「中学生たちに人生が変わるような体験をさせてあげたい」
そうした狙いを込めてこの冬に結成されたのが、公益財団法人日本少年野球連盟のボーイズ東北選抜だ。
2025年11月に行ったセレクションで21人の中学3年生が選ばれ、2026年1月に台湾で開催された「台南市巨人杯」に参加。台湾全土、そして日本や韓国から招かれた48チームが出場したなか、見事3位に入った。
「子どもたちの適応力の速さには、毎試合感動させられました」
そう話したのが、7泊8日の台湾遠征で団長を務めた色川冬馬氏だ。
2020年から茨城アストロプラネッツのGMを4年間務め、2025年からMLBのミルウォーキー・ブルワーズの国際スカウトとして活動する色川氏が掲げたのは、「自分でキャリアを選択できる選手」の育成だ。
“小さな繰り返し”が“大きな未来”へ
「世界に目を向けると、プロになれるチャンスはいつ訪れるかわかりません」
アメリカ人や日本人はドラフト会議を経てプロを目指すのが一般的だが、中南米ではトライアウトでアピールして契約を勝ち取る。そのチャンスはいつ訪れるかわからない。
だから選手たちは、いつ挑戦の機会が訪れてもいいように日頃から心と体の準備を整えている。色川氏は世界でスカウティングに携わり、そうした現実を目の当たりにしてきた。
「いつオファーが来ても、勇気と覚悟を持って自分で判断できる子になってほしい」
そう東北選抜の団長を引き受けた色川氏だが、初めのセレクションで愕然とした。選手たちはウォーミングアップから指示を待っていて、自分の意思が弱いように映ったからだ。
紅白戦でも目を疑うようなシーンが見られた。打者はフライを打ち上げると、全力で走らない。投手は初球、決まってカーブで様子を探る。紅白戦は選抜チーム入りをかけた“テスト”の場なのに、そうした緊迫感が欠けていた。
試合後、色川氏は選手たちを集めて語気を強めた。
「外野フライで全力疾走していなかったけど、俺なら二塁まで行っているぞ。一塁に行くまで、なんで5.5秒もかかっているの? ピッチャーも、あの試合が人生最後の野球でもカーブから入るの? なんで得意球で勝負しないの? 君たちはなぜ、自分たちの人生を勝手に決めつけているんだ?」
選手たちは小学生の頃から全力疾走の重要性を説かれてきたはずだが、セレクションではそうした姿勢が見えなかった。投手が自分の持ち味を発揮するには初めから得意球を投げ込むべきだったが、普段から「初球はカーブで様子を探れ」と指導されてきたあまり、アピールし切れなかった。
「『明日から150km/hの球を投げてください』と言っているわけではないよね。本気で野球に取り組み、目の前の一つひとつを勝ちに行くことを考えていたら、あの場面で絶対あきらめないぞ。小さなことの繰り返しが、大きな未来につながる。俺らはいつもそうやっている。なんで君たちはやらないんだ?」
中学生たちが全力疾走しなかったのは、意識の問題だ。全力疾走の重要性はわかっているが、セレクションでは抜け落ちてしまった。
それを指導者がうまく指摘してあげれば、次は全力で走るはずだ。最初のセレクションで心構えを見直した選手たちは以降、勝利への必死さを全面に出し始めた。

ネガティブ思考VSポジティブ思考
ボーイズ東北選抜に入ったのは、同地区でトップクラスの実力を備えた選手たちだ。将来、どんな夢を持っているのか。
「将来は高校の教師になりたいです」
ある選手がそう語ったとき、色川氏は疑問を抱いた。中学で有望とされる選手がなぜ、プロを目指さないのだろうか。さらに言えば、中学時点で自分の進路を決めているのはなぜか。
「1%でも可能性があるなら、プロ野球選手になりたいと思う?」
色川氏が聞くと、その選手は「なりたいです」と答えた。最初に語った夢は、本心ではなかった。
「心の奥では、東北選抜の全員がプロを目指しています。でも中学になって周りの目もあるし、夢を語りにくい。子どものうちから現実的になりすぎているなと感じました」
そこでテーマに掲げたのが、「15年の習慣への挑戦」だ。これまでの人生で固めてきた思考をどうアップデートできるか。
色川氏は大きく二つの考え方を伝えた。「大きな夢を見ていい」ということと、「日々の小さいことに挑戦するときのマインドの持ち方」だ。
台湾での試合後、約1時間の座学を毎回実施。
(1)SNSのメリットとデメリット
(2)マインドセット
(3)日本の歴史
(4)真のチャンピオンとグッドルーザー(スポーツマンシップ)
というテーマで話し、最後に個人面談を行った。
とりわけ重要なのがマインドセット(目標設定)だ。
「将来どうなりたいかという自分があって、1日、一瞬の選択が変わっていきます。可能性は1%かもしれないけど、実現に向けてやるべきことを日々やっていけば近づける。そうした話をしたら、『可能性は1%かもしれないけど、プロ野球選手を目指したいです』とはっきり言うようになりました」
色川氏が中学3年生たちに伝えたのは、日々のマインドの持ち方や、身体のつくり方などだ。前者で例に出したのが、日本人とラティーノの考え方の違いだった。
例えば4対6で負けている状況の一死満塁で打席が回ってきたとして、次のどちらの考え方がより良い結果を出せるだろうか。
(1)「最低限ランナーを進めよう」と考えて、逆方向を意識する
(2)「チャンスだ。俺が今日のスターになる」と考え、ホームランを打ってスタンドの声援に応えるところまでイメージして打席に臨む
(1)は日本人に多いが、緊張しながら逆方向を意識するあまり、崩されて三振するというパターンに陥りやすい。
(2)は中南米型。ネガティブな意識は持たず、とにかく前向きに挑む。
もし(1)と(2)の考え方をそれぞれ続けたら、両者にはどれくらいの差が生まれていくだろうか。色川氏がそう話したら、東北選抜のある選手は野球ノートにこう書いた。
「これまで僕は『四球を出してはいけない』と思ったとき、とりあえずストライクを投げようとしていました。でも、今の試合は今しかないし、どうせ四球を出すなら全力で投げた四球のほうがいい。そうやってプレーしていいと思えるようになりました」

身体成長に重要な3要素
加えて色川氏が伝えたのは、「次の5年を大きく左右する『日々の睡眠と食事』」についてだ。
プロ野球選手を目指す育成年代にとって、少しでも身体を成長させていくことが重要になる。そのために必要な要素は、(1)トレーニング(2)栄養(3)休養(睡眠)だ。
1日の睡眠時間をしっかり確保するには、ベッドに入る時間から逆算してスケジュールを立てていく必要がある。
栄養面で大事なのは、何を食べるか。
「筋肉をつけるためにはタンパク質の量を意識する必要があります。体重の2倍の量(※体重1kgならタンパク質2g)を目指そうと伝えました」
東北選抜では事前に1日のタンパク質の摂取量を測ってきてもらい、遠征中は朝昼晩の食事で食べる順番や中身を意識させた。
「『ご飯をたくさん食べて体重を増やしましょう』というのは、一昔前の考え方です。とにかくライスを食べて体重アップを目指すのか、そう言われながらもタンパク質の量を意識して摂るのか。高校3年間では、大きな差になっていきます」
大きな目標を達成するには、小さな成果を積み重ねていくことが重要になる。高校進学を控えるボーイズ東北選抜の21人にとって、多くの学びを得た台湾遠征となった。
(文/中島大輔)

