プロとアマを通じ、日本中で最も多くの視線が注がれる大会が毎年夏の全国高校野球選手権だ。
その晴れ舞台で審判を務める者には、よく言われることがある。
「甲子園では360度に人がいて、最大4万人の観客があなたのジャッジに注目する。だから判定のジェスチャーを顔の前でぴったり格好つけてやるのではなく、一番上のスタンドから見ている人にもわかるように、もっと大きくガーンとジャッジしなさい」
「大きく見せよう」と意識しすぎて……
2026年8月7日、第3試合の立命館宇治対有明で二塁塁審を担当した佐藤加奈さんは、この言葉を強く意識して臨んだ。結果、痛恨のミスを犯した。
1点差で迎えた6回裏無死一塁、立命館宇治の増沢裕星外野手(3年)の犠打を三塁手が二塁に送球すると、ワンバウンドに。遊撃手は捕球したかに見えたが、落球した。このプレーに佐藤さんはアウトを宣告し、一死一塁となった。
直後、4人の審判員が集まって協議している最中、佐藤さんは「ミスをしてしまった。変えてください」と申告した。試合は無死一、二塁から再開されることになった。
「いつもは『次にはこういうことが起こるかもしれない』と予測しています。それが判定を大きく見せようと意識しすぎるあまり、最後までプレーを確認するとか、普段意識していることが二の次になってしまいました。一生懸命やっている選手たちに本当に申し訳なかったです」
この判定ミスは各メディアで大きく扱われ、SNSでもさまざまな声があふれた。甲子園という大舞台だけに、反響の大きさも普段の比ではなかった。
「もっと審判がうまくなりたい」
約10年の審判歴を誇る佐藤さんは、2018年の女子野球ワールドカップ、2019年のU-18ワールドカップ、2021年の全国女子硬式野球選手権など、数々の大舞台に立っている。それでも初めての甲子園は特別で、ミスを犯してしまった。
痛恨の甲子園デビューとなったが、同大会ではその後2試合を担当している。それが特に大きなニュースになっていないのは、そつなくこなしたからだ。
無難にこなせば何も言及されず、ミスを犯せば批判される。それは審判の宿命とも言える。
人間は誰しもミスを犯す。だが、審判は常に正しい判定を下すのが責務である。
甲子園という特別な舞台に立ち、佐藤さんは改めてアンパイアとして向上心を燃やしている。
「あの経験をしたからこそ、審判としてもっと成長したい、うまくなりたいと思いました。判定をするにしても、プレーをしっかり見るためにはいい角度を取らないといけないし、動きを1回止まって見ないといけない。それには技術が伴ってきます。高校野球をやっている選手が『もっと野球がうまくなりたい』と思うように、私も審判がうまくなりたい。あの経験を今後にどうつなげていけるか。もっと頑張らなければいけないと思っています」
「今日は100点だった、という日はない」
中学校の教員で野球部の顧問も務め、二児の母でもある佐藤さんは、毎週末に高校野球の審判を担当している。忙しい日々を送るなか、アンパイアにはどんな魅力を感じているのだろうか。
「もちろん私もそうですけど、どれだけベテランの審判でも『今日は100点だったという日はない』と言います。そういう世界で常にいい判定ができるためには、向上心を持って考え続けないといけません。私はそうやって自分を常に高められるものに出合えました。それが審判の魅力だと思います」
今季からメジャーリーグではテクノロジーによる判定システムが導入され、球審によるストライクやボールの判定が覆されることもある。審判はそれだけ難しいジャッジを担っていると言える。
それでもテクノロジーに任せるのではなく、人間が判定をくだしている。そうして試合を進めていくのは、野球というスポーツの魅力だと佐藤さんは感じている。
「もしかして、審判がいなくても試合をできる競技があるかもしれません。でも、野球には絶対に必要です。みんなで支え合いながら、多くの審判が活動できるような環境がもっとできればいいと思います」
野球界では長らく、審判の高齢化と人材不足が課題となっている。そのなかで期待される一つが、女性審判の増加だ。佐藤さん自身も、一緒にグラウンドに立つ仲間を待ち望んでいる。
「私自身は審判を始めて、『自分は野球を全然知らなかった』と感じました。視野を広げるためにも、そう気づけてすごく良かったです。男女関係なく、野球が好きな人にはチャレンジしてほしいです」
例えば母親が学童野球を始めた子どもの応援に行き、練習試合で塁審を務めてみるのもいいかもしれない。
「球審は大変だと思いますが、一塁や三塁の塁審として試合を見るのはどんどんやってほしいと思います。外から見ているときには『これは明らかにセーフでしょ』と感じる判定があるかもしれないですが、自分が塁審をやってみると、『これはセーフかアウト、どっち?』となるかもしれません。『あ、審判はこういう気持ちなんだ』と感じてもらえればうれしいです」
まずは審判の世界に触れてみる。佐藤さん自身、指導の幅を広げるために審判講習会に参加し、野球とアンパイアの魅力にのめり込んだ。そうして今日まで両者の活動を続けているからこそ、一人でも多くの人に審判の醍醐味を味わってほしいと願っている。
(文:中島大輔)

