【スポーツマンシップを考える】よりよきコーチングの未来

野球界にあふれる残念なニュース

2025年の野球界を振り返ると、さまざまな話題で彩られた。メジャーリーグでは、大谷翔平選手が3年連続MVP、ワールドシリーズでは山本由伸投手が3勝を挙げてMVPを獲得した。そんないいニュースもたくさんあった一方で、残念ながら、日本学生野球協会から下された数々の処分に関するネガティブな報道も決して少なくなかったというのが野球界の現実である。

本稿連載のなかでも取り上げたように、夏の甲子園で大きな波紋を広げたのは広島の広陵高校だった。1月の寮内トラブル——「カップ麺飲食」を巡る部員間暴力を起点に、過去の指導者による暴力・暴言の告発が続出。チームは2回戦を出場辞退、監督の退任へと発展し、大きな話題となった。

それ以前にも、2月には龍谷大平安高校の監督による体罰問題が発覚した。部員2人に手を上げたとされているが、その診断書には「30日の通院を要する打撲」と記されており、監督は3月に退職した。

7月には、兵庫県立篠山産業高校で監督による暴力行為と不適切指導が認定され、7月23日から2年間の謹慎が言い渡された。重い処分は、行為の悪質性と組織責任の重さを示すメッセージでもあった。

10月には、愛媛・宇和高校で、部員への体罰や危険行為、報告義務違反で18カ月の謹慎処分を受けた。顔や腹部を殴打したほか、グラウンドに正座させた部員にノックの打球を当てるなどの行為があったという。また、静岡・藤枝北高では長期間にわたり監督から多数の部員に対する暴言や体罰が繰り返されていたとして、同じく18カ月の謹慎が言い渡された。

12月には、今春センバツ出場を果たして注目された沖縄・エナジックスポーツ高校で、監督の暴言・体罰などによる不適切指導および報告義務違反が認定され、11月13日から1年の謹慎処分が下された。言葉と行為の力は、勝敗以上に選手の未来を左右する。

これらは、高校年代におけるごく一部の事案に過ぎないが、こうした処分に関して多数の報告がなされている。事実、12月だけでも日本学生野球協会の審査室会議は高校分で計15件の処分が発表された。処分の内訳は指導者不祥事12件(体罰・パワハラなど)、生徒不祥事3件(未成年飲酒・喫煙、万引き・窃盗等)となっており、内容については詳細非公表の案件も少なくないが、こうした数字は現場の課題を雄弁に物語っている。

ただそれも、技術向上と勝利の追求の名のもと、その陰で隠蔽されたり看過されたりしてきた「業界の当たり前」という側面も見え隠れしており、これら表面化している案件は氷山の一角にすぎないという見方もできる。

栄誉と期待が交錯する舞台で、守られるべきは何よりも選手の人権・尊厳であることを改めて痛感する。競技の価値は、そのプロセスに宿る——勝利に対する指導と同じ熱量で「人を守るコーチングの仕組み」を鍛え直す必要性を突きつけられた一年だったともいえるだろう。

他競技における不適切指導のケース

野球以外の競技でも、指導現場における暴力・体罰・各種ハラスメントが相次いで報じられており、枚挙にいとまがない。

より客観的に物事を見られるように、あえて野球ではないスポーツの事案を共有しよう。ここで紹介するのは、愛媛県立松山工業高校空手道部で発生した体罰・パワーハラスメント事件は、2022年に入学した空手2段の生徒が被害者となったケースである。

生徒は入部時に顧問A教諭から「丸坊主不要」と聞かされて入部したが、後日A教諭や上級生から丸坊主を強要され、従わないと団体戦不出場といった圧力をかけられたという。また、LINEスタンプを購入したことによる学校からの懲戒を理由に、A教諭は「1時間ランニングマシンを7日間行う」という罰走を課した。生徒が転倒して腰を打った後も続行され、翌日の試合では蓄積疲労から後頭部を打って失神し、1ヶ月の安静診断を受けたが、A教諭は休養後にもマネージャーに監視させる形で残りを継続させた。母親からの「花粉症・扁桃腺の影響があり中止してほしい」という要請も無視された。

さらに、2023年4月就任のB教諭からはパワーハラスメントが発生。37.5度の発熱により遠征不参加を申し出たところ、「お前が休むなら中止」と脅し部員に説明を強要、廊下で1時間立たせたという。父親の抗議に対しても威圧的な態度で応じた。被害者の父親は、この件について愛媛県教育委員会事務局保健体育課に対して訴え、部活動の中止が決まる。学校ではA教諭から嫌味発言があったり、原告の練習を週3日に制限する報復措置をとったり、また「罰走は体罰ではない」と主張。部活動は一時中止したものの問題は解決せず、生徒は適応障害(睡眠障害、頭痛、記憶障害)を発症したという。生徒代理人は2024年2月29日、愛媛県を相手に松山地裁で損害賠償を提訴、2025年3月に和解が成立して解決に至ったとされる。学校の体罰黙認と報復が大きな問題点となった事案である。

改正「スポーツ基本法」のポイント

2025年6月、スポーツの現場における暴力や暴言、ハラスメントから選手を守るための「スポーツ基本法」改正案が国会で可決・成立した。2011年に制定されて以来初となる大規模アップデートで、これは2025年のスポーツ界にとって大きなニュースのひとつだったといえよう。

暴力・ハラスメントの根絶と未成年者の安全確保(セーフガーディング)を中核に据えながら、通報・相談・救済の体制整備、指導者の資質向上(資格・研修・倫理規程の実効化)、学校・競技団体・自治体のガバナンス強化を明確化した。あわせて、脳振盪や熱中症等の医科学的安全基準の徹底、障害者スポーツやジェンダー・多様性への配慮、部活動の地域移行と地域スポーツ振興の支援、データ利活用と個人情報保護の原則を位置づけ、国・自治体の責務と第三者的機能の役割などを具体化した点が主要な改正ポイントである。

1.スポーツの価値の再定義

 ・「する・見る・支える」に「集まる・つながる」を追加。

 ・ウェルビーイング向上、地域の絆づくり、文化としてのスポーツを明確化。

2.アスリート・参加者の権利保護とハラスメント対策

 ・指導者の優越的地位を背景とした言動の防止を国・自治体に義務化、団体は対策の努力義務。

 ・SNS中傷や盗撮などオンライン・性的被害への対応を明文化、救済制度の整備を促進。

3.気候変動への対応

 ・熱中症・台風・降雪不足などへの「留意」を法文で初明記。

 ・競技会やイベントの安全運営・日程判断に直結。

4.スポーツとまちづくりの一体化

 ・都市計画との連携を努力義務化。

 ・防災拠点としての施設活用、スポーツツーリズムや地域経済との連動を後押し。

5.公正性・ドーピング対策とガバナンス強化

 ・J-Fairness(日本スポーツフェアネス推進機構)と国・自治体の連携を明記

 ・団体運営の透明性向上、公的資金の適正使用、必要に応じた第三者委員会設置を促進。

日本サッカー協会やJリーグもかねてより、子どもたちがサッカー、スポーツを安心、安全に愉しむ権利とその環境を守れるようにと「セーフガーディング」の概念を導入し推進しているが、スポーツ界全体で一丸となり、こうした取り組みをより一層充実させていくことが重要になる。今回のスポーツ基本法の改正はそうした狙いも明確にしている。

暴力・体罰に教育的効果がないことを知る

大前提として確認すべきは、身体的な暴力や体罰が教育的効果を持たないどころか、選手の心身に長く影を落とすという事実である。

日本行動分析学会の『「体罰」に反対する声明』(2014年4月17日)によれば、研究成果から以下3つの理由で体罰に反対するとしている。

1.体罰が本来の目的である効果的な学習を促進することはない

2.情動的反応や攻撃行動、その他の多様な問題行動などが生じるという副次的な作用が生じる

3.体罰に頼ることなく学習をより効果的に進める方法が存在する

殴打や蹴り、物の投擲といった直接的加害は論外として、罰を目的にした走り込みや過負荷トレーニング、丸刈り・土下座・晒し上げの強要など、人格権を侵す慣行も明確に否定されねばならない。恐怖統治は短期的な従順さを生んでも、学習の定着と自律的な成長を阻害する。

セーフガーディングという観点からは、体罰のみに限らない。

言葉の暴力が与えるダメージは、時に身体的加害に匹敵する。罵倒や人格否定、威圧的な指導、無視や集団からの排除、出場機会を「罰」として扱う運用は、選手の自己効力感を奪い、チーム文化を腐食させる。指導は、評価や矯正や示唆に関する技術であり、決して恫喝ではない。フィードバックは非公開・短時間・具体的に、事実→影響→期待などの形で伝えるべきである。

セクシュアルハラスメントやプライバシー侵害も深刻化している。不必要な身体接触、容姿や性に関する発言、個別SNSでの私的接触、更衣・宿泊時の管理不備、写真・動画の不適切取得や管理——いずれも二次被害のリスクが高いものである。

また、安全配慮義務の欠落は、重大事故と法的責任に直結する。暑熱環境での水分・休憩の制限、極端な減量や体重管理の強要、補助者不在での危険技の実施、救急手順やAED体制の未整備は、予見可能なリスクの放置だといえよう。科学的な見地に基づく、さまざまな安全配慮の視点が重要になってくる。

セーフガーディングに反する被害は、寮・部室・遠征先などの「目が届きにくい空間」に潜みがちである。部員間のいじめ、私的制裁、金銭負担の強要、デジタル上の晒しや深夜叱責など、監視の死角で起きる。匿名相談窓口の常設、夜間巡回、相部屋の固定化回避、月次の無記名アンケートと結果の還元など、こうした被害を予防する仕組みづくりが、勇気ある通報と早期介入を後押しすることになるだろう。それでも、組織対応で最も批判される類の、口止め・隠蔽・遅延報告はつきまとう。初動の遅れは被害を拡大し、二次被害を招く。こうしたリスクへの対応も引き続き重要な課題になるだろう。

いまこそ、ともに、スポーツマンシップを考えよう

2023年4月25日、日本スポーツ協会が「NO!スポハラ」活動を開始してから3年半が経過した。上記のように、残念ながらこうした問題がなくなっているわけではないどころか、相談窓口への通報件数が過去最多を更新しているという。ただし、これは「潜在化していた問題が表面化し始めた」ポジティブな兆候と捉えることもでき、いままさに私たちは問題と向き合う過渡期にある。

これらの課題は、高校年代だけの問題でもないし、もちろん野球に限った話でもない。そして、スポーツに限った話ではなく、一般社会におけるハラスメントやコンプライアンスに関する問題にも通じているように、社会全体を取り巻く問題でもある。

社会システムにおいてさまざまな変化が求められつつある中で、過渡期にあるいま、適切な教育のあり方、指導のスタンスなどのガイドラインづくりなども進行しているさなかであるということも事実である。関与する者にとっては、迷いを生じたり、不安を覚えたり、苛立ちを感じる人たちも少なくないだろう。

そのようななかで、一つ確実にいえることは、私たちが変化を恐れず、よりよい未来を模索していくべきであるということだ。すべての人々の人権と尊厳を尊重し、科学に根ざした最新のコーチングを学びながら、自ら勇気を持ってアップデートしていくことこそが、若者たちの未来とスポーツの価値を守る最良の道標であるといえよう。

スポーツを「人を幸せにし、地域を強くする仕組み」へと昇華させ、誰もが安心して関われる環境づくりを加速すべきである。まさに「すべての人々の生きる歓びのために」スポーツが機能する、そんな「スポーツウエルネス」な取り組みが求められているのである。そのために、スポーツの価値、「スポーツマンシップ」という言葉の意味や概念について考え続けていくことが、スポーツに関わる私たちを支えていくことになる。よりよいスポーツ界の実現のために、関わるすべての人々で前向きに取り組みながら、抜本的な問題解決を成し遂げられるように、そして、よきニュースが増えていく2026年にできるように、努めていきたいものである。

中村聡宏(なかむら・あきひろ)

一般社団法人日本スポーツマンシップ協会 代表理事 会長

立教大学スポーツウエルネス学部 准教授

1973年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部卒。広告、出版、印刷、WEB、イベントなどを通してスポーツを中心に多分野の企画・制作・編集・運営に当たる。スポーツビジネス界の人材開発育成を目的とした「スポーツマネジメントスクール(SMS)」を企画・運営を担当、東京大学を皮切りに全国展開。2015年より千葉商科大学サービス創造学部に着任。2018年一般社団法人日本スポーツマンシップ協会を設立、代表理事・会長としてスポーツマンシップの普及・推進を行う。2023年より立教大学に新設されたスポーツウエルネス学部に着任。2024年桐生市スポーツマンシップ大使に就任。

この記事をシェアする
  • URLをコピーしました!