2022年、日本初のトライアウトリーグとして沖縄で発足した「ジャパンウィンターリーグ(JWL)」。
挑戦の場を求める選手たちの受け皿として始まった取り組みは、世界各国から選手やスカウトが集う国際的な舞台へと発展し、野球を通じた新たな文化を築いてきた。
JWLがわずか数年で野球界のハブとされるまで発展した原点には、代表である鷲﨑一誠氏の「野球人生の再出発」があった。
今年節目となる5年目の開催を控えるにあたり、鷲﨑氏にこれまでの歩みや未来について話を聞いた。
(取材 / 文:白石怜平)
日本初のトライアウトリーグは鷲﨑氏の経験がルーツに
JWLはプロアマそして国内外問わず100人を超えるプレーヤーが集い、リーグやチームを編成して20試合以上のリーグ戦を戦う。
次の所属先を勝ち取るため、所属チームで飛躍するきっかけをつかむため、また野球人生にピリオドを打ち次のステージへのスタートラインにするなど、それぞれの目標を胸に沖縄で約1ヶ月間を過ごす。
JWL誕生の原点は、鷲﨑氏自身の野球人生にあった。
慶應義塾大学野球部に所属していた鷲﨑氏は、4年間で公式戦出場を果たすことはできなかった。野球部引退後に就職浪人を経る中で改めて人生を見つめ直し、「もう一度野球をやりたい」という思いに突き動かされる。
そして渡った先が、米カリフォルニアで開催されていたウィンターリーグだった。
そこでは十分な出場機会を得た鷲﨑氏は、本塁打を放つなどレギュラーとして活躍。1試合約4打席立てる環境の中で、大学時代に果たせなかった挑戦をやり切ることができた。
「大学時代の努力をここで出し切れたことで、ビジネスマンとして次の人生へ進もうと心から思えました」

帰国後は大手企業に就職し着実に地位を築いていった中、かねてから志していた独立を果たしIT企業を興す。その後2022年に「株式会社ジャパンリーグ」を設立し、同年11月下旬からついに国内初のウィンターリーグが沖縄で開催された。
第1回大会はアマチュア選手や独立リーグ所属選手、そして7人の海外選手など幅広い層が集まり66人が参加。MLB3球団・NPB4球団を含む31球団のスカウトが視察に訪れるリーグとなった。
最大の特徴は、全選手に平等な実戦機会が与えられることである。4チームによる22試合を戦い、投手は全員が10イニング以上、野手は30打席以上を経験する。
1日のみで数打席・数人の打者との対戦で評価される従来の合同トライアウトとは異なり、1か月を通じて実力を示せる環境を整えた。
また鷲﨑氏が目指したのは、契約を勝ち取るためだけのリーグではなかった。
『陽の目を見ない場所に光を』『野球界の登竜門を沖縄に』をリーグの理念に掲げ、第1回から抱く想いは今も変わらないままだ。
「NPBやMLBを目指す場として活用してほしい一方で、野球に区切りをつける選手がいてもいい。“やり切った”と思える1か月になればと思っています。参加した選手が“自分は成長できた”と実感できることが一番の願いでした」

その理念は初年度から形作られていく。36人がスカウトの評価を受け、10人が新たな所属先との契約を獲得。独立リーグや社会人チームだけでなく、ポーランドのクラブへ進んだ選手も輩出した。
契約に至らなかった選手も含めて66人全員が野球を続ける道を選択し、「野球の楽しさを思い出せた」という声が数多く寄せられた。
日本初のトライアウトリーグは、選手に新たな挑戦の場を提供しただけでなく、「野球を通じて人生を前向きにつなぐ場所」という新たな価値を生み出した。
NPB球団が集う理由「学び合う文化」が生んだ価値
ジャパンウィンターリーグ(JWL)が球界で存在感を高める中、その価値を象徴する出来事が第3回から実現したNPB球団の参画だった。
2024年には西武・楽天・DeNAの3球団から計10人が参戦。
翌25年にはソフトバンク・オリックス・西武・ロッテ・巨人・ヤクルトの6球団へと倍増し、赤星優志投手(巨人)や岡田明丈投手(元広島)など、一軍での実績を持つ選手も名を連ねた。
参加した選手が翌年一軍の舞台で活躍したり、支配下登録を掴む事例が毎年見られることから、「JWLをきっかけに今年ブレイクした」「成長して帰ってきた」といった声も球界関係者から聞かれるようにもなったという。
「球界での認知度がさらに広がるきっかけになりました。ただこれは急に実現したものではなく、立ち上げ前から種をまいてきたことが形になった結果だと感じています」(鷲﨑氏)
JWLではNPB選手が“教える側”になることはない。社会人野球や独立リーグ、海外リーグには年齢も経験も上回る選手が多く集まり、カテゴリーを越えて互いに学び合う文化が自然と生まれている。
24年には、NPBの若手育成選手が社会人や海外選手へ打撃技術を質問し、試合後も一緒に練習する姿もあった。その文化は昨年もさらに浸透していたこと、鷲﨑氏はエピソードを交えて明かしてくれた。
「NPBのチームに所属している選手で普段はデータ活用に積極的ではなかったのが、JWLでは自らアナリストへ前のめりになって質問していた」と驚きの声が寄せられたという。
「『ウチのファームでも、ここまで選手が自分から学びに行く雰囲気はなかなか作れない』と言っていただけたのは自信になりました」

その背景には、JWLならではの育成スタンスがあった。
「私たちは頭ごなしに教えることはしません。選手が興味を持ったタイミングで伝えられる環境を大切にしています。
周りが自然と質問している姿を見ると、『自分も聞かなければ取り残される』という空気が生まれる。その自主性の連鎖がJWLらしさだと考えています」
NPB・社会人・独立リーグそして海外選手。立場や実績に関係なく互いから学び、成長する文化が根付いたことで、JWLはトライアウトリーグの枠を超えた育成プラットフォームへと進化を遂げている。
「JWLへ行けば成長できる」。そんな評価が球界に広がり始めたことは、4年かけて築き上げた大きな財産の一つであった。
「世界のジャパンウィンターリーグ」へ 沖縄から広がる野球の可能性
JWLが掲げる「陽の目を見ない場所に光を」という理念は、日本の選手だけに向けられたものではない。
世界中の野球選手に挑戦の機会を届けている。その構想を形にする上で大きな役割を担っているのが、独立行政法人国際協力機構(JICA)との連携である。
初年度からJICAの協力を通じてウガンダの選手が参加。さらに第2回大会では、海外選手とチーム・監督をつなぐスカウティングサイト「BBJO(Baseball Jobs Overseas)」とも提携し、世界各国へ門戸を開いた。
海外選手を広く受け入れることについて、第2回を終えた後このように想いを語っている。
「初年度は海外選手が7人でしたが、もっと多くの選手に来てもらいたいと考えていました。日本だけではなく、世界中の野球選手にもチャンスを届けたい。『世界のジャパンウィンターリーグ』を目指すことが2年目の大きな挑戦でした」

その結果、2年目には海外10カ国・地域から31人が参加。その後も参加国・地域は拡大を続け、現在では16の国・地域から選手が沖縄へ集う国際的なリーグへと発展を遂げる。
JICAとの連携は、単に海外選手を招くことが目的ではない。野球環境が十分に整っていない国や地域にも成長の機会を届け、「世界の野球界に光を当てる」ことが大きなテーマとなっている。
その象徴が、23年から行われている「世界の野球界に光を」プロジェクト。
昨年招かれたのは、ペルー出身のホルヘ・ロヨラ投手。最速168km/hを記録した経験を持つ右腕として大きな注目を集めた。

実際には肩の故障を抱えながらの参加だったため本来の球速は披露できなかったが、192cm/108kgの体格に加え、除脂肪体重95キロ、体脂肪率6%という驚異的な身体能力を見せつけた。
「肩を痛めていたので最速132km/hでしたが、体組成を測るとNPBでも見たことがないレベルでした。168km/hという数字も納得できるポテンシャルを感じました」
一方で、JWLから世界へ羽ばたいた選手もいる。
チェコのボリス・ヴェチェルカ投手は、トミー・ジョン手術からの復帰後初登板をJWLで迎え、その活躍をきっかけに今年3月のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)でチェコ代表入りを果たした。
「JWLがなければ代表入りはなかったと思います。彼自身がこの場を活用してチャンスをつかんでくれました」

さらに同じくチェコ代表でコーチを務めるアレックス・デーハク氏もJWLではコーディネーターとしてNPB選手を含めた指導を行うなど、選手そして指導者が国境を超えて高め合う場となっている。
日本初のトライアウトリーグとして始まったJWLは、国内外の選手が競い、学び、次の可能性をつかむ舞台へと成長してきた。
しかし、沖縄で生まれている価値は選手の契約や成長だけにとどまらない。野球界のプラットフォームとして、その役割は広がり続けている。
(つづく)

