活用してスイング項目や球速・回転数などを測る「野球パフォーマンス測定」を行った。

球都桐生野球ラボで計測を行った「球都桐生傘寿」

特に体組成の測定では実年齢よりはるかに若い測定数値を叩き出し、驚きの結果が並んだ。

20代や30代でも100点中60点台でも珍しくないとされる中、70点台後半を記録する選手が続出。専門家や測定スタッフからも「アスリートが目指すべき80点に近く、筋肉と体脂肪(体組成)のバランスが非常に良いです」と絶賛されていた。

結果が出るたびにメンバー同士で点数を伝え合う。誰かが好記録を出せば周囲から声が上がり、測定会場は試合中のベンチのような盛り上がりを見せた。

自身も精力的に体を動かした黒崎監督も選手たちの動きを見て、「体型もお腹が大きく出ているような人が一人もいない」と評する。

元プロ野球選手でチームの指揮官を務める黒崎武さん

週に複数回の練習に欠かさず参加し、長年にわたって身体を動かしてきた積み重ねが数字にも表れていた。

これにより、日頃から野球を続けていることで健康と若さ、そして引き締まった体を維持する最大の秘訣であるという共通認識が生まれていた。

一方で、測定は加齢による変化を見つめる機会にもなった。

かつて75kgほどあった体重が58kgまで減ったというメンバーは、数値を通じて自身の衰えを実感したと話す。

測定結果を基に食事や筋肉量を見直し、「もう少し栄養を取った方がいい」と今後の生活習慣を再考する声も挙がった。

好成績を競うだけではなく現在地を把握することで、長く野球を続けるために何をすべきかを考える。それが今回の測定の大きな意義である。

年齢を重ねてもプレーできる秘訣がここで一つ見える機会となった

「1年に1回は測定し、定点観測にした方がいい。こうして数値で分かるのは便利で、参考になる。機会があれば定期的に測定したい」

という意見が各所から寄せられ、このような数字によって自分の身体やプレーを把握できる取り組みは、80歳を超えた選手たちにとっても新鮮に映っていた。

データ計測は若いアスリートだけのものではなく“生涯スポーツ”として競技を続けるための道標として、また新たな可能性を示した。

最年長の92歳、片目でマウンドに立つ投手

チーム最年長は勅使河原(てしがわら)弘選手。この6月で92歳を迎え、投手としてプレーしている。

勅使河原さんは約30年前に患った病の影響で、現在は左目が見えない。それでも長年培った感覚と経験を武器に、マウンドから正確にボールを投げ込む。

この日は投球だけでなく打球計測でもセンターに鋭い打球を放ち、ハツラツとした動きを見せた。

黒崎監督は「ウチだけではなく県内でも最高齢クラス。登録だけでなく、実際に試合に出て投げているのは勅使河原さんだと思います。本当に信じられないほど若いですよ」と絶賛。

92歳の投手が実戦のマウンドに立つ姿は、傘寿野球が健康づくりのみにとどまらないことを表していた。選手たちは今も競技者として白球を追いかけ、仲間と高め合っている。

黒崎監督(写真左)と共に数値をチェックする勅使河原さん(同右)

“球都”を冠し、桐生に傘寿野球が発足

球都桐生傘寿は今年3月に本格始動を果たした。野球のまちとして長年歴史を築き、“球都”と称されるその冠をチーム名にも入れている。

所属する選手もほとんどが桐生の古希(70歳〜74歳)やグランド古希(75歳〜79歳)のチームで活動する選手が集まって構成されており、新たな仲間とスタートを切った。

桐生出身の黒崎さんは共に1959年に東映へ入団。同期には同級生でもある張本勲氏がおり、62年の日本一にも貢献するなど67年までプロ野球選手として過ごした。

傘寿チーム結成についての相談を数年前から受けており、監督就任の背景には自らを育ててくれた桐生の野球への恩返しがあった。

「桐生の野球がずっと大好きですし、野球で育ちましたから、惜しみなく教えたいなと思っていますよ。

年齢は80歳以上の選手で、これまで還暦・古希・喜寿・傘寿の4つをみんな跨いで野球をしてきたのですから、これからも楽しくやろうという人たちが集まっています」

チームのキャプテンを務めるのは今泉悦二さん。チーム内では最年少で今年80歳を迎える。

「若い人たちからすれば、もう80歳かと思われるでしょうが、チームでは一番若い。キャプテンを任されたからには、この球都桐生の基礎的なものを少しでも築ければと思って引き受けました」

キャプテンとして牽引する今泉悦二さん

練習は年齢を理由に内容を薄くするのではなく、古希や喜寿のチームなどと同様に進める方針である。

「プレーしていると分かります。もう一つのチームになっていると感じました」と黒崎監督は早速手応えを感じているが、最優先するのは勝敗ではない。

「勝った時だけ喜ぶのではなく、負けても『今日もいい試合だった』と言って帰れるチームにしたい。誰一人けがをせず、体調が悪い時には無理をさせず、できる時に一緒に野球を楽しみたいと思っています」

グラウンドで精一杯野球と向き合っている

“生涯スポーツ”としての野球を次の世代へ

チーム結成後は週2〜3回の練習を行っており、1試合の練習試合も行った。その試合で勝利を収めるなど好発進を見せている。

そんな球都桐生傘寿は、長く競技を続けられる道筋を示すことで若い世代に伝えたいメッセージがある。現在もプロ野球OBによる野球教室で子どもたちにも教えているという黒崎監督が最初にこう述べた。

「若い人たちにも、野球にはこういう道があるんだとイメージしてもらいたい。小学生から中学生に指導をする時は、言われたことをすぐにノートに書き留め、体で覚えることの大切さを伝えています。

80歳になっても、こうして真剣に野球ができる姿を見せることで、若い世代や還暦以上でプレーする選手たちにも希望を与えたいです」

傘寿野球から野球界に新たな可能性を示している

今泉さんは、グラウンドでの姿勢を見てほしいと語る。

「私たちがハツラツとプレーし、勝った負けたと盛り上がっている姿を下の世代に見せることが大切です。『あの年齢になってもあんなに楽しいチームがあるんだ。俺たちもあの流れに乗っていこう』と思ってもらえるような、憧れの存在でありたいですね」

若い世代そして地域に向けて野球が生涯スポーツとなるお手本を示している

選手の一人、美馬勝成(かつしげ)さんは、県の還暦野球連盟で常任理事を務めている。

群馬県が還暦・古希・喜寿・傘寿を合わせると、登録チーム数を全国一誇る「野球王国」である誇りを持って将来の展望を述べた。

「傘寿のチームがしっかりと育ち、やがて群馬県内でリーグ戦を行うことで全国大会を開催できるような組織を作りたいです。まだまだ続く野球人生をかけて、そのお手伝いができればと考えています」

美馬さんも傘寿野球を通じて広がる目標を語った

何歳になっても身体と向き合い、野球を楽しみながら勝利を目指すチームが掲げる目標は“傘寿野球日本一”。

長年野球を続けてきた成果を数値で把握し、自らの現在地とさらなる伸びしろを知る機会を得た選手は今も野球へ情熱を注いでいる。

(了)

この記事をシェアする
  • URLをコピーしました!