「間違えた後」が大事 ビデオ判定時代に求められる審判の“心の技術”

NPBでは2010年から本塁打に限ったビデオ判定が導入され、2018年からリクエスト制度が採用された。高校野球では今夏、ビデオ検証が始まる。

MLBでは今季からストライク判定にもABS(Automated Ball-Strike System)というロボット審判によるチャレンジ制度が取り入れられた。韓国プロ野球のKBOでは、すべての投球が自動で判定されている。

テクノロジーが目覚ましく進化する昨今、判定に高精度を求める動きは当然と言えるだろう。

では、ジャッジの真偽を問われる審判はどんな胸中にあるのか。東京六大学や甲子園大会、都市対抗や2008年北京オリンピックなど数々の大舞台に立ち、50歳まで現役審判として活動した桑原和彦氏(2023年から全日本野球協会アマチュア野球規則委員長)が語る。

「時代の流れはもちろん理解できます。ただ、我々はずっと『間違ってはいけない』と思って審判をしてきました。大観衆の前で、オーロラビジョンにリプレイが映って判定が覆ったとき、平常心でいられるか。『自分だったらどうかな』と、20年前のことを考えると思います」

判定変更で「真っ白」になったあの日

桑原氏はある全国大会で三塁塁審を務めた際、ミスジャッジを犯したことがある。1死三塁でレフト後方にフライが上がった場面だ。レフトが捕ると同時に本塁へ送球しようとした際、落球した。桑原氏はジェスチャーでキャッチアウトの判定を示し、三塁走者はタッチアップで生還した。

ところが、球審が他の3人の審判員を集めて協議し、「ノーキャッチの落球で二塁打」と判定を変更したのだ。大観衆が見守るなか、球審から場内にアナウンスされた。

以降、桑原氏は試合の記憶がないという。それほど茫然自失としていたからだ。唯一覚えているのは、「この試合でまたミスジャッジをしたら、審判をやめなければならない」ということだ。

それから長い年月が経った2021年、桑原氏は社会人野球の規則・審判委員会委員長に就任した。同年の都市対抗からビデオ検証(ホームランに限定)が開始されることになった。

都市対抗は東京ドームで開催される。天井は白色のため、デーゲームでは守備の選手だけでなく審判も打球を見失うことがあり、以前からホームランを巡る判定でトラブルになるケースがあった。これを解消するため、アマチュア野球で初となるビデオ検証が導入されたのだ。

当然、「ビデオ検証→判定の変更」という自体が想定される。桑原氏はそう想像すると、以前犯したミスジャッジがフラッシュバックした。

「間違えた後」の技術を伝えたい

自分のような経験は、後輩たちには絶対にしてほしくない――。

そう考えた桑原氏は翌年、社会人野球を対象に「審判員のメンタルスキルトレーニング動画」を作成した。

©日本野球連盟(JABA)

「判定を間違えてしまった後、次に間違いをしないためにはどうすればいいのか。そういうメンタルトレーニングがあることを知り、伝えることにしました」

アマチュア野球でビデオ判定が行われるのは、ごく一部に限られる。全国的には環境が整っておらず、ビデオ判定が行われない試合のほうが多い。

審判は正しい判定を下せるように修練しているが、当然、人間だからミスはある。自分でも、「間違ってしまった」と感じることはあると桑原氏は言う。その際、選手や観客から「なんだよ……」という態度を示されて動揺すると、次の判定に悪影響が及ぶ可能性もある。

「そのなかで次に正しいジャッジをするためには、メンタルトレーニングをしてもう一度冷静な自分を取り戻す。あるいは緊張した場面でも、普段グラウンドで行っていたスキルを十分に発揮するためのメンタルトレーニングをする。日本で野球が始まって100年以上経ちますが、我々審判は『どうすれば間違えないか』と取り組んできました。でも、間違えた後に『次に間違いをしないためには、どうすればいいか』と取り組むほうが重要なのではと気づきました」 

ジャッジと同じく、心のコントロールにも技術がある。桑原氏はメンタルトレーニングを通じて気づいた。

心を整えることも審判の技術

社会人や大学の審判を対象にメンタルトレーニングの講習会を始めると、「非常に好評」だという。

「都市対抗では2年前から、全部のプレーについてビデオ検証を始めました。当然、覆る判定があります。ビデオ検証が行われている間の心持ちや、判定が覆ってしまったときの心の持っていき方など、非常に役立っているというレポートが講習会を重ねるごとに増えています」

ビデオ判定を導入する際、「アマチュア野球では必要ない」と意見が少なからずあったという。

では、なんのために採用したのか。審判自身、ビデオ判定の意義を捉え直すことが重要だと桑原氏は指摘する。

「ビデオ検証をポジティブに捉えることが必要です。自分でも『間違ってしまったな』という判定はあるので、大事な場面で正しい方向に判定を変える。それは“我々が判定したジャッジが覆る”ということではなく、みんなが納得する方向に、ビデオ検証を使って変える。我々もモヤモヤしたものを抱え込んでジャッジを続けるのではなく、ビデオ検証ではっきりしてもらい、『そうなんだ。次、頑張ろう』と持っていくのがメンタルトレーニングです」

メンタルトレーニングは、社会人野球では都市対抗と日本選手権を担当する審判に対して年に1〜3回程度実施される。大学野球では年に1回全国講習会があり、そのなかで講義がある。

「選手と同じく、審判も長らく”根性の世界”でした。でも、気持ちだけでは成立できない部分があります。各連盟の方々にメンタルトレーニングの重要性に気づいていただき、広げていければと思います。結果、ジャッジのレベルも上がっていくはずです」

心の整え方、持って行き方には技術がある。Homebaseに公開されている動画を見れば、その重要性がわかるはずだ。審判に限らず、万人に役立つ“心の技術”である。

(文/中島大輔)

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