安心して失敗できる環境づくり

進化する育成型リーグ戦「LIGA Agresiva」

 2026年10月。朝夕の空気に心地よい秋風が混ざり、東京でも金木犀の薫る季節を迎えた。

 野球のシーズンが大詰めを迎える秋。プロ野球ではクライマックスシリーズから日本シリーズへ、メジャーリーグではワールドシリーズへと、頂点を懸けた熱戦に注目が集まった。一方、ドラフト会議では選手たちの未来につながる指名が行われ、新たな挑戦への期待が膨らんでいる。

 高校野球でも、夏に上級生からバトンを受け継いだ新チームが、来春のセンバツを目指して秋の大会に臨んだ。ただし、高校野球の公式戦は、春も夏も秋も、一発勝負のトーナメント戦を基本としている。秋もまた、たったひとつの敗戦で、多くの高校が公式戦の舞台を去ることになる。新チーム始動からわずか数カ月。まだ可能性を探っている段階で秋の公式戦を終え、翌春に向けたトレーニングや練習試合を重ねていくチームも多い。

 一方で、この秋の練習試合のシーズンを、育成型リーグ戦として愉しむ、もうひとつの選択肢が力強く根づきつつある。それが折りに触れてこれまでも紹介してきた「LIGA Agresiva(リーガ・アグレシーバ)」である。

 単に勝敗を争うだけではない。投手の肩肘を守る厳格な球数制限、打者の技術向上と安全性を考慮した低反発バットや木製バットの活用、控え選手も含めた全員の出場機会の確保、ポジティブコーチングをはじめとするコーチたちの指導力向上、試合後に相手チームとフラットに対話しながら交流を深める「アフターマッチファンクション」の実施、そして、LIGAのコンセプトを知り、スポーツマンシップについて考えるといった高校生たちに対する学びの機会の提供。このリーグ戦の根底にあるのは、こうした高校生たちの未来を見据えた明確なルール設計である。トーナメント戦で敗れたからといって、高校生たちの成長が止まるわけではない。むしろ、敗北の悔しさこそが成長を促す機会でもある。来週も、再来週も、真剣勝負の「Next Game」が約束されているのがリーグ戦の魅力でもある。

 主宰者の阪長友仁氏は、自身が経験したドミニカ共和国での育成メソッドの学びを活かしながらこのリーグ戦を企画してきた。2015年に大阪の6校でスタートした取り組みは、いまや全国38都道府県175校が参加するアクションへと進化してきた。8月号の本コラムでも取り上げた、夏の甲子園大会と並行して開催された高校3年生対象の「LIGA Summer Camp 2026 in 北海道」も、このLIGA Agresivaからの発展形である。ちなみに、リーグ名称がスペイン語なのも、ドミニカ共和国の公用語であるがゆえである。

 私がこれほどまでにこの取り組みを定点観測し、発信し続けるのはなぜか。スポーツマンシップ講習を担当する機会をいただいていることはもちろんだが、かつて「ごく一部の先進的な挑戦」だったこの取り組みが、確実に高校野球の「新たな当たり前」として、文化へと進化を遂げつつある確信を感じているからだ。秋季大会で早くに敗れれば、翌春まで実戦機会を失うという従来のトーナメントの構造に対し、秋のLIGA Agresivaは、新チームが失敗を恐れず、試行錯誤を重ねる『共育の土台』として機能する。甲子園大会は野球界を牽引するエンジンであり、子どもたちが野球を始めるきっかけとなるなど裾野を広げる魅力が詰まっている。一方で、LIGA Agresivaが示す環境の転換は、日本の高校野球を「感動を消費するコンテンツ」から「持続可能な人づくりの場」へとアップデートする原動力となりうると感じている。

「失敗を恐れない環境」が生み出す真の自律

 なぜ今、リーグ戦という枠組みがこれほどまでに教育的な価値を発揮しているのか。それは、リーグ戦がプレーヤーたちに「試行錯誤(Try & Error)の権利」を保障しているからにほかならない。

 トーナメント戦も、1つの敗北ですべてが終わるからこそ、極限状態でのプレッシャーと戦うスリルのなかで全力を尽くす魅力が詰まっている。一方で、その極限状態は、指導者も選手も「ミスをしてはならない」「失敗したら終わりだ」という大きな重圧に縛られがちになる。結果的には、グラウンド上で安全策が優先されたり、指導者はベンチから細かくサインを出し、選手はその指示を待つだけの受け身の姿勢に陥ったりしやすいのも事実である。「バントで手堅く送れ」「三振するな」「余計なことをするな」。そうした上からの指示が積み重ねられることで、目先の1勝を手繰り寄せることはできるかもしれないが、子どもたちが自ら考え、決断し、行動する力――すなわち「自律」を育むチャンスを奪ってしまいかねない。

 一方、LIGA Agresivaのグラウンドには全く異なる景色が広がる。仮にミスをしたとしても、次の機会がやってくる。そして、敗北したとしても、また次の試合が必ずやってくる。失敗が即座に「敗北=終了」を意味するわけではないからこそ、プレーヤーは恐れずに思い切り投げ込み、思い切りバットを振り抜き、難しい打球にも果敢に飛び込むことができるようになる。

 前回コラムでもご紹介した、国民栄誉賞を受賞された髙木美帆さんが語ってくれた言葉を思い出す。

 「成長とは、変化していくこと」
 「自分の心に従って、自責で決断すること」

 彼女がそう語っていたように、誰かに指示された通りに動いて失敗したとき、人は無意識に「指示を出した人間のせい」にしてしまう。しかし、自らの頭で考え、自らの意志で選択したプレーであれば、たとえ失敗したとしても、その結果を真摯に受け止める「自責の覚悟」が生まれることになる。

 「なぜあのボールに手を出してしまったのか」
 「次はどうアプローチを変えるべきか」

 試合後のアフターマッチファンクションで対戦相手と言葉を交わし、相手投手の意図を聞き出すことができれば、失敗は単なる傷ではなく、次なる成長への貴重なデータへと昇華されていく。

 私たちの役割は、大人が敷いたレールの上を大人の思い通りに走らせることではなく、グラウンド内外で失敗を許容する余白をつくること、安心して失敗できる環境を用意することではないだろうか。それこそが、大人の役割。子どもたちの内発的なモチベーションに火をつけ、スポーツマンに求められる「尊重・勇気・覚悟」をごく自然な形で体得させていく確かな道だと考える。

桐生南ポニーリーグスポーツマンシップ勉強会

 筆者がスポーツマンシップ大使を務める群馬県桐生市。「球都桐生」を標榜しているこの街で活動する中学硬式野球チームのひとつに「桐生南ポニーリーグ(桐南ポニー)」がある。桐南ポニーは、LIGA Agresiva同様に、ただ単に野球が強くなればいいということではなく、「主体性を重視し、野球を徹底的に愉しむ」という理念を掲げながら、スポーツマンシップを大切に活動するチームだ。

 今月、このチームに所属するみなさんとともに学び合うスポーツマンシップ勉強会が開催された。「カッコいいスポーツマンになろう!」と題して、講演およびワークショップを担当させていただいた。この日は100人近いプレーヤーたちと、その保護者の方々、また、コーチや審判のみなさんが参加。

 クイズ形式で行われた講演の中でも、プレーヤーたちが積極的に挙手し、発言をしてくれた。大勢の前で発言すること、間違って笑われないかと心配すること。参加するプレーヤーたちにとっては、挙手することにも発言することにも、つねに不安が伴うものである。しかし、それを乗り越えて挑戦しようとする姿勢を見せる頼もしい中学生たちの姿がそこにはあった。そして、それは中学生たちだけではなかった。保護者のみなさんも、そして、コーチのみなさんも、あらためてスポーツマンシップという概念と向き合ってくれていた。

 ワークショップの最後には、参加者全員がスポーツマン宣言を行った。すべてのみなさん、それぞれに想いがあり、決意を述べる言葉の数々には心打たれるものがあった。なかには、「親に対する感謝の気持ちをもっていたけど、口に出せていなかったので、ちゃんと伝えたい」と話すプレーヤーもいたり、「子どもたちの言葉をもっとしっかり聴くようにしたい」という保護者もいたり、「プレーヤー一人ひとりに配慮した声がけを考えたい」といったコーチの声なども聴くことができた。

 人は変わることができる。いくつになっても、進化・成長することができる。桐南ポニーのみなさんによるスポーツマンへの旅のはじまりに立ち会いながら、あらためて感じたことである。

中村美里と考えるスポーツの未来

 球都桐生で先月末に行われたのが、競技の垣根を越えてスポーツの未来を見つめ直す刺激的な対話の場だった。今回私がモデレーターとしてお迎えしたスペシャルゲストは、世界選手権を3度制し、北京2008大会、リオデジャネイロ2016大会とオリンピックで2つの銅メダルを獲得した柔道界のレジェンド、中村美里さんだ。彼女は、日本スポーツマンシップ協会公認のスポーツマンシップコーチの有資格者でもある。

 長年にわたり世界の頂点でしのぎを削ってきた美里さん。壇上に上がった彼女は、柔和な笑顔をたたえ、小柄で穏やかな佇まいの中に、凛とした強靭な芯を感じさせた。そんな彼女が語る畳の上で培ってきた圧倒的な勝負観や過酷な鍛錬の先に見出した哲学は、野球をはじめすべてのスポーツ指導者にも突き刺さる本質的な示唆に満ちていた。

 「小さい目標を立てて、コツコツやる」「誰が相手でも、自分のやってきたことを出す」といった、幼い頃から大切にしてきたというお父様からの言葉。かつて観た試合から学んだ「最後の1秒まであきらめない」を体現し、残り1秒で逆転勝ちした世界選手権準決勝での経験談。また、日本代表の座をめぐり切磋琢磨してきた西田優香さんとの関係性や、世界の舞台で競い合ったマイリンダ・ケルメンディさんとの友情秘話など「ライバルは敵ではない」という思考。

 柔道の世界は、「勝って当たり前」という重圧をかけられる極限の精神状態での戦いを強いられる。そのようななかで語られたのは、ひとりの人間としていかに自己をコントロールし、対峙する相手と向き合ってきたかという彼女自身の魂の軌跡だった。未来を担う柔道家を育む指導者として、世界の舞台で挑戦し、学び続けようとする美里さんの姿勢から、私たちが得るべきものは多いと感じたし、日本を代表する武道・格闘技の第一人者をお招きして、子どもたち、保護者、指導者のみなさんとともに学び合えたことは極めて大きな意義があったと思う。

 スポーツマンシップは、スポーツを哲学することであると同時に、私たち自身を戒め、成長へと導く概念である。このような学びを深めたいという同志の輪が着実に広がり、よりよきアップデートが、野球界に、スポーツ界にもたらされていることに期待していきたい。


中村聡宏(なかむら・あきひろ)

一般社団法人日本スポーツマンシップ協会 代表理事 会長

立教大学スポーツウエルネス学部 准教授

1973年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部卒。広告、出版、印刷、WEB、イベントなどを通してスポーツを中心に多分野の企画・制作・編集・運営に当たる。スポーツビジネス界の人材開発育成を目的とした「スポーツマネジメントスクール(SMS)」を企画・運営を担当、東京大学を皮切りに全国展開。2015年より千葉商科大学サービス創造学部に着任。2018年一般社団法人日本スポーツマンシップ協会を設立、代表理事・会長としてスポーツマンシップの普及・推進を行う。2023年より立教大学に新設されたスポーツウエルネス学部に着任。2024年桐生市スポーツマンシップ大使に就任。

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