大学の球場を大きな“公園”として開放、社会課題解決へ。早稲田から東京六大学に展開される「あそび場」の価値

朝から降り注ぐ雨が上がった12月14日昼すぎ、早稲田大学野球部の安部球場と軟式野球場に110人の小学生が集まり、人工芝のグラウンドを笑顔で駆け回った。

2015年に野球人口減少に歯止めをかけるべく始まった「あそびパーク WASEDA」というこの企画は、11年の月日を経ながらアップデートされてきた(2020、2021年はコロナ禍の影響で中止)。早大野球部出身で運営を手掛け、現在は東京経済大学で特任講師を務める押川智貴さんが説明する。

「もともと少子化の何倍ものスピードで野球人口が減っていることに危機感を抱いて始まった企画です。そこにコロナも影響したと思いますが、子どもたちの体力が過去最低を記録したり、肥満の子が増えていたりという調査結果がスポーツ庁から出されました。その背景には、そもそも外で遊ぶ機会が全然ないよねと。ここは野球場なので野球に近い遊びを展開していますが、やる種目は何でもいいと思っています」

近隣の子どもたちを中心に参加してもらい、大学と地域がつながり社会課題を解決する。そうして早大OBと現役部員で始まった企画は2023年、趣旨に賛同した慶應大学野球部でも実施。翌年から東京六大学野球の加盟校に広がり、今年は12月13・14日に開催された。

運営を手掛けた早大OBの押川智貴氏

大学施設の「大きな可能性」

実施内容は各大学で異なる。2025年の早大では「ダンボール倒し」「駆け抜けボール鬼」「かんたん野球」「ボッチャ」など10個のあそびブースを設置し、約30人の大学4年生の部員が子どもたちと遊んだ。用意されたゲームを行うだけでなく、空いたスペースでは親子がキャッチボールを行うなど、各自が自由にすごせる公園のような光景が広がっていた。

楽しそうに走り回る子どもたちを満足気に眺めていたのが、早大OBで日本ハムの大渕隆GM補佐兼スカウト部長だ。

「社会課題として、ボール遊びをする場所がないという前提があるなかで、大学の施設はかなりの可能性があります。全国の大学にある運動場をオープンにすれば、大きな“公園”ができるよねと。地域のために開放しているだけなので、難しいことではありません。去年から六大学で一斉に行なっていますが、もっと広げていければと思っています」

早大では卒業生をまとめる校友会が主催し、春と秋のリーグ戦期間にもグラウンドを開放している。年末企画の12月14日は、準硬式野球部のスペースも借りて大々的に行った。押川さんが語る。

「大学が主催になってくれているので、準硬式野球部に『大学としての活動だから、この日はグラウンドを空けてもらえませんか?』というお願いもできます。大学が主催しているのは早稲田だけですが、大学の職員さんも今日は3~4人来てくれるなどいろいろ助かっています」

大学は早稲田のファンを増やし、将来の学生になってもらうことを期待できる。対して押川さんなど運営サイドには、野球部OBが定期的に集まるきっかけになるというメリットも生まれている。

野球に限らない数々の「あそびブース」を用意した

高校生が見つけたヒント

大学野球部は地域にどう貢献できるのか。そうした意味も含めて展開される「あそび場」の価値は、東京六大学の枠を超えて広がっている。

12月14日、神奈川県立多摩高校野球部の4人の1年生部員が早大の安部球場を訪れた。同校は探究の授業に力を入れ、野球部は「野球人口を増やすためにどんな取り組みをできるか」をテーマに活動している。その一環で近隣の小学生を招いて1月24日(土)に野球教室を開催予定で、参考にするべくやって来た。

早稲田の大学生と子どもたちが楽しそうに遊ぶ姿を見て、4人はさまざまなヒントが見つかったという。

「子どもたちが求めていないのに教えるのではなく、まずは観察して、求められてから教えてあげる。早稲田大では子どもの成長や、どうすれば楽しめるかがすごく考えられていました」(大村光さん)

「野球教室は教えるというイメージがありますが、野球人口を増やす意味でも楽しんでもらうことが重要だと思います。ここには『野球を楽しい』と思ってもらえるようなブースがたくさんありました」(徳田雄司さん)

「自分たちの野球教室に活かせるのは、使用するバットの本数です。安全面に配慮するなら1本で行えばいいですが、あえて何本か用意して、子どもたちにはバットを持っている状態で周りに気をつけてもらう。そうすれば、安全に対する理解を深めることができます」(川口大雅さん)

「道具や人数を踏まえて、自分たちで遊び方を学んでほしいという話を早稲田の運営の方に窺いました。自分も小学生の頃に公園で友だちと遊んでいたとき、『どの向きでやれば危なくない』とか『今日はこの道具はないけど、どうやって遊ぼうか』と考えていたので、そういうのを学べるイベントはすごくいいと思いました」(須藤大翔さん)

自分たちのイベントへのヒントを持ち帰った多摩高校野球部の4人

ヒッチハイクで視察へ

立命館大学野球部2年生の森山太陽さんも、はるばる見学に訪れた一人だ。島根県立松江南高校時代から「スポーツを通じた人材育成システム」を掲げるNPO法人「SISアカデミー」で活動し、同高野球部に子どもたちを週1度招いて一緒に遊びながら運動機会を提供してきた。その頃から早稲田の「あそび場」に興味を抱き、ようやく見学に来られたという。

「将来、経営者やリーダーのようなことをするのが夢です。SISアカデミーは指導者の育成を行なっていて、コーチがお金を払って参加するという仕組みです。学びのための自己投資という意味合いで、大会の企画や監督をやらせてもらいました」

森山さんは今回、関西から東京にヒッチハイクでやって来たような行動派だ。子どもたちの運動環境に課題意識を抱き、何とか解決したいと考えている。

「早稲田のような取り組みをまずは立命館の硬式野球部でも行い、関西学生野球連盟や他の大学連盟にも広げていければと思います。そもそも野球部である必要もなく、サッカー部や他の部がやってもいいですよね。立命館の体育会でできればいい。立命館には付属もたくさんあるので、高校生がやったらすごくいいのではと思います」

立命館大の野球部では、「自分も社会のために何かしたい」と感じている部員が少なくないという。一方で明確な課題を把握しているわけではなく、森山さんは仲間たちと一緒に行動するきっかけをつくっていければと考えている。

立命館大にもその輪を広げるべく視察に訪れた森山さん

大学の枠を超えた価値創出

早大野球部で始まった「あそび場」が2024年から東京六大学全体で行われているように、つながりを生かしてうまく掛け合わせれば価値は膨らんでいく。

例えば、東京六大学と球都桐生プロジェクトとの連携は好例だ。群馬県桐生市での東京六大学野球オールスターゲームの開催や、早大や慶大の野球部員が桐生市の小学生と交流してきた。今度も継続的に企画を実施予定だという。

今年のドラフト会議でジャイアンツ2位指名を受けた田和投手も参加

こうした連携は、自治体にも大きな意義があるものだ。桐生市のスポーツ文化振興課・球都桐生プロジェクト担当の尾池氏は、「本事業は単なるスポーツイベントではなく、子どもたちの成長段階に応じた学びの機会を提供する“人づくりの取り組み”として位置づけており、子どもたちにとってはもちろん、桐生市にとっても大きな財産となっています」と話した。

大学側にとっても、世代や地域を超えた交流は学生に対するリーダーシップ育成やファンの獲得などにつながり、社会に大きな価値を生み出していける。

そうした目線で見ても、12月13・14日に東京六大学で行われた、地域と未来をつなぐ社会連携アクション2025「野球部グラウンドから広がる子どもたちの未来」は意義深い企画だった。

(文・撮影/中島大輔)

 

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