叶わなかった連覇への夢
ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)における日本代表・侍ジャパンの戦いぶりに、熱い視線が注がれた2026年3月。舞台を東京ドームからフロリダ州マイアミのローンデポ・パークに移し、ベネズエラと戦った準々決勝。侍ジャパンは逆転負けを喫し、大会連覇の夢はベスト8で潰えた。
大会を制したのは、日本を破ったベネズエラだった。準決勝ではイタリアに4−2で逆転勝利、決勝ではアメリカを3−2で下してWBC初優勝を果たした。
振り返れば、今大会の幕開けは大変華やかだった。東京ドームで行われたプールCの1次ラウンド。侍ジャパンは圧倒的な投手力、劣勢を跳ね返す集中打などを見せて、対戦相手を次々に倒していった。
初戦は、チャイニーズ・タイペイとの一戦だった。大谷翔平選手の先制満塁ホームランで幕を開けると、13−0のコールドゲームで快勝。続く韓国戦では、初回に3点を奪われる苦しいスタートだったが、3回には、大谷選手、鈴木誠也選手、吉田正尚選手の3本のホームランで逆転、一時は同点に追いつかれるも、また突き放して8−6と競り勝った。
3戦目のオーストラリア戦も1点先制を許したものの、吉田選手の2ランホームランで逆転すると、さらに追加点を奪い4−3と逃げ切った。そして4戦目のチェコ戦でも、互いに点を許さない難しいゲームになったが、8回に一挙9点を奪い9−0で勝利。
前回大会同様、4戦全勝で予選ラウンド首位通過を果たし、「再び世界の頂点へ」というストーリーに期待が高まったものの、世界の壁は厚かった。ロナルド・アクーニャJr. 選手(ブレーブス)、ルイス・アラエス選手(ジャイアンツ)、エウヘニオ・スアレス選手(レッズ)ら、メンバーのほとんどがメジャーリーガーというベネズエラ代表に、侍ジャパンの力は残念ながら一歩及ばなかった。
プレーヤーに対する心ない誹謗中傷
前回大会WBC2023での侍ジャパン世界一があまりにも劇的だっただけに、今回の代表チームに対する期待は大きかっただろうし、それゆえ、準々決勝で敗れたあとのショックも大きかったこともたしかだろう。だからかもしれないが、今大会においても、一部選手に対するSNSでの度を超えた誹謗中傷が大きな問題となった。
とくに、この誹謗中傷の対象となったのが、1点リードの6回に登板し、アルベート・アブレイユ選手(レッドソックス)に逆転3ランを浴びて敗戦投手となった伊藤大海投手(日本ハム)だった。伊藤投手といえば、2025シーズンでもパ・リーグ2年連続となる最多勝と自身初の最多奪三振のタイトルを獲得し、沢村賞も初受賞した日本球界が誇るエースである。
しかし、一部の暴走したSNSユーザーからは、伊藤投手自身のInstagramには「お前のせいで負けたんだけど、どーすんの?」などといった個人攻撃もさまざま書き込まれていった。このような心ない行動に対して、「誹謗中傷してるやつなんて気にしないでください」といった擁護や応援のコメントも相次いだが、結果的にコメント欄は荒れることになった。
なぜこれほどの中傷が起きたのか。そこには、複数の要因が重なっていると考えられる。
予選ラウンドでの「全勝」がファンの中に過度な万能感を生み、敗北という現実を許容する余白を奪ってしまったこと。SNSという匿名性の高い空間において、「悔しい」という感情が、建設的な批判ではなく短絡的な「犯人探し」へと変質したこと。そして、スポーツが「自分たちが愉しむための消費財」となり、血の通った人間としてプレーヤーを尊重する視点が欠落していたこと。それは裏を返せば、それだけ本気になって当事者意識をもちながら侍ジャパンを応援していた証といえるのかもしれないのだが。
しかしながら、具体的に投げかけられた言葉は、あまりにも過酷なものだった。これらは事実に基づく技術的な指摘のようなものではなく、人格そのものを否定し存在を拒絶する「非難・罵倒」にすぎない。
日の丸の重圧を背負ってマウンドに立ち、全力を尽くした者に対し、画面の向こう側から安全に石を投げる行為。「尊重=Respect」の精神からは最も遠いところにあるようなものだったといえよう。
侍たちのスポーツマンシップ
こうした騒動に関して、当事者である伊藤投手自身は、「こういう結果になった以上、誰かしらこういう立場になっていたと思うので、それが僕でよかったかなとは思います」(HBC,2026年3月17日)と受け止めている。この言葉からは、彼自身の強さ、スポーツマンとしての矜持を感じる。
また、このような事態に対して、チームの精神的支柱として活躍した大谷翔平選手は、会見のなかで、このように語り、持論を展開した。
「個人的には別に言われても気にはしないので。ただ、人格の否定であったりとかね、そういうことに関しては全く野球とは関係ない部分ではあるので。よくないとは思いますけど」
「プロである以上は結果が悪かった時に自分のことだけに対しては、僕は何を言われても受け止める姿勢ではいる」
「必ずしも全員がそういった選手かと言われたらそうではないですし。配慮を持って接していくっていうのは、それはどこにいても変わらないことではあるので。そこ次第なのかな」
(日刊スポーツ,2026年3月19日)
これらの言葉は、問題の本質を指摘すると同時に、大谷選手の精神的な強さを感じさせるものでもある。単に、仲間に対する助け舟としての言葉ではなく、プレーヤー、そして観戦者にとってもスポーツマンシップが重要であること、とくに「尊重=Respect」の重要性を訴えていることが伝わってくる。
私たちがスポーツを、野球を愉しむことができるのも、ゲームを創り上げるプレーヤーたちのおかげである。プレーヤーに対するが尊重や敬意が欠けた瞬間、スポーツは「愉しみ」から単なる「憎悪のはけ口」へと成り下がってしまう。大谷選手の言葉には、ファンに対してもまた真のスポーツマンであってほしいという願いが込められているように感じる。
ミラノ・コルティナ2026冬季オリンピックの名シーン
一方、WBCに先駆けて2月に行われたミラノ・コルティナ2026冬季オリンピックでは、多くのオリンピアンたちがすばらしいオリンピズム、スポーツマンシップを発揮してくれた。
フィギュアスケートの男子シングルでは、ショートプログラム(SP)で首位に立った世界王者のイリア・マリニン選手(アメリカ)が、フリーでは2回転倒するなど精彩を欠き8位に終わった。本人にとっても想像しない悪夢のような展開だったと思われるが、結果が出るとすぐに、金メダルに輝いたミハイル・シャイドロフ選手(カザフスタン)へと近寄りハグをしてたたえ合う場面が見られた。
女子シングルでも熱いスポーツマンシップが話題になった。暫定3位だった千葉百音選手は、最終滑走の中井亜美選手が銅メダルを確定させたことで、惜しくもメダルを逃し4位入賞となった。涙する千葉選手に寄り添い、優しく抱きしめて励ましたのは、5位に終わったアンバー・グレン選手(アメリカ)だった。
優勝候補の一人だったグレン選手は、SPで出遅れメダルに届かなかった悔しさもあったなか、周囲の選手たちを気遣う様子がGood Loserとして注目された。銀メダルに輝いた坂本花織選手を祝福しつつ、金メダルを逃した悔しさに号泣する様子を撮影しようとするテレビクルーを制止したり、金メダルを獲得したアリサ・リュウ選手(アメリカ)とのハグの前に、銅メダルの中井選手を祝福するように促したりする彼女の振る舞いには、多くの称賛のコメントが寄せられた。
また、スノーボード男子ビッグエアでは、TEAM JAPANの木村葵来選手が金メダル、木俣椋真選手が銀メダルを獲得したが、銅メダルを獲得したスー・イーミン選手(中国)がふたりの頭に手をやり、頭を揺らして祝福すると、金・銀メダルを獲得したふたりが思わず笑顔になるシーンもあった。
「オリンピックという舞台に立ったすべての選手を心から尊敬している」と語る スー選手の勝敗を超えた絆を大事にする姿も大きな話題を呼んだ。
私たちが心を奪われるのは、勝利の栄光だけではない。勝敗の枠を超えて互いにたたえ合う「真のスポーツマン」たちの姿こそ、多くの人々の心を打つことをあらためて教えてくれた大会になった。
誇り高きGood Fellowでありたい
対戦相手や審判に対してリスペクトを欠く声を投げかける。
ミスをした仲間に心ない言葉を浴びせる。
このような行為に及ぶプレーヤーたち、あるいは、スタンドにいるファンや保護者たちに対して、私たちは毅然と向き合うべきだろう。
技術的なミスについて分析し、次への課題とすることはよりよい方向に向かうための「批判」であり、成長の糧である。しかしながら、単に相手の心を傷つけ、人格を否定するのは「非難」であり「冒とく」であり、自らスポーツの価値を貶める行為である。
コーチの役割は、技術を教えることにとどまらない。前回のコラムで触れたコーチの語源が「馬車」にあることをぜひ思い出してほしい。プレーヤーたちが深い悩み、悲しみの谷に落ちたときこそ、そこから這い上がるための心を守ってあげてほしい。プレーヤーが責任を背負い込んでしまっているときに、その隣に寄り添い、「一人だけの責任じゃない」といえる強さをもった同志こそが、私たちが育むべき「Good Fellow」の姿である。
決して敗北をめざして戦っているわけではないが、だからこそ、敗北したときに、その人間の、その組織の、そしてその国の「スポーツマンシップ」が試されることになる。
「Good Loser」としての敗者の品格も含めて、私たちが、それぞれのグラウンドで、観客席でスポーツマンシップを形にしていきたいものである。
中村聡宏(なかむら・あきひろ)
一般社団法人日本スポーツマンシップ協会 代表理事 会長
立教大学スポーツウエルネス学部 准教授
1973年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部卒。広告、出版、印刷、WEB、イベントなどを通してスポーツを中心に多分野の企画・制作・編集・運営に当たる。スポーツビジネス界の人材開発育成を目的とした「スポーツマネジメントスクール(SMS)」を企画・運営を担当、東京大学を皮切りに全国展開。2015年より千葉商科大学サービス創造学部に着任。2018年一般社団法人日本スポーツマンシップ協会を設立、代表理事・会長としてスポーツマンシップの普及・推進を行う。2023年より立教大学に新設されたスポーツウエルネス学部に着任。2024年桐生市スポーツマンシップ大使に就任。

