投球障害のリスクには5つの要因がある。整形外科専門医で「ベースボール&スポーツクリニック」の理事長を務める馬見塚尚孝医師がそう考えるようになったのは、「材料工学」の発想を知ったことがきっかけだった。
「強度」を落とせば多く投げられる
材料に繰り返し負荷をかけたとき、どれくらい繰り返すと壊れるか。それを表すのが「S-N曲線」だ。SはStress(負荷)で、NはNumber(回数)を意味する。馬見塚医師が説明する。
「骨の実験で、100回投げたら壊れるのは42メガパスカルです。強度を少し落として38メガパスカルにしたら、3.16倍投げることができます。つまり強度を少し落としてあげればすごくたくさん投げられますというのが、このS-N曲線の表すところです」

馬見塚医師によると、骨と筋肉をつなぐ「腱」も同様だという。
「40メガパスカルでストレスをかけると100回耐えられて、36メガパスカルくらいに落とすと3.16倍投げることができます。つまり物が壊れるときは、回数だけではなく、強度がどうだったかを考える必要があるという概念です」

投球障害の「5つのリスク」
以上を踏まえ、馬見塚医師は「野球障害リスクのペンタゴン」を考案した。以下が投球障害に関わる5つのリスク要因だ。
(1)投球数
(2)投球強度
(3)投球動作
(4)環境要因
(5)個体差
投球強度について、馬見塚医師が説明する。
「強度はベクトルなので、力の作用する方向がいいか、悪いかでだいぶ変わります。投球動作が変わると、同じ球速を投げているのに強度を下げることができるということです」
例えばインステップで投げると、真っすぐに踏み出すより肩肘への負担が増す。あるいは同じ140km/hを投げるのでも、体全体を使って力を生み出すのと、上半身に頼って投げるのでは、肩肘への負担が変わるというイメージだ。
今度は環境要因と個体差について、馬見塚医師が続ける。
「環境要因は、暑いとか寒いということです。個体要因は、背がすごく高いとか、手足が長いとか。高身長で手足が長い人は、投球障害のリスクが高くなります。成長線(骨端線)が残っている人もそうです」
「練習50球、試合150球」の危険
投球動作を改善するためには「内部モデルの最適化」が必要になる。馬見塚医師が説明する。
「みなさんやっていることですが、ひとつ前の仕事を反省して次を良くしていくということです」
内部モデルは脳科学などの考え方で、「自ら身体の仕組みを学習して修正していきながら、制御の精度を高めていくこと」だ。
「例えば投手の場合、初球がインハイに抜けたとします。次はアウトローに投げたいとすると、少しアウトコースに腕を振って投げたり、高めから低めに投げるように工夫したりする。これが”内部モデルの最適化”で、漸進的に変化させていきます。少しずつ適応させていくということです」
つまり、「投げてみる→結果を見る→少し修正する→また投げる」ということだ。そうやって投球動作を改善していくためには、一定の投球数が必要になる。
だが、普段の練習から「投球数を減らそう」と意識するあまり、「練習での投球数<試合での投球数」となり、投球障害を起こすケースが少なくないと馬見塚医師は指摘する。
「練習で50球しか投げないのに、試合で150球投げるという投手が多くいます。徐々に投げて負荷を適応させていくというモデル(=漸進的負荷適応)が、うまくいっていない選手が結構多い。予防を一生懸命やっているのに、逆にケガをしてしまうというケースです。野球界で投球制限は広がっているのに、投球障害を患う患者さんの数は減っていません」
普段の練習では多くの球数を投げないが、試合になると100球を投じる。100球を投げる準備ができていないにもかかわらず、いざ本番でそれだけ投げると故障につながりやすい。そうしたケースが珍しくないというのだ。
「投球数が多いとケガをするというデータはもちろんありますが、投球数についての考え方はそんなに単純なものではないということです。もし試合で150球投げるなら、練習で200球くらい投げておく必要があると思います。実投球の持久力が不足していて、結果として故障している例も多々あります。マラソンを走るのに100メートル走しか練習していないような選手が多くなっているということです。試合で無理をさせるなら、それに適応する練習もしておく必要があります」
試合で投げる球数に耐えられる身体を、段階的に練習でつくっておく必要があるということだ。
「160キロ」だけがリスクではない
投球強度に関しては、ラプソードやパルス、モーションキャプチャーなどテクノロジーの進化によって可視化できるようになった。
同時にバイオメカニクス(動作解析)も進化し、肘の内反トルク(※)に影響するのは“高い球速”だとわかっている。つまり、全力投球だ。
※肘の内反トルク=ボールを投げるときに肘の外側へかかる強い力(外反ストレス)に対抗し、身体の内側へ引き戻そうとして働く筋や靭帯の張力(内部モーメント)
馬見塚医師が説明する。
「160km/hの速球を投げられるのは、故障リスクになるということです。それ以外でも、フットコンタクト時の肩の外転や肘の屈曲が影響したり、加速期の肘の伸展速度や膝の伸展速度、リリース時の体幹の側方傾斜(非投球側への倒れ込み)が影響することはわかっています」
ただしアメリカンスポーツ医学研究所(ASMI)のグレン・フレイシヒ博士の研究によると、投球動作で故障要因を説明できるのは約40%だという。馬見塚医師が続ける。
「残りの6割は体格や組織特性、疲労、投球数などが関与しています。だから『投げ方がいいから、故障しない』と言っても、4割くらいしか説明できないということになります。つまり投球動作だけを改善しても、故障予防としては不十分ということです」
万人に共通する“理想的な投球動作”はない。体格や体の柔らかさ、筋肉量などが異なるからだ。
だからこそ内部モデルを適用させながら、自身にとって理想的な投げ方を探していくことが重要になる。
*次回に続く
(文/中島大輔・改編/馬見塚尚孝)

