2026年夏に開催された第108回全国高校野球選手権大会では、春夏通じて初となる5人の女性審判が起用された。その一人が8月7日の第3試合、立命館宇治対有明などを担当した佐藤加奈さんだ。
阪神大学野球連盟や大阪府高校野球連盟などで活動してきた佐藤さんは2018年の女子野球ワールドカップ、2019年のU-18ワールドカップ、2021年の全国女子硬式野球選手権など数々の大舞台に立ってきたが、甲子園には異なる雰囲気が漂っていたと振り返る。
「甲子園は本当に特別な場所だと思いました。大会が終わってからは、『本当にあそこに行ったんだよな。夢を見ていたんじゃないか』と感じるようなところもありました」
審判との出会いが、自分自身を変えた
高校までバスケットボール部で活動していた佐藤さんは日本体育大学進学後、新しい競技に挑戦しようと女子軟式野球部の門をたたいた。4年時にはレギュラーの座をつかみ、全日本大学女子選手権7連覇に貢献した。
卒業後、保健体育の教員として赴任した大阪府の中学校で野球部の顧問となり、指導の幅を広げるために審判講習会に参加する。そこで審判の魅力にはまり、活動を本格的に始めた。
「審判をしていくなかで、高校球児たちの成長に携われるのはすごく魅力です。それに、自分が成長できる部分も本当にあります」
佐藤さんは日常生活から、審判としてあるべき振る舞いを意識している。グラウンド上のアンパイアは、常に周囲から目を向けられる存在であるからだ。
挨拶をしっかりするのはもちろん、車も人もいない横断歩道でも交通ルールは遵守する。ポケットからガムの包み紙が不意に落ちても、絶対に拾う。自分自身を徹底的に律している。
「審判をするなかで、普段から人の目を気にするようになりました。よく“野球の神様”と言われるけど、普段の行動が自分に返ってくるのではというのがあります。世の中でやってはいけないこと、こうあるべきということは、本当に守るようにしています」
審判だから見える「強いチーム」の共通点
結婚を機に大阪を離れた佐藤さんは現在、さいたま市立の中学校に勤務し、野球部の顧問としてグラウンドに立ちながら、週1回のペースで高校野球の審判を務めている。
多忙な毎日だが、審判としての活動は野球部の指導にも役立っているという。わかりやすい例が、「こうしたらボークになるよ」という審判目線だ。
グラウンドでは選手たちの一挙手一投足に目を凝らしているから、「強いチーム」の共通点を感じられるようになった。
「強いチームはテンポがいいですね。テンポをつくるにはベンチの子にも役割があり、みんなで準備しようという雰囲気があります。試合に出ている子は『ありがとう、頑張ってくるよ』と返し、生き生きとプレーするからさらに応援される。周囲に支えられることで、試合に出ている選手たちは『もっとしっかりやらなければ』となるのではと感じました」
佐藤さんが顧問を務める中学の野球部には現在、23人の部員が在籍している。なかには試合に出られない選手もいるなか、どうモチベーションを高めさせていくのか。佐藤さんは審判として高校野球部から学んだことを、自チームに還元している。
「試合に出られないなかでも、『自分にしかできないことを探そう』と話しています。『そうすればプレーヤーとして試合に出たときに、いろんなことに気づけるよ』と。『野球はチームのみんなでやるものだよ』と伝えています」
支えられてたどり着いた甲子園
保健体育の教員で野球部の顧問を務め、週末に審判も行う佐藤さんには、もう一つの”顔”がある。3歳と5歳のお子さんを持つ、二児の母だ。
なかには仕事や家庭の事情で審判を続けられなくなるケースも少なくないが、佐藤さんが出産後も継続できているのは埼玉県高校野球連盟をはじめ、周囲の支えによるところも大きい。
「大会では球場に子どもたちを連れていって、先生方や審判方、マネジャーの子たちに見てもらっています。他の都道府県では、『審判控室に子どもを連れて行くなんて考えられない』とも聞きますが、本当にいろんな方のお世話になっています」
審判としてキャリアを重ねた佐藤さんは高校野球に加え、国際大会でも数々の経験を積んだ。そうして評価を高めて登り詰めたのが今夏の甲子園だったが、自分がその舞台に立つとは微塵も想像していなかった。
「以前、記者の方に聞かれたときには『出られたらうれしいです』と答えたけれど、現実味はありませんでした。自分があの場に足を踏み入れることができるとは、本当に今でも不思議な感じです」
過去に国際大会への出場が決まったときには、審判仲間から「おめでとう」と祝福された。
だが、甲子園では反響がまるで違った。長らく連絡を取っていなかった友人たちからメッセージがたくさん届いた。
日本人にとって、甲子園は野球を超えた特別な舞台である。その門戸が女性審判に初めて開かれた今年、佐藤さんは大きな注目を集めるミスを犯した――。
(文:中島大輔)

