全日本野球協会(BFJ)が主催する「2025年度 野球指導者講習会(BCC)」。座学の最後のプログラムは「データ活用〜データ活用とコーチング〜」がテーマに展開された。
ここでは、技術論や育成論に加えて現代の指導現場で避けて通れないテーマも扱われた。
本講義では、慶應義塾大学時代に投手として活躍、そして指導者としてもいち早くデータ活用を導入した第一人者でもある林卓史氏を講師に招聘。
データ分析に関する著書も持つ立場から、投球や打撃の計測データ、セイバーメトリクス、動作分析などを紹介しつつ、それらをどう指導に生かすべきかを語った。
子どもたちの成長に大きな力となるデータ活用
林氏は慶大そして日本生命でプレーし、東京六大学では通算21勝を挙げ、社会人野球では2002年の社会人野球日本選手権優勝に貢献した。
03年に指導者へ転身して以降は、慶大のコーチ・助監督や朝日大学のコーチ・監督を務めた。現在は大学教員として研究を重ねながら、読売巨人軍ジュニアユースや侍ジャパン(U12)の投手コーチとして現場に立ち続けている。
林氏は本講義の狙いを「監督・コーチがどうやってデータを使っていくか」、そして「コーチングや指導とどうつなげていくか」と整理。それを踏まえて、結論に近い形で述べた。
「どうやって子どもたちの長所を見つけるかであったり、どうやって子どもたちや選手を好きになったり、愛情を注げるかなど、そういうことにもデータは使えるのではないかと考えています」

データ活用という言葉からは、どうしても“管理”や“分析”の色合いが先に立つ。だが林氏の講義から見えてきたのは、数字を通じて選手をより深く見るという発想だった。
投手のデータを通して明かされる“比較”の重要性
講義ではまず、投球データの活用が紹介された。
ラプソードやトラックマン、スマートフォンで計測可能な機器などを用いれば、球速・回転数・変化量といった情報を可視化できる。
林氏はダルビッシュ有投手(パドレス)や大谷翔平投手(ドジャース)の例を挙げながら、“一球の価値”をデータで捉えられる時代になっていると説いた。
「この球速でこの変化量だと、これだけ打たれてこれだけ抑えてるっていうのが、メジャーリーグのデータで公開されて全部わかるんです。
そしたら、このボールを投げることができればなかなか打たれないなということが分かって、今度はそれをマスターしに行こうというように練習していきます。
今ピッチデザインという言い方をしますけども、このようにデータの世界が広がっていきます」

ここで重要なのは、データが単なる記録に終わらず、練習の方向性を示す材料になる点だ。また林氏は、映像とデータをセットで残すことの有効性にも触れた。
「ピッチャーの調子がいい時、どう投げていたかを振り返られるのはコーチにとってすごく役に立ちます。 もう一つは、例えば平均球速が150km/h近くある投手の特徴が一度分かると、おおよそのイメージを一定して持つことができます」
状態が良い時のフォームを映像で保管し、球速や回転効率と合わせて見る。そうすることで、感覚だけに頼らず「この時はこうだった」「あの投手と比べてこうだった」などといった比較が可能となる。
定量的な指標を元に比較することで、指導者の好みではなく実際のパフォーマンスを基準に話ができる点もデータ活用の有用性を示していた。
打者は目指すべき打球を数字で把握できる
打撃面では、計測機器を用いることでスイング速度や打球角度・打球速度を計測できると説明した。
林氏が強調したのは、打球データを結果と結びつけて見ることで、「どんな打球が良いのか」を定量的に共有できる点。MLBでの取り組みを交えながら、そのメリットを伝えた。
「メジャーリーグでは打球データやスイングデータをほぼ全て公開してくれています。その何がいいかっていうと、“どんな打球がヒットになったか”・“どんな打球がアウトになった”かが分かります」
例えば長打になりやすい打球速度と角度、あるいは単打になりやすいラインなどを知ることで、選手は目指すべき打球をイメージしやすくなる。
高校生以下の育成年代では無理に長打を求めるのではなく、まずはヒットになりやすい角度を理解するだけでも意味があるという。
「16°ぐらいの打球がどうもヒットになりやすいなということで、じゃあ16°の打球ってどんな打球か打ってみよう・練習してみようといった活用の仕方があります」
漠然と「強い打球を打て」ではなく、具体的な打球イメージを持たせる。そこにもデータの価値があることを表した。

一方で林氏は、「計測すればすぐ上達するわけではない」ことを強調した。
データは現在地を示してくれるが、その数字と向き合い、改善の工夫を続ける力がなければ変化にはつながらない。
「測ったらすぐ良くなるわけではないです。今の自分の課題が分かった上で、それをどう改善するかや工夫する力といった“レジリエンス”がとても大事なんと感じます」
ここでは、データを活用して打撃改造を行ったラーズ・ヌートバー選手(カージナルス)の例や、林氏が慶大助監督時代に指導した木澤尚文投手(東京ヤクルトスワローズ)の球質改善にまつわるエピソードを紹介した。
数字は目標や理想と離れていることも知る一方で、改善の糸口にもなる。そこから逃げず、試行錯誤を重ねる姿勢が必要になると説いた。
数字だけでなく、言葉や感覚もデータになる
加えて今回の講義で明かされたのは、林氏が計測機器だけをデータを取るだけと捉えていなかったことだ。
選手への指導記録や日誌、スタッフ間で共有するコメント、さらには肩や肘の状態について本人に聞く“感覚”もまたデータだと位置づけた。
「言葉もすごい重要なデータだなと思います」
林氏は自身が指導しているチームで、スタッフ8人ほどとテキストベースで指導内容を共有しているという。
誰にどんな声掛けをしたか・どんな変化が見られたかを書き残すことで、指導の齟齬を減らし、選手理解を深めることができると語った。

また、故障予防の観点からも感覚のデータは有効だと語る。
「大丈夫かと聞くと、大丈夫ですってしか言わなくて、大丈夫じゃない時にはもうかなり重症みたいなことがあります。であれば10段階のうち8になったら『ちょっとまずいな』というチェックをしていく方法もあります」
数値化できるものだけではなく、日々の言葉や感覚も含めて記録していく。その幅広い視点が、林氏の“データ活用”の特徴だった。
データを通じて分かる“良いコーチ”・“賢いコーチ”
講義の後半では、データの見え方や考え方にも触れた。
得点期待値をもとにプレーの価値を考えることで、送りバントや盗塁などの見方も変わってくる。ここで林氏が示したのは、「通説をそのまま信じない」ためのデータの役割だった。
「データが何で大事かっていうと、通説に引っ張られないように、しっかりフラットに見ましょうっていうことだと思うんです」
先頭打者への四球は流れを悪くする、ピッチャーのリズムが攻撃のリズムを良くする。野球界には数多くの“常識”がある。
だが、実際にデータで見てみると、必ずしもそうとは言い切れないケースもある。思い込みや印象だけで判断しないこと。それもまた、指導者にとって大切な姿勢だと伝えた。
加えて林氏が終盤で述べたのは、データを長所発見のために使う視点であった。人は短所を強く意識しやすく、どうしても悪いところに目が向きやすい。
指導者もまた例外ではないとして、“良いコーチ”とはどんなコーチかをこう表現した。
「欠点の方がどうも見えやすいことに対して、より自覚的になる必要があると感じます。賢いコーチとかいいコーチは、自分が欠点の方へ目が行きやすいことを意識する方ではないかと考えます」

だからこそ、データを用いて「良くなっている点」を見つけることに意味がある。球速が上がった・打球速度が上がったといった変化を示すことで、指導者は選手の努力を具体的かつ客観的に認めることができる。
「データを測ってみて『数字良くなってるじゃん』とか、試合に出ていない選手も『すごいスイングスピード上がってるね』などが分かれば、選手に『頑張ってるんだな』と言える。
そういったツールの一つとしてもデータは活用できると思います」
必要なのは「数字を勇気に変えること」
講義の締めくくりで林氏は、データ活用の先にあるものをあらためて示した。それは、数字を並べることでも、選手を管理することでもない。数字を根拠にしながら、選手を前向きにグラウンドへ送り出すことだった。
「最後は選手に自信を持ってグラウンドに出させることが大事です」
林氏自身の考えとも重なっていたという、アメリカにある最先端のデータ施設である「ドライブライン」の創設者カイル・ボディ氏の言葉を紹介。

さらにID野球を掲げたプロ野球界の名将・野村克也氏の言葉も引きながら、データを“勇気”に変える指導の重要性を語った。
「根拠があって、それに対して感情で後押しして選手に自信を持たせてあげる。そういうことができるのがデータのいいところなのではと思います」
データ活用は、機器があるチームだけの話ではない。数字を見る姿勢、言葉を記録する習慣、感覚を拾う意識、そのすべてがコーチの成長につながっていく。
「コーチングによって成長するのは選手じゃなくてコーチなんだ」
林氏が最後に紹介したこの言葉は、今回の講義全体を象徴していた。
選手をより深く理解するためにデータと向き合うこと。それは、選手のためであると同時に、指導者自身を成長させる営みでもある。今回の講義は、その可能性を具体的に示していた。

